第12話女子化

 アランとお別れし、精霊と出会った日からそろそろ一年経つ。


 精霊との対話で無理をして昔の自分を維持しなくてもいいんだと気付かされてから私はかなり変わったと思う。

 自分は男だというストッパーというか枠組みのようなものを捨てたせいか、自分を女だと認識するようになったことが一番大きな変化だろう。

 例えば前世犬でも人間に生まれ変わったら人間として生きるよね?犬として生きないでしょ?

 私は前世で男だったけど今回は女なんだ。だから私は女だ。たぶん……。


 そんなわけで精霊との対話後半年が経過した頃には、なんで自分のことを男だと思っていたのかわからなくなってきた。

 私は元々確固たるアイデンティティがなかったせいかもしれない。そのせいか精霊に諭されただけで割とすんなり今の自分を受け入れられたんだと思う。

 自己が強かったら性別違和にもっと苦しんでいたかもしれない。


 ま、極論性別なんてどっちだっていいんだよね。男だろうと女だろうとやることは変わらない。

 己の幸せに感じることを見つけて掴み取る!そう考えられるようになった。




 ―――




 今の自分の感覚で物事を判断するようになったせいで行動や好みがいろいろ変わった。


 以前の私はお転婆を演出するために木に登ったり、ちょっと悪戯してみたりとかしてたわけだけど、これらの行動は恥ずかしくて出来なくなった。

 特に木に登るなんて今では考えられない。だって見えちゃうじゃん。モロ見えマル見えですよ。

 思い出すだけでも恥ずかしい。頭を抱える。


 食べ物の好みも変わった。これに伴い料理人が頭を悩ませることになった。ごめんよトニ。


 趣味嗜好では花を愛でるようになった。

 なんかいい匂いって感じるんだ。前世では花の香りって好きじゃなかったんだけど。

 実のところ花には5歳くらいの時にはすでに惹かれてはいた。風で運ばれてくる花の香に。

 いい香りだなー、花壇に行きたいなとか内心思ってたんだけど、嫌いだったものが好きになったことを受け入れられなかった。だから避けていた。

 好きなものは好きと素直になれた今では、一日の初めに庭に植えられている花木や花壇で香りを楽しむのが日課になっている。これをするだけでとってもいい気分になれる。


 唯一変わってないのは服装くらいかな。元々可愛い服好んで着てました。

 え?誰だって可愛い容姿で生まれたら可愛い服着たくなるでしょ?




 この一年での細かな変化をあげればきりがないと思う。自分で気付いてないこともあるだろうし。

 周囲の皆は私の変化に当初困惑していたようだけど、男の子に告白されて乙女心が芽生えたと解釈された。

 恥ずかしいので違うと言いたいところだけど、どうせ何言ってもからかわれそうなので訂正はしなかった。

 そういえばスノウと別れて半年ほど経った頃だったか、エデル王より感謝状が届いた。

 王都へと戻ったスノウは馬鹿みたいに真面目に剣術の稽古や勉強をするようになったらしい。

 ヴァルバート家は男爵家だ。通常はそんな末端貴族と王子が結婚出来るはずがない。それでも結婚したければ我儘を押し通せるだけの実力や実績が必要となるという理由みたいだ。


「恋は人を変えるね。アリアは罪づくりな女の子だ」


 ティモは相変わらずからかってくる。この人は私が恥ずかしがるのを見て楽しんでいるのだ。鬼畜エルフめ!

 本当はちょっと痛い目にあわせてやりたいが何しても通用しないので最近は睨みつけるだけだ。




 さて、この一年で魔法関係にも進展があった。

 土の精霊を認識したせいなのか元々得意だった土系統が更に得意になった。

 本来であれば威力を高めれば高めるほど魔力を使うものだが、土魔法ではあまり魔力を使わなくても高威力に出来てしまう。

 まあ自分が今持ってる魔力圧縮技術以上の威力には出来ないけどね。

 調子に乗った私はもしや土以外も出来ちゃうんじゃね?なんて思って雪まつりの氷像くらい大きな氷を作り出そうとした。

 そしたら一気に魔力を大量消費したせいか途中で失神してしまったようだ。

 気付いたときにはベッドで寝かされていた。もう無理するのはやめよう……。


 それから魔法の訓練の一環で森に狩りに行くようになり、運良く初日からイノシシを発見し初めての狩りで仕留めることに成功した。

 しかし、初めてのことで気合を入れて魔法を放ったせいか威力が高すぎてスプラッター映画みたいなことになってしまった。

 これにはさすがのティモも顔をしかめていた。魔法の力加減は難しい。


 その後何度も森に入ったけど、何故か高確率で野生動物に出くわした。

 猫が頭を擦り付けにやってきたこともあった。現世では動物に好かれる体質なのかもしれない。

 そんな足元にすり寄ってきた猫をティモが殺そうとしたので慌てて抱きしめて庇った。

 こんな可愛いにゃんこを食べるなんてとんでもない!私の目が黒いうちは絶対にそんなことは許さないからな!


