4.

「ああ、くそっ」

 年代物のラジオ受信機をいじっていたロバートは悪態をついて工具を放り出した。ジョルジュとダクタリが仕事で不在の午後。ロバートは工場でするほどの仕事もなく、自室に持ち帰った受信機の修理に精を出していたが、上手くいかずに苛立っていた。

 そもそも修理したところで受信する放送がないのに、なんでこんなものを修理しなければいけないのか。金持ちの考えることはわからん、とロバートはいささか刺々しい声音でぼやいた。

「金持ち。金持ちか」

 ロバートは知らず眉間に寄っていた皺を揉みほぐしながら呻くようにこぼした。

 金持ち。資本主義なんて言葉が過去の過ちとして忘れ去られた現在にも、確かに存在するそれが何を意味するのか。それは彼がジョルジュやダクタリと出会う以前から首をひねっていた疑問だった。

 ロバートは電子機器、それもとりわけ古ぼけた、実用性などかなぐり捨てているとしか思えない骨董品を専門にした修理工だ。当然、依頼人は道楽者の金持ちが大半を占める。

 彼が勤める工場を仕切っていた先代の男も、彼に修理工としての手ほどきをした耳の遠い老人も、当然金持ちではない。貧乏人でも、過剰な労働に悩まされる労働階級でもなく、社会人の義務として仕事を持つ普通の人間である。そして彼らの誰ひとりとして、依頼人の「金持ち」について詳しく知っている者はいなかった。

 労働はかつてのように生活のためではなく義務となった。通貨の概念はかろうじて生きているものの、大抵は過不足ない程度の必需品、消耗品へと姿を変える。そもそも金とは稼ぐものではなく義務の結果として与えられるものだ。

 であれば、金持ちとは、富裕とは、一体何を意味するのか。

 ふと、視線を感じてロバートは目元を揉んでいた手を下ろす。自室の作業机に向かっていた椅子を回転させて振り向くと、ダクタリが拾ってきたあのシュプリオンがロバートの手元を興味深そうに覗き込んでいた。

「何だ」

 ロバートは声をかけるが、シュプリオンは答えない。数日同じ空間を共有しているが、彼はこのシュプリオンが何らかの声を発するところを見たことがなかった。

「コイツが面白いか?」

 反応を期待してというよりは言葉の通じない動物や機械相手に語りかけるような調子でそう言いながら、ロバートは持っていた受信機を差し出した。アンテナがへし折れているが、それ以外は、少なくとも外観はキレイなものだ。

「こんなもん、修理して一体何に使うんだかな」

 もちろん、ロバートはラジオの何たるかを知っている。

 へし折れているアンテナを新しいものに交換することで何が変わるかも知っているし、受信機についているツマミを回すことでチャンネルを合わせるのだということも知っているし、合わせるべきチャンネル、拾うべき電波がもはや存在していない現在では修理したところで役立たずだということも知っていた。

 こうした年代物の機械を扱う仕事柄、当然の知識だ。一般常識と呼べるほど普及している知識ではないから、ジョルジュやダクタリは知らないだろう。まして、短い生涯を決められた労働だけに費やすシュプリオンでは、こんな過去の遺物を目にしたことなどあるまい。

 こいつらにも好奇心ってのはあるんだな、としてラジオに手を伸ばしてくるシュプリオンを見ながらロバートは思っていた。どうせ壊れているもんだし、と半ば投げやりな気持ちでシュプリオンの手にラジオを乗せてやったことに深い意味など無かった。シュプリオンの反応にも特に関心はなかった。

 ラジオを受け取ったシュプリオンの、予想外の行動を目にするまでは。

 両手でラジオを受け取ったシュプリオンは、あろうことか折れたアンテナを指で押さえて伸ばし、もう一方の手でツマミを回してからスピーカーに耳を寄せたのである。

 ロバートは絶句した。動作そのものはぎこちなかったが、迷いや考える素振りはまるでない。それは明らかに、ラジオの使い方を知っている者の動きだった。

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