第45話聖女の力使いすぎ?

 気がつくと白い世界で私は立ち尽くしていた。

 周りには何もない。何も描かれていないキャンパスの中に迷い込んだよう。


 そんな世界に一人見知った顔の人物が佇んでいた。

 死んだはずの実の父ヒューグレイだった。


「アリアはまだこっちに来ちゃだめだよ」


 そう言うと背を向けて去っていく。焦った私は大声で叫んだ。


 待ってよ!置いていかないで!

 昔は無理に大人ぶっちゃってて、実の父である父様にあんまり甘えられなかった。

 私体大きくなっちゃったから抱っこは出来ないかもしれないけどさ、また頭撫でてよ!ギューッとしてよ!まだまだ甘え足りないんだよ!

 ねえ!なんで無視するんだよ!




 ―――




「待って!いだっ!!」

「っ!!」


 ヒューグレイを追いかけて走り出したところ、思い切り頭をぶつけてしまった。

 痛む頭をさすりながら目を開くと同じように頭を痛そうに抑えるヴィーがいた。

 ヴィーはこちらに顔を向けると、瞳に涙をいっぱいに貯めて睨みつけてくる。


「ご、ごめん。ちょっと夢見てた」


 怒っていると思い頭突きをした言い訳を言うと、思いっきり抱きしめられた。


「よがった……。生きてる。アリアが生きてるよぉぉぉ」


 ヴィーは子供のように泣き出してしまった。

 突然の包容に少し面食らうも、ハグ中毒の私は何も考えずに抱きしめ返した。むふふ、いい気分。

 ヴィーの温もりを感じていると段々と記憶が蘇ってきた。そういえば私はドラゴンと戦って死にそうになったんだった!


 でもおかしい。お腹を貫かれたはずなのに痛みが全く無い。

 気になったので自分のお腹を触ってみると、すべすべのお肌だった。穴が開いているどころかかさぶたにすらなっていない。


「ねえ、私が倒れてからどうなったの?」

「……ぐすっ」


 事の顛末を聞こうと問いかけてみるもヴィーは、はぐれたお母さんをようやく見つけた子供のようにうーうーと泣きながらひっついて離れない。

 ああん!なんか超可愛い!

 私はヴィーの行動に愛おしさを感じてしまい存分に愛でた。ドサクサに紛れてほっぺにチューもした。


「……随分と元気そうですね」

「そんなことないよ。もっとヴィーから元気をもらわないと回復しないよ」


 危険な目にあった後は感動のキスが映画のテンプレだ。この流れならいける。

 そう思い久々のキスをしようとすると手で顔面を押しのけられた。


「凄い元気みたいなんでテントから出てください。外にいるリオン君達にも顔を見せてあげて」

「あぁ……そんな……ヴィーのいけず」


 ヴィーはそそくさと出ていってしまった。なんでだよぉ。ご褒美くれたっていいじゃんか。

 そんなことを思いつつテントから這い出ると、そこには足を固定されて寝転がる父さんと、頭を包帯で巻かれ焚き火で何かを焼いているリオンの姿があった。

 二人のいる奥にはもう一つテントがあるので、そこにガイさんとケビンさんがいるのかもしれない。

 ちなみにドラゴン戦では姿を消していたラマもいつの間にか戻ってきている。ドラゴン出現後真っ先にヴィーを置いて何処かに逃げやがって。元々の顔つきも相まって少し腹ただしい。


