第17話女の子に魔法をかけるには

「ごめんちょっと興奮した」


 可愛くなったリディアを10分間ほど抱きしめて頬ずりしていた私は冷静さを取り戻し謝罪した。


「はぁ……」

「どうしたの?疲れた顔しちゃって」

「あなたのせいだと思うよ」


 あははこいつめぇ。結構はっきりと物言う娘なんだね。

 引きこもるくらいだし、もっと部屋の隅でビクビクしちゃうような気弱な娘だと思っていたけど違うみたい。

 もしかしてもう大人に対しても恐怖心はなくて、ただ部屋から出るタイミングがわからなくなっちゃっただけなのかな。

 よし。ちょっと試してみよう。


「あー、騒いだらお腹が減っちゃったよ。ご飯食べに行こう」


 私はリディアの手を掴むと部屋から出ようとしてみる。

 すると扉の前に来た時にリディアの足が止まった。手も少し慄えている。


「外は怖い?」

「……ごめん」

「ううんいいんだよ。私の方こそごめんね。待ってて、ご飯貰ってくる」


 初日から外に出られちゃうかもと思ったけどそううまくはいかないよね。

 私は部屋の近くまでメイドさんに食事を運んでもらい、そこからは自ら二人分の食事を配膳した。

 パン、肉入りトマトスープ、チーズといったごくごく普通のメニューだ。


「美味しいね」

「……いつもと変わらないよ」

「私はいつもより美味しく感じるよ。だってリディアと一緒だもの」

「?」


 怪訝な表情をされてしまった。歯の浮くようなセリフでちょっと恥ずかしがらせようと思ったんだけど、残念ながらイケメンじゃないと効果がないようだ。

 というか、そんな反応をされるとこっちが恥ずかしくなってくる。


「なんで赤くなっているの?」

「ちょっと自分で言ったセリフで恥ずかしくなっただけ」

「アリアって変な子だね」


 出会って数時間で変な子扱いされてしまった。でもいいんです。私は道化。変人上等!




「何してるの?」


 食事が終わった私は体がなまらないようにストレッチと筋トレ中である。


「スクワットっていう筋トレだよ。食っちゃ寝ばかりだとブタさんになっちゃうよ?」

「……」

「ほりゃ、お腹ぷにぷにー」

「ひゃぁんっ」


 こ、この娘はなんて声を出すんだ!ちょっとドキドキしてきちゃったよ。


「さ、さあリディアも一緒にやろう。1、2……」

「……うん」


 自らのお腹を触ったリディアは危機感を感じたのか一緒にやり始めた。しかしたった10回程度でギブアップしてしまった。まさか私より貧弱だなんて。

 貴族の娘ってこんな貧弱なものなのだろうか?今は顔を真っ赤にしてベッドに突っ伏している。


「これから毎日やろうね?」


 私がそう問いかけるとコクコクとうなずいた。

 うんうんいい感じだ。少しは身体を鍛えないとね。健全なる精神は健全なる身体に宿るという言葉もあるし。身体を鍛えることによって少しは心も鍛えられることを祈ろう。




 ―――




 リディアと出会ってから早いもので一週間経過した。はっきり言ってリディアの心のケアは難航している。

 私はボロボロと窓の外に魔法で作った氷を落としながらどうしたものかと考え中だ。ちなみに窓の外には桶が設置されている。

 氷作りはなまらないようにファリス家に来て二日目からやっているのだが、当初地面にそのまま落としていた。するとなんてもったいないと言われて桶を設置した次第だ。

 魔法で水を扱えるようになって忘れていたがこの世界では安心して飲める水は貴重だ。実家でも水魔法を使えることが一番喜ばれたと言っても過言ではないくらいに。


 リディアはというと私の魔法の訓練をベッドに腰掛け、ぼーっと眺めている。

 私は芸人にはなれなかった。ひょうきんなことをしようとしても上手くいかないし、すぐにネタが無くなって沈黙タイムになってしまう。

 困った私は安易に顔芸に走った。リディアには「私赤ちゃんじゃないんだけど」と冷静な顔で言われてしまった。

 まさか滑った芸人さんの気持ちを異世界で知ることになるとは思いも寄らなかったよ……。

 やっぱりこういう心の問題は夜眠る時にでも真面目な感じで語り合うほうがいいのかな?


