第14話 憧れのルーズソックス!

”カンカンカンカン・・・”


 僕は今、『桜岡高校前』駅のところにある踏切で遮断器が上がるのを待っている・・・


 この時間は『赤電』で登校する連中が次々と電車を降りて学校へ向かっている。当然だけど、僕と同じように踏切待ちをしている連中もいる。

 赤色ネクタイ・リボン、水色ネクタイ・リボンの生徒たちが足を止めて僕を遠巻きに見ている。緑色ネクタイ・リボンの生徒も僕を見ている。中には足を止めて踏切の向こう側から僕を見ている人もいる。

 いや、正しくは僕の隣に立っている綾香ちゃんを見ているのだろうけど・・・予想していていたとはいえ、この視線に耐えられる自信はないです、ハイ。


 緑色ネクタイ・リボンの1年生から見たら「ボーイッシュな超美少女と一緒に登校してるなんて、羨ましいの一言だ」だろうけど、水色ネクタイ・リボンの3年生と赤色ネクタイ・リボンの2年生は恐らく「噂の転入生と一緒に登校するとはどういう意味だあ!」「愛美さんだけでなく噂の転入生と一緒に登校するなど、なんという不届きな奴だ」とでも思ってるんじゃあないのかなあ。明らかに僕の隣に姉さんがいない事を不思議がっているとしか思えない。その証拠に「愛美さんはどうしたのかしら?」「もしかして風邪?」「愛美さん、帰宅部だった筈だけど・・・」などというヒソヒソ話をしている声が耳に届いてるんですけどお。姉さんは帰宅部じゃあありませーん!と言ってみたいけど、それを言ったら今度は何故綾香ちゃんが隣にいるのかを追求されるのが目に見えてるから何も言い出せません、ハイ。

 肝心な綾香ちゃんはというと・・・最初は「懐かしいねえ」「もう10年以上も前の事になるんだね」とか言ってたけど、今は僕の隣でニコニコしながら立っている。


 そんな僕たちの前を西神島にしかみじま行きの赤電が走り去り、遮断機が上がったところで僕と綾香ちゃんは再び歩き始めた。当たり前だが僕たちの周りにいた他の生徒たちも歩き始めたし、踏切の向こう側にいた人も僕たちに背中を向けて歩き始めた。

「・・・いやー、こうやって考えてると、日本の高校っていいなあー、ってつくづく思うよ」

「どこが?」

「制服」

「あれっ?そんなに珍しい?」

「珍しいというより、個性がだよ」

「どういう意味?」

「ボクの場合、札幌では私立校だったけど制服は無かったよ。札幌市立の小学校でも私服だよ。でもさあ、日本の小学校で制服があるのは少数派だよね」

「たしかに・・・」

Londonロンドンでは現地の日本人学校、正しくは小中一貫校の小学5年生に編入したんだけど、ここも制服は無かった。高校に行って初めて制服という物を着たけど、逆にLondonロンドンで制服といえばNavyネイビー blueブルー、つまり紺色のblazerブレザーgrayグレーskirtスカートだから、日本のように赤や青といった可愛い制服が全然なくて、しかもsailorセーラー-fukuフクを採用している学校は無いから、ボクから言わせれば面白みがないんだよねー」

「あれっ?セーラー服はイギリスが発祥でしょ?」

「あのねえ、それは事実だけど、sailorセーラーとは『水兵さん』を指す事からも分かるように、今でも世界中の水兵の制服になってるよ。でも、日本では20世紀の初め頃に女子中学生や女子高生の制服として採用されたから、世界の国々からは日本の女子学生の制服イコールsailorセーラー-fukuフクと思われているんだよ。実際にボクも日本へ帰って日本の高校へ行くって話をしたら、Londonロンドンの友達に『羨ましいなあ』とか言われたのも事実だよ。だいたいさあ、日本の女子中学生や女子高生が着ているsailorセーラー-fukuフクは、何故か海外ではsailorセーラー-styleスタイル schoolスクール uniformsユニフォームではなくsailorセーラー-fukuフクと呼ばれているくらいだからね」

「マジ!?」

「うん。でもね、話を元に戻すけど、どの学校でも制服の色や基本の形は指定するけど、どの店で買えとか、どこで注文しろとかを言われないよ。制服はあらゆるmarketマーケットに、様々な値段で売っているんだ。自分が気に入った店で全てを揃えても全く支障はないし、制服に税金は掛からないから、本当に普段着を買うような値段で購入することが可能なんだ。でも、blazerブレザーでもsailorセーラー-fukuフクでもいいけど全員が指定の制服で登校する機会がなかったから、日本の高校に憧れてたのは事実だよ。だから、この学校の制服は何となくLondonロンドンの高校の雰囲気に似てるけど非なる物だし、それに赤色のribbonリボンとは言ってるけど、実際には赤をmainメインにしたNavyネイビー blueブルーとのstripeストライプなんだから、こういうcolorfulカラフルribbonリボンnecktieネクタイを普通に使っている日本の制服はある意味、新鮮だねえ」

「へえー」

「でも、本音を言わせてもらえれば、ボクもsailorセーラー-fukuフクを着てみたかったなあ」

「あのー、こういうと怒るかもしれないけど、うちの学校、美樹ネエが卒業した翌年に女子校から男女共学になったのに合わせて女子制服を一新して、それまでのセーラー服からブレザーに変わったばかりなんだよ」

