第25話 美味の故郷

「美味先輩の住んでいた所ってどこにあるんですか?」

「地下のずっと深くだ」

「深くってどの位?」 

「わからん、地上から二時間位かかる深さだ」

「そこって美味先輩の家族しか居ないんですか?」

「私ら姉妹と母上だけだな」

「世界中で美味先輩達みたいな家族、他にあるんですか?」

「無い……そろそろ着くぞ、鳴瀬道矢」

 床に着地する音が聞こえ、軽い振動が道矢の体に伝わる。そして真っ暗だった道矢の視界が開け始めた。

「うふぇ~」

 唾液にまみれたウェットスーツ姿の道矢が、巨大に広がった美味の口からヌルリと流れ出る。

「息苦しかっただろう、よくぞ耐えたな鳴瀬道矢」

 元のサイズに戻った口を拭う美味。

「美味先輩も俺を口の中に入れて大変じゃありませんでしたか?」

 濡れたウェットスーツを四苦八苦して脱ぎながら道矢が周囲を見回す。

「よっと! ふへへー、久々に帰って来たぜ……って何だこりゃ!?」

「あらら? これはどうした事でしょうか……」

 遅れて壁から現れた総長とノブナガが戸惑いの声を上げた。

 美味らが住んでいる場所というのは積まれた人間の頭蓋骨がずらりと並ぶ廃坑の様な所に違いないと道矢は勝手に思い込んでいた。ところがどうであろう、小奇麗なリノリウムの床が伸びる廊下、左の白い壁には両開きの窓付き扉が点々と並び、右の壁には日光が差し込む窓が続いている。

「ここが美味先輩の住んでた場所? これってうちの学園にそっくりじゃないか」

 思わず道矢が声を上げる。

「違うぞ鳴瀬道矢、私が居た頃は岩と土の洞窟だった」

「そうそう、そんで人間の骨がそこらじゅうに転がってたっすよね」

「ちっちゃな妹達がハイハイしながらそれをしゃぶっておりましたわ」

 そこへ校内の生徒へ伝える時に流れる電子音楽が流れる。それが終わるとアナウンスが始まった。

「ガガ……ピッ……次に名前を呼ばれた者は母の間へ来るざんす。三ツ星美味、総長、ノブナガ、そして……鳴瀬道矢。以上、ピッ」

「む、このいけすかない声は母上」

「来い言われてもなー、前と全然勝手が違うからどこに母上の間があるかわからねーぜ」

「アホウ、見た目を変えただけで構造自体は以前と同じのはずだ。どれ、私が前に立つ。鳴瀬道矢、アホウ、ノブナガの順でついて来い」

 四人一列で廊下を進む。

 窓の日差しを不思議に思う道矢がその正体に気付く、スポットライトの様に熱量の強い照明であった。電気はどうなのか、どこから調達したのか等の疑問も浮かんだが、それ以上考え無い事にした。

 四人の靴音が響く廊下は学園のものとは違いそれ程長くは無かったが、階段が多かった。短い廊下の先にある階段を下り、ちょっと歩いたらまた階段、とひたすら下り続けた。どうやら学園を模したここは小さいフロアの階層が延々と重なっている様である。

 どれ程下ったろうか、とうとう道矢の膝が笑い出した。

「ちょっと、あとどれ位で着くんですか?」

 微塵も疲れを感じさせずに廊下を歩く美味へ尋ねる。

「疲れたのか鳴瀬道矢。確かに人間の足でこの階段はキツイな」

「こんな縦長ダンジョンでよく暮らせますね」

「だんじょん?」

「洞窟の事ですよ」

「なるほど、まあそれはいい。私らは自在に地中を移動出来るのだぞ。本来階段など使わん。これはご丁寧に母上が作ったものだ、お前の為にな」

 両膝に手を着いて一息入れる道矢の後ろから総長の声。

「おい道矢、疲れてんなら俺っちがおんぶしてやろうか?」

「え? いや、そんな、女の子におんぶして貰うなんて……」

「何でー気にすんなよ、人間一人位空気みてーなもんだぜ、つーか俺っちをその……女の子扱いするなんてよ、その……照れるじゃねーか」

 それに鋭く反応した美味が道矢に背中を近づける。

「わ、私が背負ってやろう。アホウはがさつでいい加減だ。背負ったままジャンプして鳴瀬道矢の頭を天井にぶつけてしまうかもしれん」

「何すか姉貴! 俺っちそんなアホウじゃありませんぜ!」

「アホウがアホウを否定してどうする! 乗り心地が良く安全な私の背中に乗るのだ、鳴瀬道矢」

「道矢、おんぶじゃなく抱っこしてやる。しかもぜってー落とさねーよーにぎゅって抱きしめてやるからよ。だから俺っちにしろ!」

 ずいずいと背中を近づける美味と変質者の様に両手を伸ばしにじり寄る総長に、道矢は冷や汗を浮かべ後ずさる。その体が両開きの戸に当たった。

「っと……ん?」

 閉じられた戸の向こうから何やら賑やかな音が聞こえたので、道矢は思わず聞き耳を立てた。

 聞き覚えのある音楽に台詞、何度もテレビで再放送されているアニメの有名作とわかった。

「何でこんなとこで?」

「さがれ!」

 道矢の肩を掴んだ美味が、素早く自らの元へ引き寄せる。

 それと同時に戸が勢いよく開け放たれ、ランニングシャツにかぼちゃパンツ姿という幼稚園児程の女の子達が飛び出してきた。

「人間だ! 生きてる人間だよ!!」

「いただきまーす! 生きてる人間の肉!」

 そう叫びながらペリカンの様に口を広げ、道矢へ飛び掛かってきた。

「妹共が!」

 道矢を後ろに回した美味が背中からハリセンを取り出すと、目にも留まらぬ速さで女の子達を叩き落とす。

「に、にんげんの、にく」

「む、まだ動けるか!」

 動きのある女の子を片っ端から叩く美味の肩越しに、道矢は開いた戸の奥へ目をやった。

 真っ暗な中、四十インチはあるテレビが治部煮作品を映し出している。その明りに照らされるのは学園の教室では無かった。

 土と石に囲まれた空間で、地面には干からびた肉片付の人骨が無造作に転がっていた。

 そこへ廊下の床、壁からスクール水着を着用した中学生程の女の子達が次々と姿を現す。

「出やがったなコンチキショー、」

 総長が床に唾を吐き、目の前の妹らを睨む。

「あらあら、ちらほら見た顔がいますわ」

 ノブナガが腰に手を当て、やれやれと首を横に振った。

「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ、ノブナガ」

「私には鉄砲三段撃ちにも勝る技がありますわ。名付けてカノン砲! あっと、いけない、威力があり過ぎて破れたら困りますわね」

 ノブナガが黒いスパッツを膝までずり下げた。

「ヴェッ! まさかここで……」

 両手を握り、尻を突出し、いきむポーズを取ったノブナガが目を閉じ頬を膨らませる。

 それと同時にほら貝の様な音を立て爆屁が放出された。

「行くぞ、鳴瀬道矢!」

 一刻も早くこの場を離れる判断をした美味が、片手で道矢を強引に自分の背中へ乗せると下へ続く階段へ飛ぶように走り出す。

「ぶへー、何か威力と臭いが凄くなってねーか、オイ!」

「文乃さんから渡されたカプセルを飲んでパワーアップしましたのよ。おほほほ」

 美味の後を総長とノブナガが続く、後ろから追尾してくる者は皆無だった。


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