第50話この世界にプライベートは存在しない

「ん?……!?」


 精霊との会話を終えて夢から覚めるとリオンにキスをされていた。

 リオンは突然目を開いた私に驚き、しどろもどろとなって答える。


「こ、これはその……そう!おはようのキスだ!」

「おはようのキス。な、なら仕方がないね!」


 なにが仕方ないのか自分でもわからない。寝起きでパニックになったせいで言動がおかしなことになってしまった。

 まったくもう!寝ている私にキスをするなんてリオンは破廉恥だ!もっと紳士的な男だと思ってたのに!


「ってうひゃあ!?」

「ど、どうしたの?」

「ふ、服!服どこ!?」


 冷静になってみたら私は生まれたままの姿であった。まあそういう事したわけだし当たり前なんだけど。リオンが寝起きにキスをするものだから気付くのがワンテンポ遅れてしまった。


「ごめん。昨日本能のままにひん剥いたからあっちこっちにいっちゃってるね」


 リオンはベッドから抜け出し服を拾い始めた。


「ひぃ!」

「今度はどうしたの?」

「リオンも服服!せめて下は履いて!」

「ご、ごめん」


 私と同様リオンもすっぽんぽんだったために、ご自慢のビッグジュニアをもろに見せつけられてしまった。

 というかなんで昨日したのに元気いっぱいなんですか!?あなたは性獣ですか!?


「はい。これで全部だと思う」

「あ、ありがとう」


 リオンは慌ててパンツを装備すると大急ぎで私の服をかき集めてベッドの上にポンッと置いた。

 私がリオンに対し掛け布団に包まったまま頭だけ出してお礼を述べた時、キィと不穏な音が部屋に響いた。


「「あっ」」


 音のした方に顔を向けてみると扉の隙間からヴィーとリサ姉が覗き込んでいた。彼女らは私と目が合うやいなやニコリと微笑んで扉を締めた。

 プライヴェィト!!!私のプライベートはどこですか!?

 精霊にも当たり前のように覗かれるし、挙句の果てには姉と親友に覗かれる始末!誰か助けてーーー!


 ・


 ・


 ・


 大慌てで身支度を済ませた私とリオンは朝食の席へと向かった。

 席に着くと相変わらずリサ姉はニヤニヤしていたが、ヴィーは何故か落ち込んでいた。


「なんでヴィーはどんよりしてるの?」

「よく考えたら3歳も年下のアリアに先を越されたことに気づきました……」

「ヴィーはまだ18歳なんだし気にしなくても」

「18歳で処女なんですよ!早い子だと結婚して子供がいる年齢です!気にしますよ!」

「まあまあヴィーちゃん落ち着いて。私も初体験は遅かったわ」

「リサさんはお誘いがあっても断っていただけでしょ?選びたい放題だったリサさんとは状況が違うんです!私はこのままいけば二十歳になっても処女ですよ……」

「ほ、ほら前に教えてくれた学園に行けばヴィーの魅力をわかってくれるヴィーだけの王子様が現れるって。だから大丈夫だよ」

「はぁ……」


 本当は覗きをしていた二人にデコピンでもしてやろうと思っていたのに、本気で落ち込むヴィーを慰めたせいでタイミングを失ってしまった。


「おいリオン。無理やりではないんだよな?」

「えっとそれは……」

「あ?なんだてめえ。無理やり襲ったのか?決闘するか?」


 父さんが何を勘違いしたのかリオンに対してチンピラの如くメンチを切りはじめた。


「父さん落ち着いて!無理やりじゃない!むしろ私が襲ったみたいな……」

「そ、そうか。お前性欲が強い系の女だったんだな」

「ちょ違うから!理由があったんだよ!後でちゃんと話すから変なこと言わないでよ!」


 なんで朝食の席でこんな話をしなきゃいけないんだ!時と場所を考えてほしい。




 その後朝食を取り終えた私達は宿屋の女将さんに落ち着いて話せる部屋を借りた。その場で私は皆に精霊から教えてもらった聖女の情報をすべて話した。


「ごめん。リオンの寿命半分取っちゃった。どうやって償えばいいかな……」

「償うとか考える必要なんてない。むしろ俺は嬉しいよ」


 あれれ?ノムスの言った通りだ。寿命取られて嬉しいなんてどういうことだろう。わけが分からず首を傾げた。


「怖いから考えないようにしていたけど人族と魔人族とで寿命が違う。元々同じ時間を生きられないのにアリアは能力で更に短くなってしまう。このままじゃ俺は愛するアリアがいない世界で何十年も一人で生きないといけないところだった。

 でも寿命を半分こ出来たのなら少しでも長く同じ時間を生きることが出来る。だから嬉しいよ」


 あ、愛する!?