 その夜、私はいつも通り一緒のベッドに潜り込むとリディアを背後から抱きしめた。

 この一週間で私が抱きつくのは当たり前となり、リディアは一切抵抗しなくなった。

 私のことを少しでも受け入れてくれたことに嬉しさを感じている。でもリディアから私のことを抱きしめ返してくれたことはない。ちょっと寂しい。


「ねえ。私リディアのお母様のこと聞きたい」

「……」


 会話スキルのない私は何の脈絡もなくど真ん中にストレートを投げ込んでしまった。

 ああ、失敗した。本当は上手く会話を誘導して聞かなきゃいけないことなのに。


「ごめん嫌ならいい」

「……嫌じゃないよ」


 リディアは語りだした。母であるエレーナがこのファリス家の中心、太陽であったこと。

 エレーナは誰にでも優しく、彼女を嫌いな人なんていなかったこと。毎日櫛で髪を梳かしてくれたこと。

 リディアが落ち込んだ時は優しく抱きしめてくれたこと。良いことをした時は優しく撫でてくれたこと。

 たくさんの良い思い出を語ってくれた。


「でも私をかばって死んじゃった。私のせいで死んじゃった」


 リディアは肩を震わせて泣いた。

 私は何も言葉をかけられなかった。私は世界で一番大事な人を亡くした経験なんて無い。彼女の気持ちをわかってあげられるわけがなかった。

 だからただ彼女を抱きしめて、出来るだけ優しく撫でた。それが唯一出来ることだった。




「昨日はお話してくれてありがとう」


 翌朝、お互い顔を洗ってスッキリとしたところで話を切り出した。


「別にお礼を言われるような話してない」

「私はリディアがお話してくれて嬉しかった。仲良くなれた気がして。だからありがとう」

「……アリアって誰にでもこういうこと言うの?」

「リディアにだけだよ」

「ならいいけど。あまり勘違いされるようなこと言わないほうがいいよ。特に男の子には。襲われちゃうよ」

「それは違うよ!」


 確かに私は一度襲われたことがある。

 だがスノウに対して口説こうとしたり優しくしたりなんてしていない。むしろやられたらやり返すをしていたら襲われたのだ。

 つまり男は野獣だ!狼なんだ!目の前に好みの容姿の女の子がいたら襲うのだ!女の子が優しかろうが凶暴だろうが関係ないんだ。

 そのことを熱弁したところ、男の子って怖いと怖がらせてしまった。恐怖心をなくさないといけないのにむしろ植え付けてしまった。痛恨のミスである。




「ねえ。リディアはこのままでいいと思ってる?」


 いつも通り魔法の訓練をしながら後ろにいるリディアに問いかける。


「……いいわけないよ」


 頭では今の状況は良くないってちゃんとわかってる。でも震えてしまって踏み出せないんだろう。

 催眠魔法でもあれば怖くないよって言い聞かせることが出来たんだろうけど、さすがにそんな都合のいい魔法はない。

 いや、ないなら作ってしまえばいいのかもしれない。たとえ効力なんてなくたって思い込ませればいいんだ。プラシーボ効果だっけかこういうの。

 とりあえずものは試しだ。やってみる価値はある。

 しかし魔法で大人が怖くなくなりますって言ってもなかなか思い込ませることは難しいだろう。まずは部屋から出られるような感じの魔法にしよう。

 さて、どういう方法で魔法をかけようか。リディアが魔法にかかっちゃったって信じるくらい強烈な印象を持つようなことがいい。

 やはり古今東西、美少女に魔法をかけたり、魔法を解いたりするには あれ をするしかないかな……。




「今からリディアに魔法をかけたいと思います」

「魔法をかける?どんな?」

「目をつぶっている間自分が何処にいるかわからなくなっちゃう魔法です」

「よくわからないけど、どうやって使うの?」

「それはね……」


 私は強引にリディアを引き寄せると唇を奪った。


「んっ」

「な、な、何を!?」

「目を閉じて」


 私は混乱するリディアの目を閉じさせると手を引いて歩き出す。そして事前に半開きにしていた扉を風魔法で開けるとそのまま廊下へと出た。

 そして周りに使用人がいないことを確認してから声をかける。


「さあ、目を開いて。怖い?」

「ううん大丈夫」


 その答えだけ聞くとすぐに手を引いて部屋の中へと戻った。


「頑張ったね偉い」


 私はエレーナさんの代わりに出来るだけ優しくリディアを撫でた。よしよし、やはりキスという魔法は絶大な力を発揮するね!

 正直言ってプラシーボ効果で外に出られたのか、混乱や恥ずかしさなど他の感情で恐怖心をふっ飛ばしたかは定かではないけど、結果オーライってやつだ。

 まず第一歩踏み出すことが重要だし。




 それからリディアは一ヶ月半かけて邸のすべての場所へ移動できるようになった。

 最初の一ヶ月で徐々に部屋から出られる距離を伸ばしていった。剣の達人がじりじりと間合いを詰めるようにゆっくりと時間をかけた。

 当然行動範囲が広がれば使用人さんがいたが、申し訳ないけど目配せしてその場から去ってもらった。

 そして残りの半月で様々な部屋に入れるようになった。

 最初に行ったのはエレーナさんの寝室。リディアは幼い頃は一緒に眠っていたというエレーナさんのベッドに飛び込むとしばらく動かなかった。

 次の日からだろうか、少しリディアが元気になったような気がした。もしかしたらエレーナさんのベッドから思い出という力をもらったのかもしれない。

 この頃になると食べれる量も出会った頃より増えたし、スクワットも20回まで出来るようになっていた。


 私はリディアが何か出来た度に頭を撫でていたんだけど、最近は嫌がられるようになってしまった。年下の子に子供扱いされるのが恥ずかしいのかもしれない。

 しかし魔法のキスの方はむしろリディアからせがんでくる。自分で始めたことだけど私としてはこっちのほうが恥ずかしいので、そろそろキスなしで外に出られるようになってもらいたい。

 じゃないと本当に百合の花が開花してしまいそうだ。最初は遊びとかのつもりだったのが本気になっちゃうとかよくあることでしょ?

 唯でさえ私は元男。女の子を好きになってしまう土壌がある。

 そろそろ私の心が持たないので次の段階へステップアップしないといけない。


 ステップアップには大人の協力が必要だ。やはり最初は父親であるダレンさんが最適だと思う。

 私は久しぶりにダレンさんとの話し合いの場を設けてもらうことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る