死生活
朔之蛍
第1話 隣の席の転校生
「ねぇ、聞いて聞いて! 今日ね、転校生が来るんだって!」
「ふーん」
朝、教室に入り自分の席に着いてすぐ、興奮気味のアカネにまくし立てるように話しかけられた。アカネは私の関心を引こうとやたらオーバーに忙しく身体を動かしていたが、あまり興味が湧かない私は黙々と鞄の中の教科書を机に詰め込んでいき、終わると窓の外を眺める。
教室の一番後ろの窓際の席。ここが私の指定席。授業中にぼんやりと、ここから外を眺めるのが好きだった。眺めるものは何でもいい、青い空でも、遠くの山や建物でもいい。とにかく何もせずにぼんやりと時間を過ごすのが心地いいのだ。
ぼーっと流れる白い雲を見つめていると、不意に視界が何か動いているもので遮られる。アカネの手が私の目の前で、かまってほしい犬の尻尾のように揺れていた。
「反応薄いよー、気にならないの?」
「うん、あんまり」
素直に答えると、アカネは少しがっかりしたような顔をした。アカネは活発で好奇心旺盛な子だから、きっとこの話題で一緒に盛り上がりたかったのだろう。そう思うと少し申し訳ないような気もするし、乗ってあげればよかったかなとも思うけど、上手くそういうことができるほど器用な性格ではないし、こういうそっけない対応も仲がいいからこそできるというのはある。さすがにあまり仲がよくない子相手なら、私ももっと気を遣う。
それに昨日から気がかりなことがあって、いつも以上にぼんやりとしたい気分だったということもあった。
「そうなんだ、はるかちゃんはマイペースだねー」
「あなたには言われたくないけど……」
後ろからひょっこりと会話に加わってきたのは、のんびりおっとりその上天然のミサキだった。にっこりとその人のよさそうな笑顔で私を見つめている。
「私は気になるもん。いったいどんな人なのかなって」
「ふーん。ま、でも私には特に関係ないだろうし」
マイペースだと言われて心外そうなミサキを横目に、頬杖ついて再び窓の外を眺める。転校生に興味を持って積極的に仲良くなろうとする人もいれば、私みたいにあまり関わりたくないと思うやつもいる。新しい人が入ってきたとしても、私は今のままでいい。今みたいに数人仲のよい友達がいて上手くやれさえしていれば、さらに友達を増やしたいとはあまり思わないのだ。
だから必然的に、私が転校生と仲良くなることはないだろう。
「関係大有りよ、お・お・ア・リ」
大有りをわざわざ区切って強調しながら、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべているのはシホだった。うわさ好きで良くも悪くも女の子らしい可愛い子だ。
「なんでよ、私新しい子が来ても自分から積極的に仲良くなろうとするほうじゃないし」
それにそのことは、友人であるシホが一番よくわかっているだろうに。私が怪訝な顔をしていると、シホはクスクスと笑いながら、いたずらっぽく私の隣の席を指差した。
「あっ」
私は今の自分の席が好きだった。窓際の一番後ろの席。授業中一人ぼんやりと、窓の外を眺められる席。みんなといることが嫌いなわけではないけれど、その一人の時間は私にとって大切なものだった。そして、その一人の時間が今まさに危機に瀕していた。
クラスの人数の都合上、私の隣の席は空席だった。
「最悪……」
誰にも聴こえないように、口の中でつぶやいた。重苦しい気持ちのまま机に伏せてしまいたい気分だったが、そういうわけにもいかない。
朝のホームルーム中、私の隣にやってきた転校生を見ようとするクラスメイトたちの視線で針のむしろだし。私は真顔のようにも笑っているようにも見える何とも曖昧な顔をして、黒板の奥を透かして覗くような気持ちでただじっと前を見つめていた。
目の前には担任教師が、憎らしいほど爽やかな笑みを浮かべて私を見つめていた。
「じゃあ、よろしくね、はるかさん。隣の席だし、仲良くして面倒を見てあげてね」
クラスメイトから、わっと歓声が上がる。それを受けて、先生も軽く手を叩いた。
くりくりとした可愛らしい瞳と、シャープな輪郭の顔立ちをしている、可愛らしさとキレイさを兼ね備えた人気者の先生。私も好きな先生だけど、この時ばかりは殺意が湧いた。まぁ、完全な逆恨みだけど……。
担任は私の隣の席に転校生を置いて、さらさらのロングヘアーをなびかせ、颯爽と教壇へと戻っていく。漂ってくるのは、なんともいえないシャンプーのいい香りと血の匂い。
私の隣の席には、バラバラの死体が置かれていた。
金属で出来たスーパーの籠のような物に、血まみれの手足が無造作に入っていた。しかもこれまたご丁寧に、移動させやすいようにキャスター付きのカートの上に乗っている。
もしかしなくても、「お前が運べ」ということなのだろうか……。
それにしても、普通の生きている転校生じゃなくって、死体が来るだなんて……。
いや、違うか。まだ生きているんだから、死体ではない。ただ動かないだけなんだ。
わかってはいるんだけど……、どうも慣れない。
ふと周りを見回すと、友人のアカネとシホがにやにやとからかうような笑みを浮かべていた。私がこういう動かない子と付き合うのが苦手なコミュ障だからって、面白がっているのだろう。相手にするのも癪なので、ふいっと、彼女たちから視線をそらすと、自然と隣の席の転校生が目に入った。
バラバラにされた手足が入った金属製のゲージは、まるで動物園の檻のように見えて私を威圧する。血まみれの手足は一応下に敷いてある新聞紙で保護されているけど、あれ? ぽたっ、ぽたって……。
「た、垂れてる!」
つい大きな声が出てしまい、教室中の視線が私に集まる。気恥ずかしくなり、コホンと場を取り繕うように咳をすると、
「せ、先生、彼女から血が垂れて床が汚れてしまっているんですけど……」
「あら、そうなの? 大変ね、誰か心優しい人が一緒に付き添って洗ってきてくれると助かるんだけど……」
「…………」
つまり、担任は誰かにこの転校生を洗ってきて欲しいと。
そして、私はこの転校生の隣の席で、血が床に垂れていたことの第一発見者で。
しかも、今、クラス中の視線が私に集まっているわけで。
うん、そりゃ、無言にもなるよね、うん。
「……先生、私が洗ってきましょうか?」
心優しくはないですけどね。
「あぁ、なんて親切なのはるかさん! じゃあ、よろしくお願いね」
担任はにっこりと笑うと、私に新聞紙とたこ糸の束を差し出した。用意周到。これで止血をしろということなのだろうか? 私は新聞紙で軽く床の血を拭うと、余った新聞紙をカートの脚の上に置いて床に血が垂れないようにした。隣の席だからといって、なんかいろいろと面倒な役割を押し付けられているような気がしてきた。
私は心の中で深くため息をつくと、彼女が乗ったカートを押した。キャスターが軽やかに回転して、あまり疲れずに移動できそうなことが唯一の救いだった。
廊下に出て、カラカラと彼女を押しながらぼんやりと思った。
そうか、これはある意味いい機会なのかもしれない。
私もあれをどうしようかと、悩んでいたのだから……。
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