二日目のこと

 夕日が赤く染って、空に星が輝きだして。そしてお腹が鳴って。お師匠様と道満の帰りを待つ。


「ふたりとも、おそいなぁ…」

 屋敷の廊下でその場でぐるぐる回り、ちょっとふくれっ面をしてみる。そういえばお師匠様はいつ戻ってくるって言ってたっけ?今日はもう遅いから帰ってこないのかな…。


 きゅるきゅる鳴るお腹を無視して今日はもう寝床に潜った。掛けるものを頭から覆いかぶり身を縮こませて目を閉じる。


 きっと、あしたはかえってくるよね。


 そう期待しながら意識を沈めていった。


 陽の光で目が覚める。空腹感が麻痺したのか昨晩よりかはお腹が空いていない。昨日井戸から汲み手習いで使わなかった水を手ですくい上げ飲む。そして別の桶にすこし水を移す。今日は掃除をしようと思う。


 羽で出来た柄の部分が結構長いほうき。その羽箒でまずは室内のちりやほこりを外に出すように掃く。現代の進化した掃除道具に比べるとやっぱり一気に綺麗にはならないし、子供の体ということもあってかどうしたって時間がかかる。


 お師匠様と道満の部屋は私の部屋がある場所とは逆の対屋にある。そこには近づかないよう言われているのでそこだけは掃除が出来ない。それ以外をなんとか掃き終えて、今度は雑巾をかける。


 水に湿らせた雑巾で手の届く範囲の調度品を丁寧に拭き、布を変えて今度は床。ひとつずつ部屋、廊下を掃除していく。全てが終わる頃にはもう太陽が真上を登りきっていた。


 そうするとやっぱり麻痺していたはずの空腹感がまた襲ってくる。でもひとりでご飯を作ることが出来ないわけでして。


 この身一つでそんな体力使わずに屋敷を汚さず空腹感を誤魔化す方法はー?

 廊下の柱にもたれかかって空を仰ぎながら考える。ずっとぼんやりしているだけだと気が紛れず空腹感が募るばかりだ。

「なんかないかなぁ」


 ……あ。

 …そうだ、声があるじゃん。


 自分の呟いた声で思いたった。広い屋敷に自分ひとりで。誰に聞かれることもない。なら…、と口から紡がれる言葉に旋律や抑揚がつく。

 現代ならカラオケくらいでしか歌う機会が無い。誰もいないから咎める人もいないし、聞かせる訳でもないし上手い下手関係なしに歌える。


 人気でお店やテレビで流れていて聞き覚えた曲や好きな曲。思いつくまま色々歌ってみる。


 たまに歌詞や音程があやふやなところは鼻歌で誤魔化す。子供の声帯なので音程がとれない部分もある。だけどそういうところも全部楽しい。

 そよ風に頬を撫でられ、木々のざわめきを聞きときたま鳥の声と一緒に音を奏でる。前世では感じたことのない心地良さがある。


 いつの間にか翡翠が膝の上に乗って丸まっていた。聞きたいとねだってくれているようでなんだか嬉しい。頭から背中を撫でながら優しいゆったりとした曲を歌う。

 翡翠がうとうとしだしたのと同じくらいに私もうつらうつら来たので、そのまま瞳を閉じた。


 暖かな日差しの中、見た夢はよく覚えていない。だけどこか幸せな夢で。


 ……ふわふわした気分で目覚めた頃には日が暮れ出した頃。二人の姿はどこにも無く、明日こそはと期待と落胆とでやるせない気持ちに溢れていた。


「ひとりは、さびしいよ…」

顔をうずくめるように翡翠を抱き寄せ、ぽつりと言ったところで何も返ってこない。返るはずもない。翡翠の暖かさに縋り付くことしか出来ずにいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る