 私は数時間眠っていたみたいだ。もうすぐ日が暮れようとしていた。


「二人共大丈夫?」


 私は見た目的に重傷の父さんに近づき、癒やしの力を使うべく手をかざすと左足は光に包まれた。


「馬鹿野郎!俺のは死ぬような怪我じゃないんだ!なんで力を使うんだ!」

「だってその足じゃ帰れないじゃん」

「明日にはパトリックが呼んだ応援がくるはずだ。だから治す必要なんかなかったんだ」

「そっか。でももう治しちゃった」

「はぁ」


 父さんは大きなため息を吐き右手で頭を抑えた。

 次はリオンを治すかと思い、何やら良い香りがするリオンに抱きつこうとすると、ササッとかわされた。


「ちょ、触らないで」


 え?触らないで?今幻聴が聞こえた気がした。

 リオンが私に対してそんな事言うわけない。そう思って再度飛びつくと、やはりサッとかわされた。


「そんな……。リオンが反抗期になっちゃった」

「いやそうじゃないから」

「まさか私のことが嫌いに?」

「違う!大好きだ!今すぐに抱きしめたいくらいに!」

「じゃあなんで逃げるんだよ!」

「それはその……」


 私が地団駄を踏みながら強く問いただすと、リオンは顔を赤くして非常に言いにくそうにモジモジしている。

 その姿はまるで学園の王子様に不意に相対してしまった乙女のようだ。

 厳しい修行後に再会してからは、このようなナヨナヨした姿を見たことがなかったので少し新鮮だ。

 何が原因で彼はこんなことになってしまったのだろうか。

 なかなか口を割らないリオンにイライラしてきて足をトントンとしていると父さんが口を開いた。


「それ以上リオンをイジメないでやってくれ」

「イジメてなんかないよ。ただなんで避けるのかを聞いてるだけだよ」

「簡単に言うとだな、リオンは男になった」

「?」


 リオンは恥ずかしいようで顔を真っ赤にして指で自分の耳を塞いでいる。


「ドラゴンとの戦いが終わった後、リオンも怪我をしていたし一時間ほど仮眠を取らせたんだ。そしたらリオンのパンツが大惨事になってな」


 ん?つまりは生命の危機に瀕した結果、体が子孫を残そうと覚醒してしまったということかな?

 リオンも14歳過ぎてるもんね。思ってみればいつ大人の男になってもおかしくはなかったんだ。

 そっかー。もうリオンに抱きしめてもらえないのか……。寂しいな。

 私がしゅんとしてるとリオンがもう大丈夫かなみたいな感じで耳から指を引っこ抜いた。


 でもリオンが男になったと聞いて一つの疑問が解決した。


「なるほどね。だからリオンから良い匂いがしたのか」

「「「え?」」」


 三人が、おいおいマジかよみたいな驚愕の顔で私を凝視した。


「なんか変なこと言った?」

「あのな、男のアレをいい匂いって、よく恥ずかしげもなく言えるな。それともリオンのことを誘ってんのか?」

「あっ……」


 おおおおおぅおぅおぅ。

 私はなんて恥ずかしい発言をしてしまったんだーーー!!!

 思ったことをすぐに言ってしまう自分の口がここまで憎いと思ったのは初めてだ!

 面と向かってアレをいい匂いって、私のことを抱いて!とか、エッチしよ!って、どストレートに言っているようなもんじゃんか!

 あわわわわ。どうしよう!


 慌てふためく私を見て父さんとヴィーは苦笑し、リオンはというと頭から煙を出して失神していた。




「落ち着いたか?」

「す、少しは」


 私はヴィーの肩に額をつけて男二人から顔を見られないようにしながら答えた。


「ならこっちきてくれ」


 父さんに言われて奥にあったテントに案内された。

 中には右腕を肩の根元付近から失い、脂汗を流しながら眠っているガイさんの姿があった。


「どうしてガイさんがこんなことに?」

「それはだな」


 父さんによるとリオンが炎竜の首を切り落とした後も頭を失った体が命尽きるまで大暴れしたらしい。

 頭を失い暴走するだけの存在となった炎竜から父さんを守るためにガイさんがこのような大怪我を負ってしまったようだ。


「ごめん。俺がもっと強ければ」

「お前はアリアとヴィナティラを守ってたんだから俺らのことまで守るなんて無理だ。俺が頭に血が上って突っ込んだ挙げ句ワンパンでやられたのが悪いんだよ」


 リオンは光の繭に包まれた私とヴィーを守ってくれていたみたいだ。


「ありがとねリオン」

「おっと」


 感謝の包容をしようとすると華麗に身かわしされて私の腕は空を切った。

 そうだ触れちゃ駄目だった。でもわかってはいても避けられるのは悲しい。なんか涙が出てきた。


「ごめんアリア泣かないで。ヴィナティラさんお願い」

「……仕方ありませんね」


 渋々といった様子でハグしてきたヴィーのことを私は思いっきり抱きしめ返した。ちょっとだけ元気出た。


「それでよ。あまりお前に力を使わせたくはないんだが、ガイのこと助けてやってくれないか?一応ヴィナティラが手当してくれたがプロの医者ではない。このままじゃやばいかもしれない」

