第32話 不束者(ふつつかもの)ですが、よろしくお願いします

 時間は進み放課後・・・


 姉さんと朝倉さん、南城さんの3人はショートホームルームが終わると同時に立ち上がって教室を出た。行先は間違いなく第二音楽室だ。少し焦りの色が出てきたのか結構真剣な目をしていた。


「・・・ユーちゃーん、今日はどうするのー?」


 ほぼお決まりになりつつあるけど、今日も綾香ちゃんが僕に尋ねてきた。もちろん、綾香ちゃんが聞きたいのはであり、今日もその事を聞いてきたのに違いない。

「今日は美咲さんの都合が悪いから行かないよー」

「という事は真っ直ぐ帰るつもり?」

「そうだよー」

「それじゃあ、ボクと帰ろう!」

「いいよー」

 雀荘永谷で雀卓を囲むのは美咲さんの塾が無い日だけだ。だから月曜・水曜・金曜はほぼ雀荘永谷へ寄ってから帰宅が当たり前で、日曜日も美咲さんの模試が無ければ麻雀だ。美咲さん以外の男3人は全員塾に行ってないけど、阿良々木はともかく翔真は余裕で学年1位をキープしているのだから、殆どバケモノである。

 先週の火曜は講堂から直接帰ったから綾香ちゃんと二人だけで帰ったのだ!水曜と金曜は雀荘永谷へ行った。木曜は翔真だけでなく石村や山辺、日村といった男子ばかり8人でWcDに集まってをした。

 今日は美咲さんが「女の子同士で集まるから」という理由で中止なのだ。

 水曜日以降、毎日綾香ちゃんは声を掛けてくるけど、一緒に帰ってないからクラスの男どもは何も言わなかったが・・・今日はというと・・・予想していたとはいえ・・・男子から一斉に怒号が上がった!!

「雄介!貴様は日本の恥!」

「オレたちの未来を返せ!」

「貴様は万死に値する!」

などと非難轟轟だあ!ホントに勘弁して欲しいぞ!どうして僕が綾香ちゃんと一緒に帰るだけで、こうも非難されないといけないんだあ!と文句の一つも言ってやりたけど、そんな事を言う度胸はないです、ハイ。

 肝心な綾香ちゃんだけど、これだけ僕が他の男子からブーブー言われているにも関わらず、澄ましている。というより『どこ吹く風』と言わんばかりの自然な態度だ。

「それじゃあ、行くよー」

「いいよー」

 僕と綾香ちゃんはほぼ同時に立ち上がったけど、ヤジは大きくなる一方だ。でも、それを無視するかのように僕と綾香ちゃんは閉められている教室の後方の扉を開けようと手を伸ばした・・・


”ガラリ”


 あれっ?

 僕が手を伸ばしたけど扉に触れるより前に勝手に扉が開いた・・・

 僕も綾香ちゃんも一瞬だけ戸惑ったけど、直ぐに理由が分かった。廊下側から扉を開けた人がいて、その人が僕と綾香ちゃんの真向かいに立っていた形になったからだ。

 その人物は女子だ。それも緑色のリボンをしているから1年生だ。


「・・・あのー・・・平山先輩はまだ教室にいますか?」


 その1年生は僕にそう尋ねてきたけど、平山姓はA組に4人いる。それに僕も平山姓だ。でも・・・その女の子は小学生と見間違えるかのように背が低かった!つまり、昼休みに食堂で会った1年生だあ!つまり、この子は姉さんに会いに来たのだ!!


「・・・あー、ゴメン。もういないよー」

「そうですか・・・」


 その子はションボリしたような顔になったけど、その直後に『ハッ!』という表情になった。


「あのー、たしか、昼休みに食券のお金を出してくれた先輩ですよね」

「そうだよー。たしか君の名前は方広寺ほうこうじさんとか言ったよね」

「そうです!憶えていてくれたんですね!!」

「いやー、変わった苗字だったから覚えていただけだよー。田中とか鈴木だったら逆に覚えてなかったと思うよー」

「いやー、こういう時に印象に残れる苗字に感謝ですねえ」

「まったくだ」

「あー、ちょっと話が脱線しちゃいましたけど、あの時はホントに有難うございました」

 僕が返事をしたら1年生は、方広寺さんは丁寧に頭を下げてお礼を言ったけど、僕は姉さんに言われたからお金を貸しただけであって、姉さんが方広寺さんに声を掛けなかったから、この子もこうやって2年A組に出向いてくる事はなかった筈だ。

 方広寺さんはニコリとしながら

「あのー、まだ校内のどこかに平山先輩がいるなら、直接お礼を言いたいと思ってるんですけど、分かりますか?」

「ん?姉さんなら第二音楽室にいるよー」

「姉さん?」

 僕は極々普通に質問に答えたつもりだけど、方広寺さんは頭の上に『?』が3つも4つもあるような表情をして僕を見ている。

 そのまま十秒くらい首を傾げていたけど、再び『ハッ!』という表情をした!


