第20話 甘味休題と社会のあれこれ



 窓際の広めのテーブルに陣取り、それぞれ買った甘味を食べ始める。


「あー、今月の小遣いで初めて買ったのがまさかのスイーツとは思わなかった」


 ボルプディングを食べながらロベルトがそう言った。


「そういえば、寮生活になってから俺も初めて買い物をしたな」


 と、ユーリも続く。

 そしてジュドーが不思議そうに言った。


「学校生活というのはそんなに買い物をするものなのか?」


 俺も不思議だった。でも確かに、自分の手持ちのお金で買い物をするというのはこれまでめったに無かった。


「そりゃ学校の帰りに買い物したりするからさ。あとは稽古道具の買い替えとか? 騎士学校では鞘に細工したりチャームをつけたりしてたんで、結構出費がかさんだかな。あと王宮の稽古に混ざったときとかはどこかで令嬢に会うかもしれないから、ちょっと身なりに気を付けたり?」


「なるほどな。ユーリは?」


 ジュドーはユーリにも訊ねる。


「俺も似たようなものかな。映画とかコンサートとかにもよく行っていたし、楽譜なんかも買いたいしね。楽器の手入れ道具なんかは家に言えば手に入るんだけれど、流行り曲なんかは自分で探したかったんだ。ま、クラスの女子とかと一緒に行く機会なんてなかったけど。ロベルトは王宮でなにかあったんじゃない?」


 お綺麗な顔でありながら、ユーリは非常に男子らしい顔つきでロベルトを見、にやにやと笑っている。それに対してロベルトもにやっと笑って返した。


「そりゃ騎士学校の男女比から考えたら、な。王宮で気合い入れないでどこで気合い入れろと」


「へえ、……この手のはなしって同年代のやつとするとはぐらかされるんだけど、ロベルトはそんなことないんだな」


「ユーリこそ。さてはお前、彼女とかいる?」


「いたような、いなくなったような?」


 こいつ敵だ。俺は瞬時にそう思ったが、お綺麗な顔で優雅で金もある伯爵家な上に性格的にも勝ち組なやつならさもありなん。敵と思うだけ無駄だった。


「ロベルトは?」


「んー。騎士学校でバカやってた女友達はいるかな。あとは王宮でたまに挨拶する女子が数人くらい? 先輩の妹さんとはたまに乗馬に行く」


 こいつも敵だった。ロベルトも顔形が整っているので、モテそうだ。

 ジュドーも、ちょっと近寄りがたい雰囲気が一瞬だけあるけれど、寡黙な秀才という感じで女子からひそかに人気が出そうである。

 どいつもこいつも敵である。

 そんなジュドーが、ロベルトに訊ねた。


「けどさ、ロベルトはなんで騎士学校からシュライゼンに入ったんだ? 俺とハールはまあ、貴族の子供としてシュライゼンを目指すのは自然だし、ユーリは進学組だから当然と言えば当然。けど、騎士学校から編入っていうのはなかなか大きな決断だと思うんだけど?」


「ああ、ほら、俺って意外と頭良かったんだ。それだけ」


 何でもないことのようにロベルトは言い、プディングを頬張る。


「騎士学校では剣技の授業よりも座学のほうが成績が良かったし、男爵だけど曲りなりにも貴族だからさ、貴族学校に行けるなら行ってみてもいいんじゃないかと俺含め家族も思ってみたわけさ。シュライゼン以外にも貴族学校があるだろ? 騎士学校に行かなくなっても王宮の稽古には出るし、王宮に通える程度の範囲にある貴族学校をいくつか受験してみたら、シュライゼンに引っかかったんだ。いやー、両親も喜んだっていうよりも驚いてたな」


「はは。リンミー兄弟もロベルトも、他校からの編入組ってどうしてこうシュライゼンにはなじまなそうなやつばっかなんだろうな」


 ユーリが苦笑いを浮かべてから、小さくため息をついている。


「んー。ま、俺の一家はシュライゼンよりも騎士学校からの国防専科大に行って軍幹部か王宮衛兵になることのほうに誇りを持ってるから、価値観がもともと違うんじゃないか? 一族のほとんどは国防専科に進んでるし。じゃあなんで俺がシュライゼンに、っていうのはもう言いっこなしだ。入っちゃったんだから」


