第15話初めての旅

「いでっ」


 私は今ガタガタと揺れる馬車の中にいる。

 ちょっと油断してウトウトとしていたら頭をぶつけてしまった。延々と同じような風景を見続けていたら眠気に襲われるってものだ。

 さて、何故私が馬車に揺られているのか。その理由は数日前に遡る。




「アリアお願いがある」


 私が9歳になって少しした頃、父のヒューグレイがいつにもまして真剣な表情で話を切り出した。


 隣国ステイル王国。現在人族の国では二番目の国力を持つ大国であり、父ヒューグレイの母国。

 元々は国力第一位の国であったが、あまりにも大きくなりすぎたために内政難となってしまった。そのためいくつかの大領地を独立させたという過去を持つ。

 我がレジス王国はその独立した国の一つであり、元々同じ国であったために関係は今でも非常に良好だ。

 そして同じ国であった名残で今でもレジス王国の貴族たちはステイル王国の学園へと通うことが通例である。父と母は学園で出会ったらしい。

 とりあえず今回は関係ないので二人の恋は置いておくとしよう。

 学園へは12歳から18歳通う。15歳の時に半年の帰郷期間があるので約5年半、寮生活を共に過ごすことになる。長い間一緒に過ごすのだ、当然親友と呼べる人間だって出来る。

