第31話美人トレーナー

「そろそろ竜人大陸に来た理由教えてよ」


 竜人大陸に上陸し、プルミエの宿で一息ついた私は疑問に思っていたことを聞いてみた。


「お前が冒険者として生きていく為の基礎体力をつけるためだ。魔物と戦う前に疲れていて力を発揮できないとかしゃれにならないからな」


 言われてみればそうだ。

 ドラゴン狩りましょうってなった時にドラゴンがいるところまでまず移動しないといけない。

 どう考えても町から一日の距離にドラゴンなんているはずない。

 ドラゴン以外に関しても町の近場で取れるような素材だとあまりお金にならないよね。

 体力がないと選択肢が狭くなりお金を稼げない。そう考えると絶対体力はつけるべきだ。


「しかし思っていた以上にお前は体力が無いから大変かもしれん。頑張ってくれ」

「うぐ……」


 今いる町の隣にウルマという人材育成の町があるらしい。

 竜人大陸で生きていくためには力が必要だ。竜人は多種族よりも身体能力が高いと言っても最初から強いわけではない。結局ちゃんと訓練しないとちょっと身体能力が高いだけの人になってしまう。

 なので竜人大陸の各地に力をつけるための教育機関みたいなものが存在する。

 今回行くウルマは初歩の初歩で体力や筋力をつけるための施設が多い町のようだ。


「でもなんでわざわざ竜人大陸なんかに来たの?体力つけるだけなら別の場所でもよくない?」

「お前はしばらく中央大陸に居ないほうが良いからだ。一応死んだことになったんだしな。それにウルマで俺の知り合いがトレーナーをしているから、安心してお前を任せられる」

「私を任せるって父さんは私を放置するつもりですか?育児放棄ですか?」

「育児放棄って人聞きが悪い事言うな!」


 体力作りの施設は基本的に男女別らしい。そのため女の私が使う施設に父さんが入ることが出来ないようだ。

 確かに女子校みたいな所に無理やり入ったとしたら、お巡りさんこっちです案件だ。


「それともう一つの理由。訓練が終わった後仕事を開始した時、仕事内容が中央大陸だと傭兵が多い。それに比べ竜人大陸は魔物討伐や素材採取が主な仕事だからお前にとってはいいだろう?」


 傭兵ってつまりは人と戦うってことだよね?私の性には合わない。

 父さんは私に厳しいことも言ったけど、ちゃんと気遣ってくれてるようだ。ありがたい。

 もしかしたらリオンを助けた時、私が何のためらいもなく人を殺したら別の選択肢も考えていたのかな?


