第15話

 ついた場所には大量に石碑が並ぶ。

 なんとなく察する事が出来た、リリーは母親の墓に来たのだろう。彼女と閣下の会話を聞く限り、リリーは母の事を愛しているように感じた。


「ここよ」


 そう言って膝をおり、胸に刺していた一輪の白い花をたむける。花の知識が無い俺にはなんの花かは判らない。


 リリーに習って俺も膝をおる。


「アルス、貴方の親はどうしてるの?」

「さぁな、物心ついた時には既に居なかったよ」

「そう、悲しい話ね」

「初めから居なければ悲しむ事も無い、幸いと言っていいのか周りのやつらも同じ境遇だった。羨む事も悲しむ事もなかったよ」

「皮肉な話ね」


 確かに皮肉なもんだ。人は持てば持つほど失った時の喪失はでかいのだろう。何も持って産まれなかった俺は案外気楽なのかもしれない。


「お母様は私が10歳になった日に亡くなったわ。私しか産まれず、周りからは色々言われていたけど私を大切に育ててくれたわ」

「いい母親だったんだな」

「どうかしらね、今となってはわからないわね」

「どうしてだ? 大切にしてくれたんだろ?」

「お母様は自ら命を断ったの。娘を置いて先にいってしまったわ。どんな気持ちだったのかしらね」

「……」


 俺は言葉が出ない、どう言葉を返していいのかわからない。

 つくづく育った環境が違いすぎる事を実感する。リリーの持っている、持っていたものは俺には無いものばかりだ。ただ彼女の言葉に耳を傾ける事ぐらいしか出来ない事を情けなく思う。


「今までずっと分からなかったの、なぜお母様がその選択をしたのか。でも今なら少しわかる気がするの」

「……」

「きっと私はお母様に似たのでしょうね」


 まるで今にもふとどこかに消えてしまいそうな雰囲気だ。それが自分の無力さを突きつけられたように感じるのは自惚れなのだろうか。

 自分を誤魔化すように話題を変える。


「天気も悪くなって来た、早めに帰るぞ」

「そうね、最後に祈っておくわ」

 

 リリーは目を瞑り祈りを捧げる。俺はただその姿をぼんやりと眺めるが彼女はすぐに目をあけ立ち上がる。


「もういいのか?」

「えぇ、いいのよ」

「そうか」


 タイミングを見計らったかのようにポツポツと雨が降り始める。先ほどまでの天気が嘘のように太陽は隠れ肌寒さを感じる。

 そんな中、リリーは空を見上げ手の平を広げて雨を確認すると「帰るわよ」と告げ、歩き始める。

 


「墓にはよく来るのか?」

「いえ、久しぶりに来たわ。最後になるかも知れないから一度来ておきたかったの」

 

 決闘で負けた時の事を思っての言葉だろう。その声音は少し寂しそうだ。俺は勝てると豪語して納得させたが、彼女だってそれを絶対信じている訳では無いのだろう。

 俺はそれに少しやるせない気持ちになって、意地悪な言葉が口から飛び出る。


「勝てるて言っただろ、信じれないか?」

「信じているわ」


 矛盾した言葉が返ってくるも、なぜか嘘を言ってるようには感じられなかった。


「アルスが最後まで勝利の為に戦ってくれる事は疑ってないわ」

「なぜそこまで信じられる? 俺が言うのもなんだが、信用にたる人間では無い。それどころか世間的に見ればどこの誰かもわからない怪しいやつだ」

「貴方にはギアスが掛かっているもの」

「だがそれは穴抜けのギアスだ。抜け道はいくらでもある」

「貴方は自分の願いを忘れたの? 貴方の可愛らしい願いがアルスを縛っているわ」


 俺がリリーに課した契約は『居場所』だ。もう逃げなくていい場所、心と体が休まる場所、自分が守られる場所、自分がいるべき場所。

 今まで一度たりとも手に届かなかった、虚像じゃない居場所を俺は欲した。

 だが、真面目に書いたその言葉もリリーに可愛らしいと言われ恥ずかしさが込み上げる。


「俺は自分の命が最優先だ。自らの希だって平気で捨てるかもしれないぞ」

「そう、ならちょうどいいわ。決闘は負けそうになったら降参しなさい」

「なんの冗談だ……?」

「貴方まで死ぬ必要は無いでしょ」

「わかった」


 そのつもりは無いがリリーと言い合う気は無い。適当に返事をすませ話を流す。

 たとえリリーの命令であろうとそれは聞けない。俺はただ自分に出来る事をやるだけだ。

 リリーの為になるかわからない以上は俺は俺の為に戦うよ。




 英雄を暗殺する。



◆◆◆



 雨が降っていても娼婦街の活気は治らない。

 太陽が沈み辺りが暗くなってるにも関わらず、光り輝く特異な場所だ。この光を維持するだけでも莫大な金がかかっているだろう。

 

 俺は深くローブをかぶり散策する。本格的に降り始めた雨音と抜かるんだ地面を踏みしだく音が耳に残る。

 目的も無く歩いて居る訳では無い。英雄の通っている店の下見だ。出来ればその店を監視出来る場所も見つけておきたい。土地勘が無く、時間も無いのが致命的ではあるが、それを嘆いていても始まらない。

 今できる事をやろう。幸にしてターゲットの英雄は毎日飲み歩くという、こちらとしては有難い習慣を持っている。悪いことだけでは無い。



中央通りにつくと、すぐに英雄の通う店を見つけ、そこを監視できそうな場所を探す。

 周りは同じ三階建ての建物が多く、微妙な場所が多い。

 数件離れた4階建ての店なら屋根裏に登れば監視は可能だろう。店の中は不可能だが、大通りが一望できるだけでも十分だ。

 




 その時、背後から身震いするような気配を感じる。振り向きたい衝動を必死に抑え、変わらずにゆっくり歩く。


 間違いないこの気配のやつに違いない。手がプルプルと震え出すのを必死に抑える


 俺はこいつに勝てるのだろうか?

 姿すら見ていない存在に途方もない重圧を感じる。

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