 ダレン・ヴィクトル・ファリス。ステイル王国の現辺境伯であり父の親友。彼が今回のお願いに関わる人物だ。


 ことの発端は約三ヶ月前。ダレンの妻エレーナと娘リディア・メル・ファリスの乗る馬車が襲撃されたことにある。

 エレーナは嫁いできて以降、年に数回孤児院の視察を行っており、そこを狙われた。

 もちろんファリス家に護衛はいたが敵の数が多すぎた。護衛8名に対して襲撃者は20名以上。敵の実力自体は大したものではなかったものの多勢に無勢の乱戦。

 ファリス側の人間で生き残ったのは娘リディアとファリス家で一番の剣士であるオスカーのみという惨劇となってしまった。

 襲撃者の身元ははっきりとはしていないが、この手の嫌がらせのようなことをしてくるのは隣国の国フォルキノか宗教国家のレギオンという国らしい。

 宗教国家は面倒くさそうだが、隣国のそのような野蛮な国なんて滅ぼして吸収してしまえばいいのではないかとも思うが、そうもいかないらしい。

 現在フォルキノは国力第二位ステイル王国と第一位ノーブル帝国という大国同士の緩衝国の一つであり、なくなったらなくなったで両国とも困るからだ。

 それをフォルキノもわかっているために、時折金を要求してくる。それを断ると嫌がらせをする。や○ざみたいな国だ。


 さて、政治の話は置いておいてここで問題となったのが生き残ったリディアだ。

 彼女はまだ11歳の少女。このような惨劇を見て、更には目の前で母まで失えば酷いトラウマを抱えてしまうのは想像に難くない。

 リディアは事件以降、大人に恐怖するようになってしまったようだ。自分より身体の大きな人間を見ると身体が慄えてしまい父であるダレンですら近寄れない。

 ここ二ヶ月様子を見ていたが改善の様子もなく、リディアは半ば引きこもりのようになってしまった。


 リディアは来年学園に通わなければならない。しかし今の状態ではまともに学園生活が送れるはずがない。

 最悪学園は通わなくて良いことになったとしても、このままズルズル行けば彼女の人生は壊れてしまうだろう。

 それではせっかく生き残ったのに死んだのと一緒になってしまう。だが彼女を立ち直らせたくても周りの人間は近寄ることすらままならない。

 そこで白羽の矢が立ったのがダレンの親友ヒューグレイの娘である私だ。


 父様には恩がある。

 家庭教師に始まり孤児を引き取るなど様々な我儘を受け入れてもらった。

 どんな裏話があるかまでは知らないけどアランと仲良くなれたのだって父がそういう環境にしてくれたからだ。

 だから私はこの話を即決で引き受けた。それに恩返しじゃなくて単純にリディアを助けてあげたいと思ったってのもある。

 こうして今に至る。

 しかし私は精神科医ではない。少女のトラウマ治療なんて出来るのだろうか……。

 しばらくの間どうしたものかと考え込んでいると隣に座るティモに話しかけられた。


「どう?リディアちゃんを口説き落とす方法は思いついた?」

「口説くって人聞きの悪いこと言わないでくれませんか」

「だって君口説くの得意じゃん。スノウ君、アラン君、そしてつい先日はマリカちゃん」

「全員口説いてなんていません!それにマリカとはあんまり会話すらしてないですよ」

「言葉だけが口説くとは言わないよ。マリカちゃんが困っている時に颯爽と現れてさ、手を差し伸ばしその後邸までずっと手をつないでいた。

 あれマリカちゃんの立場からしたらめちゃくちゃ格好良かったと思うよ。邸出る前のマリカちゃんの態度からしても完全にアリアに惚れてるね」

「むぅ」


 確かに邸を出る時のマリカには驚かされた。なんとマリカは私に付いてこようとしたのだ。しかしエトーレが一喝した。

「まだ自分のことすらまともに出来ていないマリカがお嬢様の世話を出来るはずがありません。どんな時でもお嬢様に付いていたければ早く一人前になりなさい」

 と、かなりきつめに言い聞かされていた。マリカは心底悔しそうな表情で頑張りますと言っていた。


「と、とりあえずマリカのことは置いておきましょう。師匠は何かいい案ないですか?」

「うーんそんな事言われてもね。僕の性格でトラウマ女子の気持ちわかってあげられると思う?」

「聞いた私が馬鹿でした」

「酷い言いようだね。ははは」




 ―――




 町に着くまで残り一日となってしまった。結局何もいい案が思い浮かんでいない。


「はぁ」

「あのさ、困ったことがある度にため息ついてチラッチラッ見るの止めてくれない?」

「ちょっとくらい真剣に考えてくれてもいいじゃないですか!弟子の悩みを取り除くのも師匠の役目でしょ!」

「はいはいわかったよ。まあ最後だし優しくしてあげよう」

「最後ってどういうことです?まさか不治の病にでもかかってしまったんですか?悪霊にならずに成仏してくださいね」

「勝手に殺さないでくれないかな。言ってなかったけど君の家庭教師辞めたから」

「なんで!?」


 ちょっとちょっと、ティモがいなくなったら自由に動ける行動範囲がかなり狭まちゃうよ。

 一人で行動すればスノウやリディアみたいに襲われかねないし、ティモがいないと森どころか町外れに魔法の練習も行けなくなる。

 そうなればまた邸の庭でちまちまとした訓練しか出来なくなってしまう。これは由々しき事態ですよ。


「学園入るくらいまではうちに居てくれてもいいじゃないですか」

「君がファリス家にいる間お留守番してろって?嫌だよ。僕は君の家庭教師になるために仕方なく来たんだ。君がいないなら帰るよ。いい機会でもあるしね」

「私のためにってどういうことですか?」

「ぶっちゃけるとね僕は知り合いに頼まれたからヴァルハート家で家庭教師になったんだ。昔話した家庭教師になった理由は嘘」

「旅費がどうのとか全部嘘なんですか?」

「あのね。僕くらいの実力があればあまりお金には困らないよ。わざわざ男爵家で稼ぐ必要なんてないんだ。アリアはもう少し人のこと疑ったほうがいいよ」


 今まで考えないようにしていたけど、やっぱり風の大魔法使いがたまたまうちに来るってことはおかしな事だったんだ。それに実力はわからないけど剣術もすごいみたいだし。

 しかし一体誰に頼まれたんだろう。はっきり言って私はティモが来てくれるまでは引きこもりみたいな生活だったのに。

 土の精霊であるノムスに頼まれた?それくらいしか私の事情を知っている存在なんていそうにないけど。


「もしかして土の精霊に頼まれたとか?」

「いや違う土の精霊ではない。……アリアは精霊に会ったの?何か言われた?」

「なんか君は呪われているって。だから加護をあげるみたいなこと言われました」

「そう……。君は精霊が加護を与えてしまうくらい過酷な運命が待っている可能性がある。詳しくは教えてもらえなかったけど僕に君のことを頼んだ人も同じようなことを言っていた。

 過酷な運命から自分の身を守れるように鍛えてほしいって、そう頼まれたんだ」


 呪われてるとか、過酷な運命とか嫌になるようなこと言わないでほしい。将来への不安というストレスで禿げたり白髪になっちゃったらどうするのさ。


「過酷な運命って嫌なこと言いますね。でももしそんな運命が待ち受けているってわかっているなら守ってくれてもいいんですよ?」

「私のことを守ってって、それプロポーズ?」

「んなっ!何を言い出すんですか!違います!」

「赤くなっちゃって。可愛いねえ。ツンツン」


 人のほっぺをぷにぷにと突きやがって、本当にからかうのが大好きだな!