「というわけでウルマに着いたら俺とリオンとは少しの間お別れだ。俺はリオンの指導をすることにしたからな」

「え?お別れって寮みたいな感じなの?」

「寮というか町自体が女の区画と男の区画、あとは一般区画に分かれている感じだ」

「なんでそんな風に別れてるんですか?」


 リオンが問うと父さんが解説を始めた。

 ウルマでのトレーニングはメニューによってはトレーニング終了後立ち上がれないくらい過酷なものである。

 昔のことではあるけど若い女の子が好きな変態が、弱っている女子を襲うという事件が発生することがよくあった。

 そのためトレーニング中のまだ未熟な女生徒を守るために、こういった町の作りになったとのことだ。

 今の町の作りになってからはレイプまがいの事件は減ったようだ。


「てなわけなんだが何か問題でもあるのか?」

「二人がいないとなると寝る時誰が一緒に寝てくれるの?」

「はあ?寝る時に誰かが居ないと寝られないとかお前は赤ん坊かよ!」

「父さん。人ってね一度経験した快楽って忘れられないんだよ。だから一週間以上誰とも寝られないと禁断症状が出ちゃうよ」


 私は誰かと一緒にハグして眠ることに幸せを見出してしまった。

 もう一人で寝る日々には戻れない。


「アリアが望むなら俺がアリアの部屋に侵入するよ」

「おいリオンそれだけはやめろ。バレたらボコボコにされるぞ」

「もしかして父さんは女子寮に侵入したことあるの?」

「ちげえよ俺じゃねえ!」


 父さんが言うには一緒にパーティー組んだ男の鼻が曲がっていたので理由を聞いたところ、ガキの頃女子寮に侵入してボコボコにされたせいで曲がったと言ってたらしい。

 どこの世界でも女の園に侵入したいという輩がいるんですね。


「なら私がリオンと父さんの所に……」

「早いガキは10歳でもう男だ。お前はただでさえ容姿が良いし魅了の力まで持ってる。男の町を一人でフラフラ歩いていたら何されるかわからない。危険過ぎる」

「じゃあ我慢しろってこと?……ウルマでトレーニングしたくない」

「だったらトレーナーを直接雇う形にしてお前の母親代わりになってもらおう。寮に入らずトレーナーと同居すればおはようからおやすみまでずっと一緒だ。それならいいだろ?」

「いいの?お金かかるんじゃないの?」

「ガキが金の心配をするな。それに元々そっちの方がいいかもしれないと思っていた」


 出ました金の心配はするな!男の格好いいセリフランキングでも上位に位置するであろうやつだ。

 感動したので以前と同じように飛びついて頬に感謝のキスをした。


「お前はなんでこんなにスキンシップ過多なんだ」

「だって私の場合今しか出来ないよ。大人になったら出来ないこと、今のうちにしておきたいんだ」

「……お前は時々子供か疑わしいほど大人な事言うよな。普段は己の欲望に猪突猛進の子供のくせに。変なやつ」


 いくら心と身体が同化してきたと言っても私は転生者。中途半端に大人だ。

 他人から見れば変な娘なんだろうけど変でいいんだ。私は心のままに生きるもんね!




 次の日私達はプルミエから出立した。

 プルミエの町から出てすぐに私は竜人大陸に驚かされることになった。本当に魔物だらけなのだ。

 十分歩けば一体に出くわすレベルでたくさんいる。ただの木だと思っていたやつが私達に驚いて突然走って逃げたりキノコが歩いていたりと、食材=魔物と言っても過言でないくらい魔物だらけである。

 出会う魔物すべてが襲ってくるわけではないが、これだけ多いと力なきものは生きていけないっていう理屈も理解できる。


 そんな魔物が闊歩する草原を歩くこと数時間、私達に初めて襲いかかってきたのはホンラビットという角の生えた大きなウサギの魔物だった。

 見た目は完全に可愛いウサギなので油断していたところ、いきなりジャンプして自慢の角で父さんを突き刺そうとしたのだ。

 私とは違い見つけた時から警戒していた父さんはウサギの突撃をヒラリとかわすと首をはね、ウサギの首から血が吹き出した。


 うえ……ちょいグロい。

 以前魔法で猪を仕留めたりした時は完全なるスプラッターだったので近寄らず放置したんだよね。

 だからこんな間近で首を落とし、血が吹き出るのを見たのは初めてだ。

 こんな見た目が可愛らしい生物を狩るのにも慣れていかないといけないんだよね。気が滅入る。


「ラッキーだな。こいつの肉は美味いんだ」


 ちょうど昼時だったのでその場で食べることになった。

 リオンがウサギの皮を剥ぎ肉の下準備をし、父さんがそこらへんを歩いていた木に襲いかかるとボキボキと枝を折って持ってきた。枝を折られた木は大慌てで逃げていった。可哀想。

