第3話 来世でまた会おう! 後編

*山下先生のつらかった思い出


 山下先生(本名は山下 光(ひかり))は九州出身である。山下先生が高校生だった2000年代初頭といえば、まだまだ暴走族や不良が跋扈していた時代でもあり、都会でも普通に夜道をバイクがブルルルン、ブルルルン、ブルルルルルルーンと走っていた。


 当然、田舎に住んでいた山下先生もその中に混じって、スケバンとして羽振りを利かせていた。しかし、山下先生はよく不良のトップとかに引っ付いている腰巾着などではなく、一つの組のトップだった。その名は「即火唖生活(ショッカーライフ)」


 ・・・と言っても、埼玉紅サソリ隊みたいなもので、別にバイクを乗り回してガチで悪いことをしていたわけではなく、山下先生とその友達、明美(あけみ)と紀子(のりこ)の二人で悪ふざけで結成したものだった。


 しかし、事件は起こった。学校の帰り道、夜の見回りと称して別の道を通って帰ることにした「即火唖生活」の一行は、途中で立派な門を構えたお堂を発見した。


「なんだここ?誰か知ってる?」


「知らねー」


「私も」


 暗がりで全体像は分からないが、敷地はかなり広そうだ。光(ここでは山下先生は堅苦しいので、下の名前で呼ぼうと思う)が入ると、他の二人も後に続いた。近くで見るとかなり立派なお堂で、山下は興味の赴くまま、土足で階段を上り、障子を開けようとした。するとその時・・・


「コラ!そこで何やっとる!」


 と、まるで漫画のような怒号が鳴り響いた。死ぬほどビックリした三人は、声が発せられた方とは逆方向に逃げ出した。見ると、懐中電灯を持ち、青い服を身にまとったオッサンが追いかけてくる。どう見ても警備員っぽい。


「あたしたちなんかした?」


 明美(便宜上)が言った。


「してないけどしたっぽい」


 光が答える。


「え、マジ?」


 逃げる三人の前に現れたのは漆黒の森だった。幸い、警備員は太った50代のハゲたオッサンだったので、まだまだピチピチの高校生とは距離が離れる一方だった。


「あ、痛!」


 紀子が叫び、三人の足が止まった。


「どうしたの!?」


「木の枝が足を引っ掻いたみたい・・・。ごめんなさい、私はもう無理だわ。私を置いていきなさい!さぁ、早く!」


「くー!それ私が言いたかった!人生で一度は言いたい名言第2位なんだよなぁ」


 光が言った。


「あーもう、コントは後にして!」


 明美が若干キレた。ぐずぐずしている間に息切れしかかっている警備員が近づいてきた。


「もう・・・さぁ、私の背中に乗って」


 明美が背中を差し出した。


「じゃぁよろしく」


 光が乗った。


「あんたじゃないわよ!」


「何遊んでるの?コントは後にして」


 紀子が冷たい言った。


「あんたが怪我したって言うから、親切で言ってやったのに!」


 明美は完全に二人にふりまわされていた。


「もう知らない!」


 顔を真っ赤にして涙目になりながら、明美は走り出した。


「あ、おい待てよ!」


 2人もその後に続く。しかし、警備員はもうすぐそばまで迫っていた。


「待でぇ・・・ハァ、ハァ、ゼェ、ゼェ」


「やば!・・・このままじゃぁ追いつかれるかもしれない。私が引きつけるから、紀子は明美を追いかけて!」


「分かった!・・・死ぬんじゃねぇぞ」


「あー!それ人生で一度は言いたい言葉第3位!くっそー・・・」


「あれがあるじゃない?I will・・・」


「!・・・I will be back」


 光は低い声で言った。


「これも後でノートに追加しておこっと」


「じゃ、また後で!」


「うん!明美は任せた!・・・さぁ、警備員さん、こっちですよぉ~」


「馬鹿にしとるんか!」


「ひ!す、すみません・・・。あの・・・私たち何で追いかけられているんですかね?」


 光は後ずさりしながら恐る恐る聞く。


「決まっとるじゃろうが!ここが国指定の重要文化財だからじゃ!」


「え!?そうなんですか!?」


「おまんら全員警察にしょっぴいちゃる!」


「けいさつ・・・」


 突然出てきた「警察」の二文字。この非現実的な言葉が、山下の脳内でグルグルと駆け回っていた。


(え!?警察!?・・・まさか。あれは秘密の組織で、そんなのが私みたいな平凡やつの前に現れるわけない・・・。警察もそこまで暇じゃないはず・・・)