「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」


 方広寺さんが廊下と教室中に響き渡る大声を上げたから、僕だけでなく隣にいた綾香ちゃんだけでなく教室に残っていた連中も一斉に方広寺さんに注目した!

「ひ、平山先輩の事を『姉さん』と呼んでるという事は、弟さんだったんですかあ!?」

「そうだよー。このクラスの連中なら誰でも知ってるよー」

「という事は、双子・・・」

「そうだよー」

「じゃあ、先輩も『平山先輩』ですよね!」

「そうだよー。僕は『平山雄介』で、姉さんは『平山愛美」だよー」

「うわっ、たしかに昼休みにそう言ってた!じゃあ、あちらは愛美先輩で、こちらは雄介先輩という事になりますよね!」

「うーん、別に僕は呼ばれ方には拘ってないから好きにしていいよー」

「それじゃあ、遠慮なく『雄介先輩』と呼ばせてもらいまーす」

 方広寺さんはそう言ってニコニコ顔になったけど、ホントにこの子、言動が小学生みたいだから、その容姿と相まって小学生が桜高のブレザーを着てるのかと錯覚されられるぞ。まあ、たしかに典型的なロリ顔ロリッ子の高校生だけど。

「・・・あのー、第二音楽室にいるなら、直接愛美先輩にもお礼を言いたいと思うんですけど、第二音楽室はどこにありますかあ?」

「あー、たしかに入学して1週間の子に第二音楽室と言っても場所が分からないのも無理ないなー」

「すみませーん、わたしも結構方向音痴ですからー」

「方広寺さんだから方向音痴?」

「揶揄わないでくださいよお」

「あー、ゴメンゴメン」

「で、第二音楽室の場所はどこですか?」

「旧校舎の3階だよ」

「旧校舎!しかも3階!ここからだったら真逆になりませんかあ?」

「そうだよー」

「あのー、もしよければ第二音楽室に案内してもらえると助かるんですけどー」

 おいおいー、方広寺さん、結構馴れ馴れしいけど、これがこの子の性格なのかあ!?まあ、僕は別に気にしてませんけど。

「あー、どうせ僕はつもりだったから、そので良ければいいよー」

「うっそー!結構大胆な事を言ってくれますね!!」

「へ?」

「いやー、さすがのわたしも照れますよお」

 おい!いきなり僕の手や肩をバシバシ叩くのはやめてくれ!しかも顔を真っ赤にしてるって何を考えてるんだあ?僕は思わず隣の綾香ちゃんを見てしまったけど、綾香ちゃんも『こいつ、何を考えてるんだあ?』と言わんばかりの表情をしてるぞ!

「・・・あのー・・・方広寺さん」

 僕は恐る恐ると言った表情で方広寺さんに尋ねたけど、方広寺さんはニコニコ顔で僕の方を見てるから僕も唖然としてしまったぞ!一体、こいつは何を考えてるんだあ!?

不束者ふつつかものですが、よろしくお願いします!センパイ!!」

「「へ?」」

「だーかーら、わたしは全然OKですよ!!」

 ちょ、ちょっと待て!マジで話の内容が噛み合ってない!しかも『全然OK』とは、どういう意味だあ?


 い、いや、ちょっと待て・・・


 たしか、方広寺さんは『綾香ちゃん』と言った途端に急に態度が変わった・・・おいおい、まさかとは思うけど・・・

「・・・あのー・・・方広寺さん」

「センパイ!さっきも言いましたけど、わたしは全然OKです!」

「そ、そうじゃあなくて・・・まさかとは思うけど、方広寺さんのフルネームは・・・」

「方広寺綾香です」

「「へ?」」

「だーかーら、わたしの姓は方広寺、名前は綾香。方広寺綾香です」

「「ええええええええええええええええええええええええええええええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」」


 おい、マジかよ!こいつの名前も『綾香』だったのかよ!

 僕は思わず隣の綾香ちゃんの顔を見てしまったけど、綾香ちゃんも口をアングリと開けて絶句してる!


 という事は・・・こいつは「綾香ちゃんと帰る」という言葉を「僕と方広寺さんの二人で一緒に帰ろう!」と言われたと勘違いしたんだあ!!

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