 私は父さんが持ってきた木の枝に火を付けただけである。


「生木なのによく燃えるね」

「木の種類によって燃えやすいのと燃えにくいのがある。覚えておけ」


 冒険者ってそんな細かいことまで覚えないといけないのか……。

 知識も体力もなく、戦う力はあっても敵の見た目によっては命を奪うのに抵抗感があって躊躇する。

 このままじゃ何の役にも立たない姫ちゃんって感じだ。


「ねえ私も今度狩りしたいんだけど」

「お前の魔法の威力は高すぎる。食うところがなくなるから黙って見とけ」

「でもそれじゃ私だけなんの役にも立ってない」

「火を着けたり肉を焼くための石のプレート作ったりしてるじゃないか。水もお前が作れるから持ち運ぶ必要ないし、十分に役に立ってる。お前は得意なことだけしてればいいんだ」


 父さんはポンポンと私の頭を撫でる。

 本当にこのまま甘えていて良いのだろうか。今のままじゃ姫ちゃんどころか男をこき使う女王とも言えてしまう気がする。うーん。

 そんなことを考え込みながら焼き上がったウサギ肉を食べた。




 結局ウルマに着くまでの六日間、私はちょっとした雑事をするだけで疲れたらおんぶで運ばれる日々だった。


 町についた私達は入口付近にいる素材買取業者に道中で得た素材を買い取ってもらい宿へと向かった。

 翌日、父さんの知り合いと待ち合わせの場所へと向かった。


「久しぶりねラウル」

「おう。相変わらず綺麗だなリサ」


 リサと呼ばれた女性は健康的に日焼けしたような褐色の肌。黒髪ショートヘアで頭に竜人族特有の二つの小さな角を持つ美女であった。

 陸上選手のように細身でありながら筋肉もしっかりあるといったスタイルをしており、綺麗な紫の瞳で見つめられると女の私ですらドキリとしてしまう。

 雰囲気的に彼女にマスクや鞭などの専用装備を装備させればSM女王になりそうだ。


「ありがとう。ところで手紙に書いてあったより一人増えてるじゃない」

「あー、こっちの男の方は娘の我儘で拾った。こっちが俺の娘になったアリア。つまりリサの娘でもある」


 この美人トレーナーさんが以前匂わせていた彼女さんだったのか!

 父さんも隅に置けませんね。いや、さすがイケメンと言ったほうが良いかな?


「あのねラウル。ずっと言ってるけど私は貴方の妻になったつもりもなるつもりもないから。だからアリアは私のことお姉ちゃんって呼びなさい。ママとか言ったらぶっ飛ばすわよ」


 前言撤回。思いっきり振られてるじゃん……。


「父さん、リサ姉が美人で惚れちゃうのはわかるけどさストーカーは良くないよ」

「ぷぷぷ。娘に諭されてやんの」

「ストーカーとか人聞きが悪い事言うな!いろいろあるんだよ!いろいろな」


 そう言って拗ねてしまった。

 私はそれ以上突っ込まなかった。経験不足の私にはわからないけど男女の関係はいろいろあるんだろうなと思ったからだ。

 とりあえず私は拗ねた父さんの機嫌を取るべくしなだれかかった。


「ごめんって。機嫌直してよパパぁ」

「パパって言うのやめろって言ってるだろうが!リサ、リオン何クスクス笑ってやがる」

「ラウルが私以外の女に手を焼いているの見たの初めてだから」

「俺が手を焼く女は実妹とリサとアリアくらいだ。おいリオン、お前は明日からの特訓で可愛がってやるから覚えておけよ」

「別にいい。俺は守るための力がほしいから」

「言うじゃねえか。そんなわけでリサ、しばらくアリアの方は頼んだぞ」

「りょーかい。でも本当にスペシャルメニューするの?この子大丈夫かしら?」


 リサ姉は訝しげにジロジロと私の体を見てきた。


「もちろんだ。みっちり鍛えたほうがこいつの将来のためになる。それに旅してきてわかったが逃げ出すような性格じゃないし大丈夫さ」

「あの、逃げ出すってそんなにきついトレーニングなの?」

「「…………」」


 二人の作り笑顔が恐ろしい。

 こうして地獄の特訓(物理)が始まってしまった。

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