名前をつけよう 其の2

「なんだ『…あ』って。まさかわすれてたんじゃねぇだろうな?」

「……わすれてないよ?」

「おれにうそつくとは良いどきょうしてるじゃねーか」

 思いっきり視線を合わせないよう逸らしたから速攻でばれた。

 そして両頬を道満につままれる、いたい。


「いふぁい、あなひへ」

 離して、と要求したにも関わらずその手はふにふにとずっと頬を揉んだままで中々離れてくれない。というかそのままずっと無言で私の目を凝視してくるものだから、どうしていいのか戸惑ってしまう。


「にぃひゃん、あなひへっえばー」

「うるせえ、だまってろ」

 ええー…。

 整った顔立ちにずっと見つめられているのがなんだか小恥ずかしいというか気まずいというか…。

 思わず身じろぎすると道満の眉間に皺がよる。

「うごくな」

 …うう、一体これはなんなんだよ。と軽く心の中で道満に対して思っていると、私の頬を挟んだままの張本人は私を見つめたまま「あー…」とか「んー…」とか思い悩んでいる。


 諦めて大人しく耐えていると、しばらくしてやっと道満が私から手をどけた。


「よし、きめた!お前きょうからしののめな!ひがしに空にある雲って書いてしののめ!」

「しののめって…」

 思いっきりあの悪役兄貴の名前じゃん!!


「わたし、ちゃんとあきはってなまえあるもん!」

「なんだお前ちゃんと名まえあったのかよ」

 おいおい、さすがにその発言は酷くない?その辺にいる野良猫とか野良犬じゃないんだぞ、私人間だよ??

「じゃあどういう字かくんだ?ひらがなか?それとも漢字か?」

「う…それは……」

「分かんねぇのかよ、じぶんの名まえなのに?」

「だって…もじをおしえてもらったことないんだもん…」

 前世の知識で読み書きはできるけども…って、あれ?そもそも私ここの文字読めるのか…?文字教えてない子に母さんなんで形見に手紙残した…?


 手紙、という単語ではたと思いついた。もしかしたら宛名とかに私の名前を書いてくれてるかもしれない!最悪文字読めなかったら道満に聞こう!


「にいちゃん、あのね…もしかしたらわたしのなまえのかんじ、わかるかもしれない」

 懐から手紙を出し広げる。卒業式や時代劇で見た事のある折り方の和紙にはやっぱり私には読めない字で筆で書かれた文字。ところどころ雨のせいで滲んでしまっていた。

「これ、かあさんのからのてがみなんだけど、もしかしたらわたしのなまえかいてくれてるかも」

 道満は手紙の文字に目を走らせると、何か納得したように頷いていた。


「これ、だれにも見せるなよ。文字よめるようになったらほんとうの名まえおしえてやる。それまでこれは俺が預かっておく」

 なんで、って言う前に道満は続ける。

「ことだま、というものがある。言えばそのとおりになる。力のつよいやつがことだまでしばると、きほんかいじょできないと思え」


 言葉の力はとても強い。確かに前世でも誰かの言葉が影響してたことあるし、自分に言い聞かせているうちにそれが本当になっていったり。そういう事かと納得はしたけど、なんで名前が関係するの?

「名まえはひとつののろいでもある。ほんとうの名まえのほうがことだまでしばれる力がつよいんだ。『しね』と命じられれば、ほんとうにしぬくらいには」


 だからこれからは何があっても東雲と名乗れと念押しする道満に頷くしかなった。名前ひとつで死ぬような世界に入ってしまった恐怖感に今更ながら鳥肌が立った。


 その後帰ってきたお師匠様に名付けられた名前を伝えると、どうでもよさそうにそうか、とだけ返事があった。




 ゲームの東雲も、もしかしたら本名を握られていて、命も握られている状態だったのかもしれない。だとしたら道満より強くは難しいかもしれないけど、私に呪術の素質があるのならばはやく力を付けなくてはならない。

 少しでも長生きするために。

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