「うっそー!」

「ホントだよ。赤電の駅の名前も共学化に合わせて『桜岡女子高校前』駅から『桜岡高校前』駅に変わったんだよ。覚えてない?」

「うわーっ、ゴメン、駅の名前までは覚えてないや」

「まあ、さすがにそれは仕方ないね」

「で、何で共学になったの?」

「あー、それはですねえ、定員割れが続いていたから、生徒数確保の為に男女共学にして、同時に新校舎を建てて定員を増やしたのさ。元の本館跡地には野球部の室内練習場や武道場を作ったりしてるし、スポーツ推薦枠だけでなく成績優秀特待生制度を導入して、浜砂では進学校として知られる浜砂北高校や浜砂西高校レベルの生徒が集まってくるようになったから、共学化してから偏差値が急に上がってるのも事実なんだ。有名私立大学との間で指定校推薦制度を導入したりして、少しでも多くの生徒を集めようと躍起になってるし、他にも生徒を集めるために色々と工夫してるけど、子供の数が年々減っているから必死になってるんだ」

「ふーん。でも、生徒を集めるのに必死になってるのは、この学校だけではないんでしょ?」

「まあね。たしかに浜砂だけでなく、この周辺の高校は次々と制服をリニューアルしてるよ。最近は学生の獲得競争が激しいから話題作りもあるんだろうけどね」

「ま、それはこっちへ置いといて、もう1つ、あのー、何という名前だったかな、えーとー、ほら、ボクも履いてるけど、ダブダブのsocksソックス、えーと・・・」

「あー、ルーズソックスね」

「それそれ、ルーズソックス!」

「あれえ?ルーズソックスはもしかして英語じゃあないの?」

「当たり前だよ!だいたい、Londonロンドンでもそんなsocksソックスを履いた女子はいなかったぞ。ルーズソックスは明らかに和製英語で、お父さんが言ってたけど登山用のbootsブーツ socksソックスが起源らしいんだけど、靴下の状態が『だらしない』、つまりルーズだからルーズソックスと呼ぶのはユーちゃんも知ってるよね」

「うん。婆ちゃんに言わせれば『ぶしょったいにも程がある!』らしいよ」

「たしかに『みっともない』とか『だらしない』を遠州えんしゅうの方言では『ぶしょったい」と言うけど、ボクたちの年代は『ぶしょったい』とは言わないもんねー」

「だよねー。父さんも『ぶしょったい』は使わないもんね」

「だけどー、ユーちゃんも分かってる筈だけど、本来、『だらしない」を意味する英語はlooseルースだけど何故か日本ではそれを『ルーズ』と発音するから、ボクから言わせればlooseルース socksソックスが正しいよ。でもさあ、あれは絶対にLondonロンドンの女子高生は履かないよ。それにさあ、Londonロンドンの学校のsocksソックスは、ルーズソックスどころか白いsocksソックスそのものが規定の色じゃあないから、ああいうルーズソックスに象徴されるfreedomフリーダムsocksソックスを履ける日本の高校生にちょっと憧れてたんだよね」」

「でもさあ、うちの学校だって女子全員がルーズソックスを履いてる訳じゃあないよ。3分の2くらいかな」

「えっ?そうなの?・・・たしかに言われてみればルーズソックスでない子もいる・・・」

「実際、姉さんは最初からルーズソックスを履いてないよ」

「マジ!?」

「うん。ルーズソックスはももが細く見える反面、足首が太く見えるという欠点があるんだよ。姉さんの場合、元々腿が細いし、それ以上に足首が信じられないくらいに細いから、逆にルーズソックスを履くと脚を活かせないんだ」

「あー、たしかに・・・」

「それとさあ、最近はルーズソックスを禁止する高校も増えてきたよ」

「じょ、冗談でしょ!?」

「ううん、ホントの事だよ。それに、うちの学校も今年度限りでルーズソックスを禁止する事が決まっているし、浜砂の他の高校でもルーズソックスを認めてるのは桜岡高校を含めても2、3校だけになっちゃったからね」

「えっ?そうなの?」

「うん」

「あーあ、日本の女子高生の象徴、ルーズソックスに1年でgood bye グッバイforeverフォーエバーかあ、はあああーーー・・・なーんかガッカリだね」

「その辺りは女の子なんだねえ」

「失礼だなあ。こう見えてもボクは正真正銘の女の子だぞ」

「あー、たしかに昔は泣き虫だったからなあ」

「そ、それは昔の話!今は別!!」

「はいはい、失礼しました」

 たしかに僕が知っている10年前の綾香ちゃんは背が低くて、あー、でもたしか3月生まれだったから成長の関係で背が低かっただけだと思うけど、泣き虫だったのは覚えてる。だけど今の綾香ちゃんは男みたいな髪だし、それに姉さんより背が高いのは間違いない。僕の身長は175センチあるけど、綾香ちゃんは僕と殆ど変わらないのだから170センチを超えている!『10年ひと昔』とはよく出来た言葉だねえ。ただ、僕の体重は身長の割に無くて60キロちょっとだから、見方によってはモヤシモンだ。

 それに、いつもは姉さんと登校しているから、今日は綾香ちゃんの言葉ではないけど新鮮味があって、それでいて驚きの連続だ。姉さんには申し訳ないけど、綾香ちゃんと一緒に登校できて僕は感激です!


「ちょ、ちょっと雄介!ちょっと待て!!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る