第19話 ノブナガ

「きみ、人型土魚……」

「いやぁぁん! 何このキャワイイ娘ぉ、いつの間にここにぃ?」

巳茅を放したあかりが道矢を肩で押しのけ、少女に抱きつこうと両手を広げる。

微笑を浮かべる少女の顔が驚きに変わりその場から消える。

両手が空を切り、あかりは自分を抱きしめる格好になった。

「あっれぇ? おっかしぃンだけどぉ? あ、メガネが……」

空振りした勢いでメガネを落としたあかりがその場にしゃがみ込む。と同時に少女が空に現れ、一瞬前まで立っていたあかりの胸の高さを手刀で攻撃した。

それに気付かないあかりは床を這いつくばりながらメガネを探す。

手刀を空振りした少女の姿がまた消える。

「あ、あったぁ」

メガネをかけ立ち上がるあかり。それにほぼ遅れて現れた少女が、さっきまで這いつくばっていたあかりの首辺りに手刀を振り下ろす。

「あぁ、よく見えるぅ。さっきのスパッツ美少女はどこぉン?」

キョロキョロ見回すあかりの顔が止まる。

その視線の先には『おかしい?』といった風に首を傾げ、自分の手刀を見詰める少女の姿があった。

「ちょっと、あかりさんって人! その女の子、多分人型土魚ですよ! 早く離れて!」

道矢の声に巳茅の顔つきが変わる。

「へへぇ、あのガキャ、バカ魚か。うしし!」

ホルスターからEEガンを抜いた巳茅が少女に狙いを定める。

少女の目が動き、EEガンを捉える。

「遅い!」

銃口からカートリッジ式の弾丸四発が撃ち出された。

少女の姿が消えるその瞬間、カートリッジ式の弾丸が破裂、少女が立っていた周囲を放射状に白い煙が覆う。

「お兄ちゃん、あかりさん、早くそっから離れて!」

そう言いながら巳茅が煙から離れる。

天井まで届いた煙の勢いは衰えず、少女が立っていた場所一体が霧で覆われた状態になる。

「おいおい、ちょっとやり過ぎじゃないのか? 巳茅、そこの倒れてる連中引っ張って逃げるぞ。ちょっとあかりさん、あなたも手伝ってくださいよ」

鼻をつまんで逃げようとしているあかりがバツ悪そうな顔で戻ってくる。

「初めての方法だから撃ち過ぎちゃったみたい、うしししー!」

倒れている生徒の片足を掴んだ巳茅が笑いながら走り出す。

「すっごいニオイィ! ひぃぃ!」

米袋の様に生徒を肩へ担いだかりが、巨乳を揺らしてパワフルに駆け出す。

道矢といえば両手を掴んだ生徒を引き摺りながら、精一杯の後ろ足でその場から逃れようとしていた。

その背中が何かと衝突する。

驚く道矢、が、背中に当たる感触にもう一度驚く。

何だ! この言葉に変え難い柔らかくも温かい感触は!

