お茶にしましょう

せてぃ

お茶、淹れます!

第1話 なにか違う……

 金色の髪の少女が小首を傾げた。右に。戻って少しして、今度は左に。

 少女はこちらに背を向けてキッチンに立っている。南向きの大きな窓が開かれた、開放的なキッチンだ。昼下がりの暖かい陽の光が差し込み、少女の金色の髪が、まるで太陽そのもののように輝いている。小柄な背丈と、色白とわかる首筋が合間って、振り返らずとも少女の可憐さを伝えたが、しきりにかしげられる首の動きは、徐々に大きくなって、見ている方はちょっと笑ってしまう。


「んー……ん、ん? んー……?」


 小さな唸りを上げる少女の手元は見えなかったが、少女の向かうキッチンには、湯気を立てるティーポットが置かれている。とすると、彼女はいま、あのティーポットからお茶を注いだのだろうか。また首を元の位置に戻すと、手元で何かをしている。すー、っと息を吸う音に、わずかだが水気が混じる。間違いない。彼女はお茶を飲んでいる。


「……なにか違う。」


 今度は首は傾げず、少女は大きな独り言を漏らした。それで合点が行った。少女が首を傾げている理由。


「お茶を淹れてくれたのかい、シホ。」


 びくっ! っと音が聞こえた気がしたが、さすがにそれは錯覚だ。ただ、少女が慌てて振り返ったことは違いない。鮮やかな色の花の刺繍を施したワンピースに、若草色のカーディガン。何となくあか抜けないのは、彼女の顔立ちが素朴なせいだ。美人ではないが、愛らしい。出会って以来、そして義娘のように過ごすようになってからも、それが少女、シホ・リリシアに対してフィッフス・イフスが抱いている印象だった。


「あ、え、あ、ふぃ、フィッフスさん!?い、いつの間に……」

「ただいま、って声かけたんだけどね。三回。返事がないんで入ってきたら、あんたが何度も首を傾げてるからね。暫く見ていたのさ。」


 シホは顔を赤くして俯いた。そんなに恥ずかしいことがあったのだろうか。


「ありがとうねえ。ちょうどお茶にしたいと思っていたところさ。よっこいしょ。」


 フィッフスは横にも縦にも大きい身体に背負ったリュックサックを、キッチンの床に置いた。上部の紐を緩めると、そこから買い込んできた食材を取り出し、キッチンに据えられたテーブルの上に置く。


「今夜は何にしようかねえ。芋は良さそうなのが手に入ったから、煮物にしようかねえ。あ、汁物もいいねえ。」


 そんなことを言いながら、次々に荷物を並べて行く。途中、腰の痛みを覚え、齡五十を越えた年齢を思い、嫌なもんだねえ、などと言葉には出さずに言ってみる。


「で、茶葉は何にしたんだい? こないだ春摘みのダージリンが入った、って角の紅茶屋で言われてね。あのー、ほら、なんてったけねえ、あの紅茶屋。」

「『鳥籠の花』?」

「ああ、そうそう、そこよ。年に一度の楽しみが、この国に来ても味わえるとは思わなかったからねえ。思わず飛び付いちまったよ。この国の茶葉はどうなのかねえ。」


 フィッフスは荷物の整理をしながら話していたが、シホから返事はおろか、物音ひとつ返らない。おや、と手を止め、目をやると、シホは先刻と変わらず顔を真っ赤にして俯いていた。

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