 というか、からかわれている場合じゃなかった。リディアだ。彼女を救う方法を考えないと。


「もうっ!私をからかってないでリディアのこと真剣に考えてください!」

「ごめんごめんつい。あくまで僕の個人的な考えだけどいい?」

「何でもいいから少しでも参考にしたいです」

「僕は傷ってものは一度付いたら治らないものだって思ってる。一生抱えていかなければいけない。もし傷を受け入れる心の強さがないのなら忘れるしかない」

「辛いことは忘れるって、そんな都合の良いことが出来るなら困ってないと思います」

「そうだね。一人ではなかなか出来ることじゃない。だからアリアが忘れさせてあげるんだ。少し強引な手段でもリディアちゃんが辛いことを思い出せないくらい楽しい思い出を作ってあげればいい」


 楽しい思い出か……。

 そういえば私も怖い思いはしてるんだよね。お母様が死んでしまったリディアほどではないけれど。私はあの後恐怖に取り憑かれることはなかった。

 あの時私にはスノウやアランがいて、そして周りの人達だって気を使ってくれていたな。

 今思い返してみると、なんかスノウ誘拐事件の後って遊んでばかりだった気がする。ティモやマルコも巻き込んで遊ぶのはとても楽しかった。

 もしかすると私は無意識に楽しいことで嫌なことを忘れようとしてたのかもしれない。


「たとえ相手を思っての行動であっても強引な手段を取れば嫌われる可能性もある。でも人を助けるために時には汚れ役みたいなこともやらないといけない。アリアならわかるね?」


 汚れ役…これは先のマリカとカリムの件での父様のことかな?

 父様は私に嫌われる可能性があるにも拘らず二人以外は見捨てろと、厳しい態度を取った。でもそれは私に学習させるためだったんだと思う。

 人にはキャパシティってものがある。すべての物事に手を伸ばしていたら簡単に破綻してしまう。

 将来私がキャパシティオーバーで自らの身を滅ぼすようなことがないように、汚れ役となってでも教え導こうとしてくれたんだ。

 私もリディアを助けるために場合によってはそういう行動を取るべきなのかもしれない。


「ありがとうございます。とても参考になりました」

「そう?ならよかった」


 ティモは優しく私の頭を撫でた。

 いつもと違って優しい雰囲気で撫でられたので恥ずかしくなってしまい、目をそらして馬車から見える風景を意味もなく見つめるのだった。




 ―――




 宿場町に着いた。今日がティモと過ごす最後の日。

 今生の別れではないはずだけど、たぶん10年くらいは会えないと思う。この世界は移動が不便だし、エルフと人では時間感覚も違うだろう。

 そう考えると寂しくなった。なんだかんだ約4年間毎日一緒にいた人だからね。

 そんな事を考えてベッドで膝を抱えてゴロンと転がっているとノックが響いた。


「やあ」

「返事する前に部屋に入ってこないでください。それで何のようですか?」

「君が寂しがっているから一緒に寝ようと思って」

「はあ!?別に寂しがってなんてないから!」

「いいじゃん。最後だしちょっと僕の話も聞いておくれよ」


 ティモが有無を言わさずベッドの中に潜り込んでくる。

 うわわ。なにこの人強引!私まだ9歳だよ!そういうのは良くないと思います!犯罪ですよ!


「そんなベッドの端っこで背を向けるなんてつれないね。まあいいやこのまま話聞いてもらおうか」


 はぁ良かった本当に話するだけっぽい。毒牙にかけられるんじゃないかとちょっとドキドキしちゃったよ……。


「僕本当は君が12歳まで面倒見るつもりでいたんだよ」

「ならなんで家庭教師辞めたんですか?」

「ちょっと言いにくいことなんだけどさ……。君はここ1年くらいですごく女の子っぽくなった。あと3年もしたら君はすごく魅力的な娘になるだろう。そしたら僕は君が欲しくなるかもしれない」

「えっ」


 からかうのもいいかげんにしろ!と思って振り向いてみると、そこには真剣な表情でまっすぐと私を見つめるティモがいた。


「年齢差なんて関係ない。目の前に魅力的な人がいたら恋をしてしまうかもしれない。そして僕には己の欲望を叶える力がある。君の周囲の人間では止められないだろう。僕はそれが怖い」

「…………」

「ごめん気持ち悪いよね」


 ティモはベッドから出ていこうとする。でも行かせてしまったらもう二度と会えない、そんな気がした。


「気持ち悪くなんてないです。私だって、たとえ100歳年上でもその人が魅力的なら好きになってしまうかもしれません」

「……アリアは本当に優しいね」


 ベッドの中に戻ってきたティモは私を抱きしめ頭を撫でた。

 トクトクと心臓の音、そして安心できる匂い。いいなこれって思った。

 私は抱きしめられたり抱きしめるのが好きかもしれない。

 両親に始まり、アラン、スノウ、レイ、ミュリン抱きついたり抱きしめられたりしてる時はいつだってとても気分がよかった。

 初めて自分にとっての幸せを一つ見つけた。そんな気がした。

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