「私の大事な人を守ってくれた恩人だもん。言われなくても治すよ」


 私が手をかざすとガイさんは光の繭に包まれた。

 しばらくすると光は霧散し、腕が元通り生えて健やかな表情で眠るガイさんの姿がそこにはあった。


 ガイさんの治療をした後、少し力を使いすぎたかな?という考えが頭をよぎった。

 おそらく私が傷一つなく生きているのも聖女の力が自動で働いたからだろうし。今回だけでどれくらい寿命が減ったんだろうか……。

 うん。これ以上考えるのはやめておこう。怖くなったので考えることをやめた。


「ところでケビンさんは何処行ったの?見回り?」

「ケビンは死んだ」

「え?そんな……私を守ったせいだ」

「あんまり一人で責任を感じるな。たった5人で戦って犠牲者が1人で討伐した。めちゃくちゃ凄いことだ」

「でも」


 落ち込む私を見た父さんがちらりとヴィーを見た。


「もう!仕方ない娘ですね!」


 文句を言いつつヴィーは私を再び抱きしめる。そして一つの質問をされた。


「ところでアリアのその力って何なんですか?」

「ガイさんが目を覚ましたら言ってなかったこと全部話すよ」

「わかりました」


 ・


 ・


 ・



 日が完全に暮れて辺りが真っ暗となった頃、ガイさんが目を覚ました。


 辺りは静寂に包まれ焚き火の音だけがパチパチと響く中、私はすべてのことを話した。

 聖女の癒やしや魅了の力のこと。元々の生まれのこと。利用されるのを防ぐために貴族の自分は死んだことにして逃げてきたこと。


「だから聖女の力のことは誰にも言わないでほしい。お願いします」

「命を助けてもらっただけじゃなく、腕まで元通りにしてくれた恩人を売ることなんてしねえよ」

「私だってそんなことしません。だってアリアはその……大事な友達ですから」

「二人共ありがとう」


 ヴィーの大事な友達という言葉に感極まった私は例のごとく飛びついてキスをしようとした。しかし残念ながらそれは許してもらえなかった。ケチンボめ!


「ところで起きたときから気になっていたんだけど、何を焼いてるの?凄い美味しそうな匂いしてるけど」

「これはドラゴンの肉です。焼くと魔物避けになる上に凄く美味しいですよ。食べます?」


 なるほど。だからあれだけ多かった魔物が全くもって出現しなかったのか。

 魔物からしたら、最上位の強さであるドラゴンを焼いて食うなんてやべえ奴らだ。近づかないでおこうってことなのかもしれない。


 グゥ。


 すべての秘密を打ち明けて安心したせいかお腹が減った。せっかくなのでドラゴンのお肉を頂こうとしよう。


「おおおおお!美味しい!」


 なんじゃこれ!めちゃくちゃ美味い!木の棒に刺して焼いただけなのにどうなってんのこれ!

 魔猪肉のように硬いのだけど、硬さなんて気にならないくらい美味しい!

 噛めば噛むほど旨味が染み出してきて飲み込むのがもったいないと思ってしまうほどだ。

 最近記憶がどんどんと薄れてきて朧げなので絶対とは言えないけど、こんな美味しい肉は前世にもなかったのではないか。

 あぁ、美味しすぎてほっぺが落ちそう。ちゃんと調味料を使って鉄板で焼いたらどれだけ美味しくなるんだろう。

 毎晩これ食べたい。そんな風にすら思ってしまう。


 私はドラゴンの肉をバクバクとお腹がパンパンになるまで食べ続け、満腹になった後は睡魔に襲われぐっすり眠ってしまった。




 翌日、パトリックさんと応援の町騎士と冒険者合わせて11名が私達の元へ現れた。

 対ドラゴンで11人は少ない。しかし町に飛来する可能性のことも考えると大人数をこちらに出兵させることは無理だったらしい。


 応援に駆けつけた騎士達はたった5人でドラゴンを討伐したことを一様に驚き、私達のことを称賛した。

 そんな彼らにドラゴンの素材の運搬を手伝ってもらい、私達は町へと戻ったのだった。

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