第37話前世は犬?

「アリアは寝た?」

「寝たみたいです。凄いだらしない顔をしてますよ。せっかくの可愛い顔が台無しです」


 リオンは「そう」とつぶやくとヴィナティラから手を離した。

 リオンが手を離したことで自分もずっとリオンの背に手を回したままだったことに気がついたヴィナティラは慌てて手を離した。


「ごめん。今日出会ったばかりなのに一緒に寝てもらっちゃって」

「そういえば今日出会ったばかりでしたね。私は何故出会ったばかりの人と一緒のベッドで寝ているんでしょうか」

「深く考えてはいけない」

「あははそうですね。というかなんでリオン君が謝ってるんですか?」

「なんとなく」

「はあ……貴方も大変ですね振り回されて」

「大変ってよりか、俺は楽しいと思ってる」

「そうですか。でもなんとなくわかります。この娘結構メチャクチャなことを私にしてきたのに憎めないんですよね。それどころか可愛く感じる。何故でしょう」


 そう言いながらヴィナティラはアリアの頭を撫でる。

 その間、聖女のことを言うわけにはいかないしどう返答すればよいかとリオンは考えた。


「アリアは動物にも人間にも好かれやすいんだ」

「なんですかそれ?羨ましい能力ですね」

「そうとも言い切れないよ」

「確かにモテたらモテたで大変って聞きますね。悪い男に襲われるかもしれませんし」

「絶対に俺がアリアを守ってみせる」

「頼もしいナイトですね。でもこの娘可愛ですし、そのうちリオン君自身が悪い狼になっちゃうんじゃないですか?」

「…………」


 ヴィナティラがからかうように言うとリオンが押し黙った。


「もしかしてすでに襲っちゃいましたか?」

「お、襲ってはいない!だけど……」

「だけど?」

「……欲望に負けてアリアが寝ている時に胸を揉んでしまった」

「でもそれは男の子なら仕方ないです。こんな娘が横で無防備に寝ていたらね。むしろよくそこで耐えてましたね」

「これ以上二人っきりで一緒に寝ていたら抑制出来ずエスカレートしてたかもしれない。だからヴィナティラさんが加わって本当に助かったよ。

 特にアリアから抱きついてくる時は本気できつかった。足を絡ませてくるし、頬ずりしてくるし……」

「あはは、本当に頑張りましたね」


 ヴィナティラはアリアの頭を撫でるのを止め、よしよしとリオンの頭も撫でた。


「あ、ごめんなさい。私みたいな目つきの悪い女に頭撫でられたくないですよね」

「いやそんなことは。お姉さんって感じがして心地よかった」

「そ、そうですか。ならよかった。そ、そろそろ私達も寝ましょう」

「そうだね。おやすみヴィナティラさん」

「おやすみリオン君」


 リオンを撫でた気恥ずかしさから自分から寝ようと言ったものの、アリアにしがみつかれ直ぐ側には男がいるという状況のせいでなかなか寝付けなかったヴィナティラなのであった。




 ―――




「きゃあっ!貴方何をしてるんですか!こらやめなさい!」


 次の日の朝、私はヴィーの叫び声で目を覚ました。


「ふぁぁ?おはよー」

「おはようじゃありません!なんでこんな事するんですか!」

「何怒ってるの?私起きたばかりで何もしてないよ」

「もしかして無意識でやってたんですか?なら教えますけど貴方は私のことを舐め回してたんです!」


 ほらっと指さされたヴィーの首元を見てみると唾液?でテカテカしている。

 さっきまで抱きついていた私の犯行の可能性が99.9%だ。覚えてないけど。


「私リオンにもこんなことしてたりした?」

「ここ一ヶ月ではこんなことなかった」

「そう。よかった……」


 紳士のリオンであっても、さすがに舐め回したら我慢出来なくなって襲われていたかもしれない。危ない。


 覚えていないので不本意だったけどヴィーに謝り、朝食を取るために宿屋の食堂に向かった。

 食事の時の話題はもちろん私の寝ぼけ舐め回し事件のことである。


「ついにその癖が出たのね」

「私ってリサ姉のことも寝ぼけて舐め回していたの?」

「当然よ。何年一緒に寝てたと思ってるの」

「なんで教えてくれないんだよぉ」

「ラウルとリオン君に再会した時、リオン君がアリアに舐められると嬉しいみたいなこと言ってたし言わなくていいかなって」

「もう!リサ姉の意地悪!」


 私の舐め回し癖は出会った時からあったようだ。頻度は一、二ヶ月に一回程度。

 リサ姉は当初気持ち悪いと思い注意していたみたいだ。しかし私が寝ぼけて無意識でやっているため注意の意味はなかった。

 そして私は当時身体的に毎日疲れており、朝の寝ぼけ具合は凄まじいものであった。

 そのため注意された記憶も飛んでいたようだ。


「そのうち私はアリアなりの愛情表現として受け入れ気にしなくなったわ」

「愛情表現で舐めるなんてまるで犬ですね。アリアは前世犬だったに違いありません」

「私犬じゃないよ!人間だよ!」

「何自信満々に人間って言ってるんですか。貴方の行動的に人間だったなんて思えません」


 私は前世人間で男だったはずだ。

 でも最近男だったという感覚が希薄だ。私は本当に男だったんだろうか?