 一度だけ魔物に出くわしたこともある。水色の毛皮をまとった鹿の魔物だった。

 戦いになるかと身構えたけど、彼はこちらを一瞥すると堂々とした足取りで立ち去った。

 ほとんどの魔物は知能が低いので問答無用で襲いかかってくるか即逃げるらしい。でも稀に知性に目覚めるものもいるようだ。

 それを魔物ではなく聖獣と呼ぶらしい。彼はたぶん聖獣だったのだろう。

 彼が立ち去った後惜しいことをしたなと思った。知性があるならもしかしたら友達になれたかもしれない。

 そのことをティモに話したら聖獣といえど魔物の一種、そんな存在と友達って何を言っているんだと、本気で呆れられてしまった。

 鹿と友達って格好いいと思うんだけどな。ほら、もの○け姫みたいでさ。




 ここ一年での大まかな出来事はこんなものかな。

 そうそう最近だと弟のフレンが「ねぇねー」ってちょこちょこと後ろ付いてきたりするようになったんだよね。

 それがもう可愛くてさ。つい甘やかしちゃう。

 ちょっと甘やかしすぎたのか彼はキス魔になってしまった。私だけではなくミュリンにもチュッチュしている。

 フレンは母様似でイケメンになりそうだし、このまま育ったら女泣かせの男になってしまうかもしれない。

 そんなのお姉ちゃん許しませんよ!と思ってはいるのだけど彼のおねだりに逆らえない。

 だって可愛いんだもの!ちゅーって言われたらちゅーしちゃうよ!

 あぁ……、このままでは私がお願いに逆らえない都合のいい女に教育されかねない。危険だ。

 いつかイケナイコトだって教えなければいけないと思っているがタイミングがわからない。困った。




 ---レイside---




 私がお嬢様と出会ったのは約四年前、お嬢様が4歳のときだ。

 学園の使用人コースを卒業し、一年間の王国への奉公から戻ってきた私の最初のミッションは、邸の仕事を母であるエトーレから教わることとお嬢様と仲良くなることであった。


 お嬢様は天使のような容姿をしていた。

 甘栗色の髪に真紅の瞳、奥様に似て猫のようなぱっちりお目々。しかし奥様と違って目つきは鋭くないためきつい印象を感じることはない。奥様と旦那様の良いところだけもらったかのようだ。

 そして性格は明るく社交的。将来男どもが取り合いをすることは間違いない美少女であった。


 そんな天使のようなお嬢様だが、一つだけ問題があった。それはとんでもなくお転婆だということだ。

 お嬢様は突然抱きついてくすぐってきたり、いきなり胸を抑え倒れて驚かせたり、酷いときには指で浣腸をしてきたり、それはもう様々な悪戯をしてきた。

 それだけなら私が我慢すればいいだけなのだが、彼女は木登りをするのだ。スカートを履いているのにお構いなしで登るものだから丸見えである。

 それにお嬢様のような小さな身体で木登りは大変危険だ。しかも登るだけに飽き足らず飛び降りる。

 きっかけは出会って間もない頃、木から落ちそうになったお嬢様をキャッチしたことだと思う。

 その後は飛び降りるのが面白くなってしまったようで、降りる時には私に飛びついてくるようになってしまった。

 いつか大怪我をするのではとハラハラさせられたものだ。


 お嬢様のもう一つの特徴は魔法が使えることだ。

 お嬢様は天才だ。大魔法使いと名高い曾祖父様の才能を引き継いだのか5歳になった頃には4属性を操っていた。指導者もなしでだ。

 人族では魔法を使える者は100人に1人と言われるほど希少な存在。しかもそれはマッチのような小さな火しか出せない者も含めての数だ。

 その上複数の属性を操るなんて者は数千人に1人レベルの話になってくる。

 当然4属性の魔法を使える人なんて見たことがない。学園の指導者ですら3属性だった。

 本来であればこのような化け物じみた力を持った子供には畏怖してしまうところだが、奥様のスカートめくりをして怒られてるのを見た時に、この子なら大丈夫そうだと思った。


 ティモさんに役割を譲るまで、お嬢様と多くの時間を過ごした日々はとても楽しかった。

 お嬢様はお転婆で悪戯っ子だが本気で困るようなことや怒りたくなるようなことはしてこないとてもいい子だった。




 そんなお嬢様だが、ここ一年で様変わりした。

 なんというかその女の子になったのだ。

 今までまるで中に男の子が入っているんじゃないかとすら思ってしまうほどお転婆だったあのお嬢様がだ。

 以前はティモさんにからかわれる度に毎回突っかかっていたが、今では可愛らしく睨むだけ。

 今までやっていたような悪戯や木登りなども一切しなくなった。

 木登りをしなくなったことでハラハラさせられることがなくなったのだが、ちょっとだけ残念に思っている自分もいる。

 なぜならその結果私に飛びついてくることがなくなったからだ。ちょっと寂しい。


 悪戯やお転婆な行動を取らなくなったお嬢様は、毎朝花の香を楽しむようになった。

 ニコニコと天使の笑顔で香りを楽しむその姿は大変愛らしいが、以前のお嬢様からは考えられない行動だ。

 お嬢様の変わり身に驚いた私は木登りは飽きたんですかと聞いてみたことがある。

 するとお嬢様は、そんなことするわけ無いでしょ!エッチ!と言い顔を赤くして走り去っていった。

 それを呆然と見送った私は見ていたミュリンに、お嬢様に何を言ったんですか?と白い目で見られてしまった。

 誤解だ。私はロリコンではない。そんな目で見ないでほしい。


 お嬢様が女の子らしくなったことは喜ばしいことだろう。

 しかしお嬢様が変わったきっかけがスノウ様とアラン様という男だということが気に食わない。

 これが娘を取られる父の気持ちなのだろうか?


 そんな感情を持ってしまったレイは祈るのだった。将来、自分の子供が生まれる時は男の子であってくれと。

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