「大丈夫か、鳴瀬道矢」

後ろを見ると、そこには美味の額と目が間近にあった。

「び、美味せんぱ……いっ!?」

慌てて離れた道矢の目に飛び込んできたのはスクール水着姿の美味だった。

「な、なんて格好してるんですか!」

「む、これか? いや、暑い時にはこの格好が一番と文乃が渡してきたのでな。確かにこれは涼しいぞ」

ご丁寧に胸の白地には[美 味]とある。

背中に当たる感触が水着越しの胸と知り、鼻を押さえクラリとなる鳴瀬道矢十七歳、思春期真っ只中である。

そんな事などまったく気にしてない美味が、白く煙った廊下へ目を滑らせ、呆れた様にこう言う。

「余りに遅いとアホウが騒ぐから来てみれば……」

「あ、ひっでー! 姉貴だって何回も時計見てソワソワしてたくせによー!」

美味と同じスク水姿の総長が両腕を振り回して喚く。自慢のシックスパック腹筋が水着越しにくっきり浮かんでいる。

「黙れアホウ! それは私の体内時計と合っているかの確認をしていただけだ。本当にアホウが! このキモい腹筋アホウが!」

「キモいは余計っすよ、姉貴」

そんなやりとりをしている内に、廊下の煙が薄れてきた。

倒されたハンターコースの生徒三人も気を失っただけなので、廊下の脇に寝かせておく。

「むっ、この煙は土魚を麻痺させる成分か。な、鳴瀬巳茅、これはお前がやったのか?」

ちょっとビクビクしながら美味が言う。それに巳茅が、

「液体注入弾の代わりに発射したらガス化する液体を弾に入れたんだよ~、あんたらで試したかったんだけどね。あ~あ、もう使えないじゃんこの手、ちぇ~」

と口を尖らせる。

「へっ! こんなチンケな方法、息を十分止められる俺っちには通用しねーぜ。どれ! 道矢が言ってたガキんちょってなあどこだ?」

総長がタヌキの腹つづみよろしく自慢の腹筋を拳で叩きながら煙が薄くなった廊下へ進んでゆく。

「ん?……、 あー!!」

驚きの声を上げる総長。

「むっ、どうしたアホウ!」

美味が総長の側に駆け寄る。そして、

「な、何という事だ……」

と言って、肩を落とす。

何事かと道矢と巳茅、あかりがその場へ集まる。

そこには先程の少女が手足をピクピク痙攣させ横たわっていた。

「うっしゃ~! もしかして人類初? な人型バカ魚仕留めちゃいました~! 巳茅ちゃんスゴイ!」

思い切りガッツポーズをする巳茅。その隣にいる道矢といえば、強張った顔でこんな心配をしていた。

――もしかしてこの少女は美味と総長の妹ではないだろうか、それも年の離れた大事な妹。だからこんな風にショックを受けてしまったのではないだろうか。そして、そのショックが怒りに変わり、自分と巳茅に向けられるのではないか――

「鳴瀬道矢……」

声を震わせ、恨めしそうな顔を向ける美味。

「え? は、はい」

「何という事をしたのだ!」

「はいー!! す、す、すみません! でもしょうがなかったんです。こうしなきゃやられる所だったんです!」

「ん? 何を言っている。いや、それよりもせっかくの昼飯が台無しではないか!」

横たわる少女には目もくれず、廊下に中身をぶちまけたランチを指差す。

ええ!? そっちですかー!!!

「あーあ、ダメだこりゃ。くそ、美味そうなニオイじゃねーか」

スク水姿でヤンキー座りの総長が、手にしたプラスチック容器を鼻に近づける。

「おい道矢、当然これ以外のあんだろ」

「む、そうだ。いつもの様に残っているのがあるだろう、鳴瀬道矢」

悪気の無い二人の言葉にグサリとくる道矢だったが、

「あ、ありますから安心してくださいよ。ところでその女の子知らないんですか?」

と少女を指差す。

二人の視線がそれに移る。

「これが鳴瀬道矢の言ってた小娘か。確かに私と同じニオイがするな」

「姉貴、このガキャ三十二番目の妹じゃねーっすか。よく屁ぶっこいてトンズラしやがってたチビガキ」

「むっ! やたら臭い屁をしてたあの小憎らしいチビか。確かにこの顔にはその面影がある。しかし、あれから半年でこんなに大きくなるか?」

「俺っちと姉貴は三年でこの成長っすけど、妹達の中にゃ一年でふた周り成長する奴もいるんすよ」

「ふむ、そうなのか」

そんなやりとりをしながら美味と総長が三十二番目の妹と呼んだ少女の顔を覗き込んだ。

「オラオラ、起きろよコラ」

総長が結構な力で少女の頬を叩いた。

それに瞬時に反応した少女が瞼を開く。

「あなたが……三ツ星美味?」

「は? ちげーよ、俺っちは総長。あっちが美味の姉貴だ」

総長が向けた親指の先へ少女の目が移動する。

「成程、あちらが三ツ星美味。私のお姉様ですのね」

スパッツの埃を手で払いながら少女が立ち上がる。

「やはりお前、私と総長の妹か。ところで名は? 人間界に来たという事はテレビや本を参考に名前をつけたはずだろう」

少女は花畑が浮かぶような笑顔で、

「ノブナガ、ですわ」

と答えた。

「ノブナガ? まさか織田信長から取ったのか?」

「そうですわ、織田信長という偉大な漢の大河ドラマDVDを見て取ったのです。うつけ者から偉い者になるなんて。私もああなりたいですわ。田楽桶狭間、天下布武、長篠の戦い……」

