第16話 最大の理解者にして最大の障害

 そんな僕たちを出迎えるかのように、正門の真下には左腕に風紀委員の腕章を巻いた副会長兼風紀委員長の清水しみず長次郎ちょうじろう先輩がいつも通りの強面こわもてで立っている・・・のではなく、僕を右手で指差しながら左を口元に当ててガタガタ震えている!!清水せんぱーい、そんなに僕が綾香ちゃんと登校した事がおかしい(?)んですかあ?勘弁して下さいよお。

 綾香ちゃんはというと、そんな清水先輩に「おはようございます」と普通に挨拶したけど、清水先輩もようやく落ち着いたのか「お、おはようございます」と返したが明らかに声が裏返っていて、これはこれで結構笑えた。もっとも、ここで顔に出すと失礼かと思ってグッと堪えたけど。

 正門を入ったら入ったで、まさに戦場の如き混沌の場と化している!どの部、どの同好会も一人でも多くのメンバーを集めようと必死だし、もちろん、今年度から同好会昇格を目指すサークルにとっても同好会に昇格できるか否かなのだから部や同好会以上に必死だ。理由は簡単、5人以上集めれば同好会として認められ学校側から活動費が出る。サークルでは活動費が出ないから自分たちで活動費用を捻出しないといけないのだから、とにかく必死にならざるを得ないのだ!

 当然だけど、ターゲットは緑色ネクタイ・リボンの1年生・・・の筈だけど、僕と綾香ちゃんが正門の中に入った途端、一斉に2年生・3年生が押し寄せてきた!

「サッカー部です!是非我が部のマネージャーに」

「女子バスケ部をよろしくお願いします!」

「我々野球部と一緒に甲子園へ行こう!」

「演劇部です!わたしたちと一緒に未来のスターを目指しましょう!」

「ぼくたちと一緒に新聞作りをしませんか?」

「スイーツ研究会で一緒にお菓子作りをしましょう!」

 おい、勘弁してくれえ!学年・男女問わず20人以上が綾香ちゃんを取り囲むようにして一斉に勧誘をしているじゃあありませんかあ!!どう考えても昨日のうちに綾香ちゃんの情報が校内中に知れ渡り、噂の美少女転入生を自分たちの部や同好会に引き込もうとして群がっているとしか思えない!しかも『お前は邪魔だあ!』と言わんばかりに僕を押しのけて綾香ちゃんを取り囲んでいるから、僕は『ぽかーん』としたまま綾香ちゃんを見ているしかなかった・・・

 はあああーーー・・・まあ、仕方ないね。帰宅部の僕にとっては今朝の事は無関心以外の何物でもないのだが、この人たちには必至になるだけの理由があるのだ。僕の事情を押し付ける訳にはいかない。

 そう思いつつ僕は周囲を見渡したけど・・・あ、あそこにいるのは姉さんだ。1年生の女子を見掛けると髪を振り乱しながら走って行って手当たり次第、笑顔でお手製のチラシを手渡しながら握手までしてるけど、姉さんの期待に応えてくれる子がいるといいですね。えーと、姉さん以外の二人のメンバーは・・・はあ!?あそこで南城さんが1年生の勧誘そっちのけで翔真と口論してるだとお!しかも1年生がそれを遠巻きで見ながらクスクス笑っているじゃあありませんかあ!!おいおい、あの二人、ホントに顔を合わせるたびに口論するのが当たり前になってるけど、少しは空気を読めよなあ。

 えーとー、あと一人、菜々子ちゃん・・・ではなくて朝倉さんはどこにいる?

 あれっ?あれあれっ?・・・朝倉さんがいない!?そんな馬鹿な事があるの!?


”ツンツン”


 いきなり僕は背中をツンツンされたから、思わず後ろを振り返ったけど、そこに立ってたのは朝倉さんだあ!


「やっほー!」

「!!!!!」


 しかも、何を考えてるのか全然分からないけど、僕に右手を振りながらニコニコしてるじゃあありませんかあ!?チラシ配りをしなくてもいいんですか?

「雄介くーん、思ったより遅かったわねえ」

「『思ったより』は酷いですー。僕は普段と変わらない時間に家を出ましたよー」

「あらー、ホント?」

「本当です!」

「・・・という事は、龍潭寺りょうたんじさんが雄介君を迎えに来たのかなあ?」

「!!!!!」

 朝倉さんはニコニコ顔のままだけど、そのツッコミは当たってます!どうしてそれを知ってるんですかあ!?