「頭良かったんだな、ほんとに」


「そーだな。けど、騎士一族の宿命っていうか、なんなのか、魔法はからっきし。王宮には王宮魔導師がいるけど、それ以外にも魔法に関する重要な仕事があるだろ。魔法使いの国家公務員の魔法師団。そして、魔法使いの兵士、カンバリア魔法軍。魔法師団は俺には一生関わり合いにはならないだろうけど、魔法軍は違ってくるからな。王宮では魔導師と騎士団はまるで別の存在なんだけど、たまに魔法騎士っていうのがいるんだ。魔法も使える騎士っていうの? そいつの階級がありえないくらい高い。あと軍でも、科学軍と魔法軍では魔法軍のほうが影響力が強いって噂だ。カンバリアは他国と違って銃火器と飛行機が普通にあるけど、それでもやっぱり、魔法も使える兵士は重宝される。もちろん昇進も速いだろうな。……シュライゼンに入ってやっと肌で感じたんだ。魔法も使えて、普通に剣や格闘技が使えて、頭もいい貴族がいる。こういうのが、将来的に魔法騎士だとか魔法軍とかに入って、幹部になっていくんだろうなと。……、騎士学校は魔法なんて全くと言っていいほど触れなかったから、分からなかったんだ。きっと貴族学校に来てなかったら、騎士になってから魔法騎士だとか魔法軍とかに悪態をついていただろうな」


 王宮魔導師は耳にするが、魔法師団にカンバリア軍の中の魔法軍は、言われてからはたっと気が付いた。魔法騎士なんて言葉は初めて聞くようなものだった。


「そっか。貴族だけじゃなく、貴族以外も国家中枢を支えているんだもんな」


 と俺が言うと、ロベルトはさらに続ける。


「王宮は貴族社会だぞ。けど、それ以外はきっと貴族的ではない人間が大多数を占めているだろうな。魔法にかかわる職なら特に。そして、それらの職は、魔法のつかえない貴族よりも重宝される存在だ」


「……」


「……」


「……」


 しんと静まり返った。じゃあ、魔法のつかえない貴族は、うんと勉強して、魔法とは別分野で国を支えていかないといけないわけだ。


「たしかにそうだね。この国は、科学の国と言われておきながら、どこの国よりも魔法使いの権力が強いから」


 そうユーリが言ったので、俺は思わず聞いてしまった。


「え? そうなのか? 魔法使いって差別されてるんじゃないのか?」


「それは貴族社会だけでのはなしだろ?」


「あ、そっか」


「貴族以外では、魔法使いの存在が認められている。というか、普通なんだ。普通に、なんの特殊性もなく、そこに存在している。魔法師団なんていう国家機関があるし、魔術大学や法術大学、総合魔法大学がある。ピンキリだけれど魔法系の専門学校もあるしね。他の国にはこれほどの機関はないし、むしろ教会や魔術研究所に身を捧げて秘術を得るって感じのほうが主流だ」


「……そうなの、か?」


「うん。それに、他の国では王家や指導者とは別に巨大な権力を持っているのが法王だ」


「法王?」


「教会の総本山のてっぺんさ。けど、カンバリアでは法王の権力なんてそんなに高くない。代わりに巨大な力を持っているのが、王室魔導士。そのトップでもある、サヴァランだよ」


「誰それ」


「サヴァランっていうのは魔公サヴァランの末裔で、魔導師貴族となった一番初めの一族だよ。サヴァランは継承名だから、本名は別にある。サヴァランの名を継承したものは王室魔導士の頂点に立つ、というか、カンバリア魔導師の頂点になると思っていいんじゃないかな」


「へ、へー。ユーリ詳しいな」


「……まあ、どんなシステムなのかわからないけれど。……それに、サヴァランの末裔は謎なんだよね。王族よりも王宮から出ないみたいだし」


「へえ、……」


 俺が空返事を漏らすと、ロベルトが答えるのだ。


「サヴァランがいる時代といない時代があるって話だしな。いない時代だと、別の一族が覇権を握ろうとするっていうけど」


「シュゼットヒルだね」


 すぱっとユーリが言った。


「シュゼットヒル。王室魔導室に代々入る名門魔導士」


「……シュゼットヒル? って、あれ? どっかで聞いたような……」


「マーライヒ・シュゼットヒル。魔公サヴァランの末裔に次ぐ、純血魔導師一族シュゼットヒル家の直系。もしかしたら、彼が他国で言う法王の地位に就く可能性はあるよね。王族並みの権力を得る。サヴァランが存在していないのなら、王室魔導室長にマーライヒがなるかもしれない」


 再びしんとなった。

 あの金髪半裸野郎が、王族並みの権力を持つ。

 あの変態が。


「ま、話しを戻すとさ、俺たちみたいな正統なる貴族ってやつはさ、貴族社会ではマジョリティだけれど、ひとたび社会に出ればマイノリティってことだよ」


 ユーリがそう言って締めくくった。

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