 リオンがそこまで私のことを思ってくれていたというのに、私はムラムラして襲いかかっただけ……。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「リオンのこと好きだけど、これが恋とか愛なのかは自分でもまだわからない。昨日はムラムラを解消したいって一心でしか無かったから」

「俺のことをあまり男として見ていなかったことはわかってる。だからこれからは今まで以上にアピールして俺のことを男として好きになってもらえるように頑張る」


 決意表明をしたリオンは隣に座っていた私のことをひょいっと抱きかかえると、自分の膝の上に乗せた。そして後ろからギュッと抱きしめて顔を首元あたりにうずめ、唇を押し当ててくる。


「な、何を!」

「ん?アピール」

「アピールの方法が思ってたのと違う!」


 普通は女の子を口説くといったら今日も可愛いねとか甘い言葉を囁いたり、デートを重ねて親交を深めたりするんじゃないの?


「アリアに対してならリオン君のやり方は間違いではないわよね」

「間違ってませんね」

「うぐぐ。皆して私のことをハグしとけば落ちる尻軽女と思ってるでしょ!違うもん!私はそんなちょろい女じゃありません!」


 私は右頬をぷくっと膨らませ不満をあらわにした。


「何でそんなに感情的になってるんですか?リオン君がアリアを抱きしめるのなんていつものことなのに」


 そうだ。何でこんなに私は焦っているんだ。今までだってただ抱きしめてもらうだけじゃなくて一緒に寝てすらいたのに。

 それもこれもこの胸の鼓動のせいだ。前までならハグされると安心出来ていたのに今はドキドキして気が休まらない!


「ごめん。嫌だったみたいだね」

「あっ」


 頬を膨らませる私のことを見たリオンは少し悲しそうな表情をすると、抱きしめるのをやめて自分の膝の上から元々座っていた椅子に私のことを戻してしまった。

 おかげでドキドキは収まったが、同時に温もりも失ってしまい寂しい気分になった。


「あの……別に嫌じゃないから。やめないでください」

「そう?」

(ちょろいな)(ちょろいわね)(ちょろいですね)


 リオンは不思議そうな顔をしつつ再び私を膝の上に乗せて腕をお腹あたりに回した。

 うぅ。やっぱり駄目だ。ドキドキして心臓が飛び出そう。

 ハグで得られる温もりこそが我が人生の幸せの一つだったはずなのに、これじゃ今後自分から抱きつけない。


「様子を見るにリオン君のやり方でもいずれアリアを落とせると思うわ。でももっと早くに嫁にする方法があるわよ」

「嫁……一応教えてもらいたいですね」

「あのさ本人を前にする話じゃなくない?」


 リサ姉は私のツッコミを無視して話し始める。


「毎晩アリアを抱けばいいのよ。半年後には嫁に出来るわ。ちなみにもう二度とハグしてあげないって脅せばいくらでも言うこと聞くから抱きたい放題よ」

「やり方強引すぎない!?体で言うこと聞かせるってこと!?」

「快楽で従わせるってのもありね。アリアって奴隷気質だし」

「ぐっ」

「でも今回の本命は子作りよ。アリアは境遇上、子供に父親がいない寂しさを味あわせたくなんてないわよねぇ?」


 リサ姉が悪い笑顔で微笑みかけてくる。


「人の弱みに付け込むなんて酷い!」

「私ならどうしても欲しい物を手に入れるためになら手段は選ばないわ」


 鬼畜だ!マジモンの鬼畜がここにいるよ!


「もしかしてウルマでトレーニングしてる時そんな感じの脅しをしてたのか?」

「ええ。ここで立ち上がらなければもう一組布団を買ってくるって言うと毎回泣きながら立ち上がって走り出したわ。あの時のアリアの口癖は『なんでも言うこと聞くから意地悪なこと言わないでよぉ』よ」

「…………」

「アリア……」


 話を聞いた父さんとヴィーが哀れみの視線で見つめてくる。私は二人から目をそらした。


「アリアが手に入る上に子供まで産んでもらえる魅力的な案です。でもやめときます」

「あらなんで?もし嫌われるかもとか思ってるなら心配する必要ないわよ。意地悪なことを言う鬼教官だったのに、アリアは私のこと大好きでしょ?つまりイジメられるのが好きなのよ」


 哀れみの視線を私に送っていた父さんとヴィーが今度は残念な人を見る目で見てくる。

 私は二人の視線に耐えられず顔を手で覆った。


「確かにアリアはイジメられるのが好きなのかも知れない。でも俺はアリアの困った顔は見たくない。幸せそうにしてる時の顔が好きです」

「紳士ね」


 リオンいい子!朝性獣とか思ってごめんなさい。

 危うくリサ姉のせいでリオンがアメとムチを使い分けるDV男になるところだった。リオンが真面目で本当によかった。

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