「ず、随分と入れ込んだ様だな、わかった。で、何故ここへ来た?」

じっと美味を見る少女。

「お母様がおっしゃるには今いる姉妹の中で私が一番強いらしいのです。だから三ツ星美味のお姉様を連れて来いと命令されたのですわ」

「んだとっ! 俺っちを差し置いてテメーが一番つええだと? おもしれえ、かかってこいやチビガキ!」

やんのかテメー! といった表情を浮かべ、ファイティングポーズを取る総長。その頭頂部へ、

「そんなチビな妹相手にケンカを売ってどうするアホウが!」

と美味がハリセンをくらわせた。そして溜め息を吐き、額に指を当てる。

「しかし、また奴の仕業か……まったく呆れるしつこさだ」

「総長も母親の命令で美味先輩追いかけてきたんですよね。何で追いかけられているんです? ってか、何でそこ出て行ったんです?」

「そうか、まだ言ってなかったな。この際だ、聞いて貰おうか。……私は三十五人いる姉妹の一番上の姉だ。そのせいか知らんが母上はやたら私に目をかけてな。どうやら自分の跡継ぎにしたいと考えている様なのだ」

「さ、三十五人も姉妹いるんですか、随分と大家族ですね。しかも女系ですか」

「じょけい? まあいい。その母上だがとんでもなく煩くてな。下僕……土魚が狩って来た人間の骨を捨てて来いだの、妹達のオムツを換えて面倒を見ろだの私をコキ使うのだ。まあそれは我慢出来た。可愛い妹達の為だからな。だがもっとも我慢出来なかったのが、人間の肉を食えという話だった」

「ああ、美味先輩、生肉アレルギーでしたもんね」

「そうだ! 嫌々ながら食べたのを吐き七転八倒しようが、全身の皮膚が腫れ上がって動けなくなっていようが食べさせようとするのだぞ!? おかしいと思わないか」

「お、思います。人間界だったら虐待です。でも何でですかね?」

「これがまったくもってくだらない話でな。我らは地球の新たなる食物連鎖の頂点なのだから何が何でも人間を食べろ、というのだ。美味しいとか体に良いとかそういう理由ではない。そんなくだらない優越感の為に食べているのだ。鳴瀬道矢、お前も自分が生物的に優れているという欲求を満たす為わざわざ猿を食べないだろう」

無言で頷く道矢。

「そういう訳で私は偏狭な母上を嫌悪する様になった。跡継ぎとやらもまっぴらだ。更にはあんな息苦しい場所での生活もゴメンだ。私はこの世界で美味なる物を食べ、一人生きて行くのだ」

決意の表れか、鼻から強い息を吐き、胸に当てた手をぎゅっと握りしめる。

そこへ廊下を走る足音と共に文乃の声が響いて来た。

「ちょっとー、あんた達! そんなとこで何やってるのよ。いつまでも来ないから心配……あ!」

「いやぁん、歌津文乃ちゃぁん」

引きつった顔で立ち止まる文乃に、驚愕の早さで駆け寄ったひかりが抱き付く。

「ぎゃっ! だ、誰かたしけて」

「ンもぅ、わざわざ出迎えてくれるなんてぇ、キャッワイイ!!」

巨乳の谷間に顔面をもみくしゃにされる文乃に目をやりつつ顎に手を当てた道矢がポツリと呟く。

「巨乳が巨乳に揉まれてる」

は? といった巳茅の顔がみるみる苛立ちの顔に変わり、兄の後頭部をEEガンで叩く。

「あいてっ! 何すんだよ!」

涙目で訴える兄に赤面で頬を膨らました巳茅が、

「スケベな事言うお兄ちゃんなんか嫌い!」

とそっぽを向く。

頭をさすりつつ、文乃を解放したあかりに目を移した道矢は思った。

あんなセクハラ巨乳な人が何の用で研究所に来たんだろうか?

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