「・・・あーあ、あたしは適当な事を言っただけなのに、その表情を見る限りではビンゴだったようねー」

「・・・はいはい、認めますよ」

「ま、あたしは愛美から龍潭寺さんの事を聞いてるから、『もしかしたら』とは思ってたから全然気にしてないよ。あたしと雄介君の関係は2月21日より前の状態に戻ったからさあ」

「朝倉さーん、2月21日より前の関係だったら、僕と朝倉さんはクラスメイトではないですよ」

「そ、それもそうね。揚げ足取りが上手うまいわねえ」

「『揚げ足取り』は勘弁して下さいよお。それに、今のセリフを誰かに聞かれたらどうするつもりだったんですかあ?」

「べっつにー。最近は誰もあたしに声を掛けてくれないから、むしろフリーをアピール出来る絶好の材料になるわね」

 朝倉さんはニコニコ顔を崩す事なく僕に話しかけているけど、僕は朝倉さんがニコニコ顔をしているという事に最初から気付いてた。

「はあああーーー・・・朝倉さん、無理しなくてもいいですよ」

「・・・何が?」

「顔はニコニコしてるけど、左の上唇がゆがんでますよ。これって嘘をついている時に無意識のうちにやる癖ですよね」

「!!!!!」

「信じる、信じないの判断は朝倉さんに任せますけど、綾香ちゃんが僕の家に来たのは認めますが、綾香ちゃんが言うには、姉さんが既に学校へ行ってる事を知らなかったから僕と一緒に登校しただけです。僕としては他意はありません。姉さんから聞いてるかと思いますが、確かに綾香ちゃんとは幼稚園が一緒だった幼馴染ですけど、それ以降の10年間は接点が無かったと言っても過言ではないので、あまり下手な詮索をすると綾香ちゃんの迷惑になります。僕も少し軽率だったとは思ってますので、今日の事は大目に見てもらえませんか?」

 僕は出来るだけ朝倉さんを刺激しないように言ったつもりだけど、肝心な朝倉さんは今でもニコニコ顔のままでいる。でも、さっき以上にニコニコ顔を無理して維持しているとしか思えない。その証拠に額からは汗を流しているし、体が小刻みに揺れているからだ。


「はーーー・・・一時はどうなるかと思ったよー」


 いきなり朝倉さんの後方からボヤキ声がしたから、僕も朝倉さんも思わず声がした方を向いたけど、そこにいたのは綾香ちゃんだった。しかも『疲れたー』という表情を隠そうともしない。

「綾香ちゃーん、大変だったねー」

「ホントに勘弁して欲しいよお、我先にと言わんばかりにチラシをボクに手渡して来るし、挙句の果てにボクの目の前で睨み合いや口論を勝手に始めるからさあ、が来てくれなかったらボクもどういう展開になっていたのか全く想像できないよ」

「「あの先輩?」」

「そう、あそこにいる人。ほら、赤い眼鏡を掛けた3年生」

 綾香ちゃんはそう言って右手で『あの人』と呼んだ人を指差したけど、そこには緑色のリボンをした3年生が立っていて『あなた達の気持ちが分からない訳ではありませんがマナー違反もいいところです』などと言って2年生、3年生を諭しているところだった。

「あー、あの人は生徒会長の北条ほうじょう先輩だよ」

「ホージョーセンパイ?」

「そう、北条政美まさみ。生徒会長だよ」

「あの人がこの学校の生徒会長?」

「そうだよー」

「ふーん」

「一部の人からは『桜高の女王陛下』とまで呼ばれている人だよ」

「『桜高の女王陛下』?Queenクイーン ofオブ Sakuraoka サクラオカhighハイ schoolスクール?」

「そうだよー。単に『陛下』と呼ぶ時もあるけど、姉さんのような可愛さで魅了するのではなく、そので周囲を圧倒するんだよ」

「女王様の間違いじゃあないの?」

「女王様じゃあないよ。女王陛下だよ」

「生徒会長だから貫禄があるとか?」

「たしかに会長だから貫禄があるんだけど、3年生の2トップの片方だよ」

「3年生のツーtopトップ?全然意味不明?」

「いずれ、女王陛下の女王陛下たる由縁が分かるよ」

「何それ?もっと意味不明だよ!」

「あの北条先輩と木之葉このは咲耶さくや先輩の二人が姉さんたちにとっての最大のライバルでもあり、同時に最大の理解者にして最大の障害でもあるんだよ」

 僕は北条先輩について思った通りの言葉を口に発したのだが、それを聞いた綾香ちゃんは「へっ?」と言ったかと思ったら首を傾げた。

「・・・ユーちゃーん、なーんか言ってる事がおかしいよ。理解者と障害が同一人物なのは矛盾してると思うんだけど・・・」

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