第24話:元騎士団長ゲンティウス

 フユヒコの剣にエルスが貫かれて苦戦しているころ。アスタもまたゲンティウスを相手に攻めきれずにいた。魔法【聖光纏いて闇を断つホーリールークスオーバーレイ】による身体強化を施しているにも関わらず、壮年の騎士の鉄壁の防御を切り崩せない。


「どうした? それが勇者因子を持つ子供達の中でも最強と言われた君の実力か? ライをいとも簡単に倒すことが出来たのは手の内を知っていたからか?」


 減らず口を、と怒りを覚える反面、内心では歯噛みをする。細かい高速ステップを刻みながら翻弄し、時には背後に回り、意表をついて正面から切り込んでみてもゲンティウスの大剣がアスタの聖剣をいとも簡単に受け止めて弾き飛ばす。この人の反応速度はカトレアさんと同等かそれ以上なのか。


「ふむ……一つ教えてあげようか。唯一君が模擬戦でも勝ちを拾えない騎士団長のカトレア・セントポリアに剣技を教えたのはこの私だ。彼女も私には勝てなかった」

「―――!? カトレアさんが、あなたの師匠?」

「そうだ。だから、カトレアに勝てない君が……私に勝てるはずがない!」


 ふん、と息を吐き出しながらゲンティウスが左足を前に出す。この戦いで初めて大剣を振るって攻撃に転じた。当たる距離ではない。だがアスタは剣に立て、握る両手に力を込める。豪風が吹き荒れる。吹き飛ばされそうになるのを両足に踏ん張りを効かせて耐える。


「オラァァッ―――!」


 ゲンティウスは体躯に似合わず、踏み出した左足を軸に回転しながら上段から大地を叩き割る威力を秘めた斬撃を振り下ろす。後方への回避は間に合わない。ならばとアスタは瞬時に判断する。地面を陥没させるほどの踏み込みで袈裟に振り上げて迎撃を図る。だが―――


「―――っくぅ!?」


 拮抗は一瞬。銀煌を纏っているアスタが力負けしてガクンと膝を折る。血が出るほど歯を食いしばり、押し返そうとするがゲンティウスの大剣はびくともしない。このままでは押しつぶされる。アスタはこの状態から強引に剣を弾いて剣線から抜け出そうと手首を返そうとするが、それよりも前にゲンティウスの大木のような足が身体に突き刺さった。


「ガハァ―――」

 

 蹴り飛ばされて喀血しながら地面を転がるアスタ。身体強化を突き抜けて腹部に感じる鈍痛。口の中に広がる苦い鉄の味。だがまだ戦える。吸血鬼になったことで三分間という魔法の使用制限は伸びている。まだ戦える。アスタはゆっくりと立ち上がり、聖剣を構える。


「子供とは思えない、良い闘気だ。ライといい、本当に素晴らしい戦士だ。本来ならば君のような子が勇者と呼ばれるのに相応しいのだろうな」

「…………」

「だからこそ残念だ。君が魔王と一緒にいること。吸血鬼に身をやつしたことがね……」


 ゲンティウスはどこか寂しげな声で話してから、大剣を正眼に持ち上げる。その目には敵を倒すという強い意志があり、その鍛え上げられた肉体が旭光に輝き出す。


「身体強化の魔法が君だけのものだと思わないことだ。なにせ私も―――勇者因子を宿しているんでねぇっ!」


 大地にヒビが走るほどの猛烈な踏み込みからの振り下ろし。そのプレッシャーはエルスが生み出したキマイラと同等かそれ以上の圧。だが攻撃動作に隙がありすぎる。冷静に回避してカウンターの一閃を叩き込む。アスタは後退するが、


「―――甘いわぁ!!」


 このゲンティウスの攻撃は一回だけでは止まらない。一発目は回避した。だがすぐに二発目の振り上げが飛んでくる。さらに続けて振り下ろし、振り上げ、横薙ぎと剣戟の暴風は止むどころか勢いを増していくばかり。


 アスタも後ろだけでなく嵐の中を掻い潜りながら右に左に移動して斬りかかろうとするがゲンティウスの剣嵐がそれを阻む。


「クソッ……!」


 しかも。最初はただの剣による風圧が徐々に鋭さを帯びていきアスタの身体を刻みだした。腕に、足に、顔に。浅い傷がどんどん増えていく。このままではいけない。一度大きく距離をとってもう一枚の切り札を使うしかない。


 決断し、後方に飛び退こうとしたその時。謎の力によってアスタの身体が前方に吸い寄せられる。踏ん張って抵抗することもできず、剣を地面に突き刺してもそれごと引っ張られる。その先に在るのは―――


「―――終わりだ」


 最上段に構えたゲンティウスの姿があり。静かな死刑宣告とともに絶死の刃が振り下ろされる。アスタの身体が深い太刀筋が刻み込まれ、そこから鮮血が噴水のように噴き出した。真っ二つにならなかったのが不思議なくらい、明らかな致命傷。


「これが私の対人魔法【絶死を招く剣戟の嵐エクテレス・グラペスト】だ。剣を振れば振るほど威力が上がり、ただの風圧が身体を刻む刃となって弱らせて、最後は対象を強引に麻衣位に引き寄せて、息の根を止める一撃を見舞う。これを食らって息があるとはな。さすが勇者で吸血鬼だ」


 ボタボタと湯水のように身体から血が失われていく。意識も朦朧とし、視界が白く霞んでいく。逃げて、態勢を整えないとまずい。そう頭が警報を鳴らしているのに手が、足が、身体が動いてくれない。


「せめて安らかに眠れ、勇者アスタ」


 ドスッと鈍い音が鳴り。アスタの腹を武骨な大剣が貫いた。

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