 記憶の中の自分は確かに男だった。でも男としての感情みたいなものが思い出せない。

 まあいいか。もう考える必要のないことだし。


 私は聖女なので唐突にころっと死ぬ可能性がある。無駄なことに頭を使っている場合じゃないんだ。

 今の自分の願いを叶えるためだけに全力で頭を使い行動しよう。

 今考え、やるべきことは一つだけ。ヴィーに謝って媚を売ろう。

 あの幸せサンドを一日でも長く味わうために。


「ごめんねヴィー。今後も一緒に寝てたら舐めちゃうかもしれない。でも悪気あるわけじゃないんだよ。だから今日もギュッとしてほしいな」

「うぐっ。なんですか上目遣いで謝って。私は男じゃないんだからそんな風に可愛らしく言われても困りますよ」

「お願い。ラマ焼かれたくないでしょ?」

「一緒に寝てあげますから焼かないでください。本気で申し訳なさそうな顔をしてたと思ったら、次の瞬間にはさらっと凶悪なことを言うとは……。怖い娘ですね」

「うふふ。ありがとうヴィー。大好き」


 私はヴィーの肩に頭を乗せ頬ずりした。


「はぁ……。なんでこの娘は出会って二日目の人間にここまで甘えることが出来るのでしょうか」

「うちの娘はそういう娘なんだ。諦めて仲良くしてやってくれ」




 ―――




 朝食を取り終えた私達は町の出入り口に移動した。

 そして父さんがパーティーリーダーとして皆の前に立ち声を上げた。


「今日からこのパーティーでトレジャーハントの旅をする。最初は肩慣らしのために町から三日以内のところでやりたいと思っている。

 なのでA級以上のヤバい魔物は出てこないと思うが十分に注意しろ。いいな!」

「はーい」「了解」「久しぶりでワクワクするわね」「わかりました」

「よし!行くぞ!」


 父さんの掛け声で冒険の旅が始まった。




 町を出てから一時間ほど、私はあることを思い出し気になり始めた。


「さっきからアリアはなんでもじもじしてるんですか?」

「昨日ラマがスカートの中に頭突っ込んできたの思い出しちゃって気になっちゃって」

「だったらなんでズボンを買ってはいてこなかったんですか」

「だって」

「?」

「せっかく女の子に生まれたんだから出来るだけ可愛い格好がしたいもん」

「まるでどっかのお嬢様のような物言いですね。なんで冒険者なんかしてるんですか?」

「それはその……そう!父さんのお手伝いがしたくて」

「……ふーん。まあいいです。そういうことにしておきましょう」


 何気ない言動で私の素性に興味を持ってしまったようだ。

 ヴィーは私を売り飛ばすような娘じゃないと思うけど気をつけないと。




「前方の草陰にに三つ目大鼠がいます」


 ラマに乗って周囲を見回していたヴィーが今日の初めての獲物となりそうな魔物を発見した。

 三つ目大鼠は好戦的ではなく弱いFランクの魔物らしい。そのため不必要に戦う必要はない。


「はいはーい。じゃあ私がやっつけます!」


 無視しても構わない相手ではあるけど食用の肉としては悪くない。どうするか?という話になったので私が狩ると立候補した。

 新しい旅の仲間であるヴィーに対して、格好いいところを見せたかったのだ。昨日は怖がらせただけになっちゃったからね。

 今日は私がちゃんと役に立つところを見せつけるんだ!

 役に立つとわかれば、「私ずっとアリアとパーティー組みたいです」とか言ってくれるかもしれない。

 私の実力に惚れさせて他のパーティーに浮気出来ない身体にしてやる!


「ストーンバレッドッ!」


 私は気付かれない程度の距離までつめると、手のひらサイズの石弾を大鼠に放った。

 大鼠は破裂した。グロい……。


「「「…………」」」

「なんでそんな高威力の魔法を放つんですか!?食べるとこがなくなりましたよ!」

「おかしいな。弱めのつもりだったんだけど」


 うーん。ちょっとでも威力を高めようとすると必要以上に強くなっちゃうな。

 私の場合、魔法の強さの調節を10段階評価で表すと、1の次は8になちゃう感じだ。

 2~7の強さで魔法が使えない。


「い、今ので弱めなんですか?」

「アリアは加減が下手なのよね」

「アリアってやっぱ役に立たないんじゃ……」

「酷いよヴィー……。たとえ真実でも言わないでよ」

「でもこいつがいればB級以上の魔物が現れた時の死亡リスクは大幅に下がるはずだ」

「あ、たしかにラウルさんの言うとおりですね」

「アリアは居てくれるだけで役に立ってるよ。だから落ち込まないで」

「ありがとうリオン」


 リオンが優しくハグしてくれたので私はすぐに復調した。

 結局私はB級以上の強敵が相手の時以外は、皆が目の前の敵に集中できるように援護する役割となった。


 おそらくだけど5人パーティーではドラゴンに挑んだりはしないだろう。

 かといって私は魅了の力があるので男を含めた10人以上のパーティーを組むことも出来なさそうだ。

 なので強敵と戦う機会はそうそうないはず。


 もしかして私の活躍出来る時は一生来ないのでは……?

 いや、魔力障壁で皆の身を守るのだって重要だよね!好きな人達が傷つくのは見たくないし。

 よーし決めた!私はイージスの盾になってやる!盾なら強ければ強いほどいいからね。

 今回は失敗しちゃったけど自分のやることが明確に決まったわけだし、いい収穫だった。そう思えた。

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