「キャー!」


「明美!キャッ」


 甲高い悲鳴が漆黒の森に響き渡った。驚いた何匹かの鳥がバサバサと音をたてて飛び立つ。


「紀子?明美?」


 光は急いで声のした方へ向かった。警備員は立ち止まって息を整えている。


 足元もろくに見えない中、光は全速力で走った。彼女には何か悪い予感がしていた。


「わ!っと・・・危ない」


 気がつくと切り立った崖のような場所に出ていた。暗くて奥までは見えないが、落ちていたら怪我どころじゃあ済みそうにない。


(・・・まさか!)


「あけみぃー!のりこぉー!」


「光!こっち!」


 遠くからかすかに聞こえた声。


「紀子?紀子なの?」


 声のする方へ足を運ぶ。


「うん!私は大丈夫!なんか・・・木のようなものに引っかかったみたい。それより明美!さっきから何度も呼んでるのに返事がないの!ちょっと見てきて!私は・・・ふんっふん!・・・ダメ、動けそうにない!」


「分かった!」


 返事をしてみたはいいものの、山下は無茶だと思った。坂は一歩でも踏み外すと命の保証はない。それに、もし行けたとしても明美は重傷を負っていて助けられない可能性がある。それに加えて紀子を木から下ろすなんて、冗談じゃない。


 闇夜を照らすライトは着々と山下の下に迫っている。山下の「即火唖生活」のリーダーとしての責任が、今、まさに問われようとしていた。


「・・・紀子!そこから動かないで!・・・警備員さん!」


 数時間後、警察と消防隊、近隣の住民による捜索が行われた。来たパトカーは十数台にのぼり、山下と紀子の二人は手錠をかけられ、丁寧に一台につき一人が乗り込み、連行された。


 明美は木に引っかかって、恐怖のあまり気を失っているところを捜索隊に発見された。幸運にも足を擦りむいた程度の怪我で、すぐに意識は戻った。


 三人はその後事情聴取を受け、指紋を取られた後、悪気は無かったことから釈放された。しかし、学校からは一週間の自宅謹慎処分が下され、その後の一ヶ月間は学校での隔離自習となった。


 平和な田舎で起こったこの事件は、人々の妄想を掻き立て、アリもしない噂へと発展していくのだが、それはまた別のお話。そしてこの事件から、山下 光の人生は狂っていくのだった。 






☆★☆






「俺らこんな先生に授業受けてたのかよ・・・」


 田中はやれやれという風に言った。


「確かに・・・。でもさ、ちょっと楽しそうじゃない?俺もちょっとやってみたいかも・・・」


 岡田は若干興奮している。


「おいおい、お前らはすんなよ、こんなこと。夜中に警察にお呼ばれなんて私ぶち切れるからね」


「その時は先生から聞きましたーって言います!」


 龍美が茶化すように言った。


「ぜったいにやんなよ」


 山下先生は阿修羅の形相になった。


「はい、すみません」


「あー時間ちょっと余ったな。・・・おい、岡田。お前のつらかった話聞かせろ」


「え?俺っすか?でも先生の話の後だと絶対つまんないですよ」


 岡田はキョドりながら言った。


「まぁいい、言ってみろ」


 山下先生は少し得意げな表情を浮かべていた。


「はい・・・。小学校三年生の頃の話なんですけど、俺一人だけ親にゲーム買ってもらえなくて。周りのみんなはゲーム持ってて一緒に遊んでるんで、俺だけ仲間に入れてもらえなかったんですよ。それがメチャクチャつらくて、もう本当につらくて」


「ふんふん、それで?」


「それで、台所にあった包丁を持って、母親に突きつけちゃいました」


 岡田は恥ずかしそうに言った。静まり返る教室。まるでタイミングを見計らったかのように鳴るチャイム。一瞬時が止まった。その時、山下先生はこう思ったであろう。


(・・・負けた)

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