第13話 翳りゆく13皿目

 「はい?」

 「本当に人間と見分けがつかないでしょ」

 

 予想だにしない正体バラしに、美味と総長揃って文乃に顔を向けた。

 道矢に至っては、何てこったとばかりに頭へ手を当て、変な色の汗を流しつつ巳茅の背中を見詰めていた。


「い、いやだな~、冗談止めてくださいよ先輩」


 巳茅が口の端を引きつらせ、手を上下にヒラヒラ振る。


「冗談なんて言ってないわ。私が土魚の研究者だってわかるでしょ。この二人は研究に協力して貰う事で私の側にいるのよ」


キュッという床を蹴る音を響かせ、巳茅が素早く後ろへ飛ぶ。

そして腰のホルスターへ手を伸ばした。


「あ!」


 EEガンを渡したのに気付き、慌てて文乃へ目をやる。


「先輩! 早くそれを!」

 

 右手を伸ばし、切羽詰まった表情で叫ぶ。

 文乃が無造作に掴んだEEガンを揺らしながらこう言った。


「これでどうするつもり? この二人を撃つの?」

「当然でしょうがっ! 先輩、そいつらクソ魚なんですよ!」


 流れる様な手つきでEEガンのグリップを握る文乃。

 そして間髪入れず美味と総長にEEガンの引き金を引いた。

 

「「あっ!」」


 巳茅と道矢が驚きの声を上げる。が、撃たれた二人を見て今度は息を飲む。

 美味が上下の歯で、総長がシックスパック腹筋でガス弾を止めていたからだ。

 

「どう、わかった? ハンター見習いのあなた、いえ、一級のハンターでも人型土魚には敵わないわ」


 文乃がEEガンを放った。

 それを片手で受け取った巳茅が顔を歪ませる。


「……だから、なんだってんです? クソ魚の分際で人間のカッコしやがって!」


 両手で構えたEEガンの銃口を美味と総長へ向けた。


「へっ、やんのかよ。本気で殺る気なら俺っちも本気で殺らしてもらうぜ!」


 獰猛な笑みを湛えた顔を、巳茅へ突き出す総長。

 それに瞬き程怯んだ巳茅だったすぐさま気迫で押し返した。


「人間様に口利くなあ~! このクソ魚があ!」

「おい! 巳茅、やめろ。この二人は敵じゃない」

「お兄ちゃん! 知ってて私に黙ってたな! ヒドイよ、チックショウ!」


 悲しみが滲ませた声に、道矢の心がチクリと痛む、と同時に文乃を問い詰めたくなった。

 わざわざ何で二人の正体を巳茅に教える? こうなる事は火を見るより明らかなのに……。 

 そんな思いも露知らず、文乃が涼しい顔を道矢に向けた。


「あなた、このイザコザを治めなさい!」

「何で俺が? どうやって?」


 プイっと文乃が顎を向けた先には巳茅の猛烈な殺気を感じ取り、全身をソワソワさせる美味がいた。

 文乃の意図を理解した道矢だったが、やはりどうにも釈然としない。

 だが妹と総長の一触即発を止める為、口を開いた。

 

「美味先輩! 総長を止めてください、お願いします」

「ん? あ……ああ、わかった鳴瀬道矢」


 コホンと口に手を当て、立ち上がった美味が総長へ指を向た。


「おい、アホウ! 納豆にイチゴジャム入れる様なアホウな事は止めろ!」

「んあ? 姉貴、それ今朝俺っちが試したヤツじゃねーすか。思い出させないでくださいっすよ、あれとんでもねー味だったんすから……って、それじゃねー! 勝手に喧嘩売ってきたのあっちですぜ。俺っちはですね、売られた喧嘩は全部買う事にしてんですよ。ふへへ」


両手でファイティングポーズを取っている総長、その顔には何故か自慢げな笑み。


「お前は送りつけ商法で送られて来た中身スカスカのカニを全部買うアホウか! ともかくやめろ、というか一生私のパシリだろうがお前は、言う事を聞け!」

「ヴッ……さーせん」


 総長にとってパシリという立場は絶対なのだろう、肩を落とし一気にしょぼくれる。

それを前に、巳茅の上がった息が落ち着いてきた


「おい、巳茅……」


 道矢の声に巳茅がEEガンを下ろす。

 そこへ文乃がなだめるような声でこう言った。


「今のやり取りを聞いた? あなたのお兄さんの言葉で戦いを止めたのよ。これが人型土魚。人と話し合えるし、理解し合える。殺し合わなくてもいい相手なのよ」


 聞こえている筈だった。だが、巳茅は俯いたまま動かない。


「それにこの二人は体組織がほぼ人間と同じ、だから人の食事で生きていけるの。わかる? つまり人間を食べる必要が無いのよ! 共存出来る相手……」

「これまで食べられた人間は?」


 低い声だった。

 巳茅の声かと道矢も耳を疑う程重く、低い声だった。


「人間の食べ物でも良かった? じゃあこれまで食べられた人達はなんだったのよ! 父さんや母さんは何で食べられたのよ! これまで人間食べといて、これからは人の食べ物を食う!? しかも人間が滅多に口に出来ない豪華料理なんか食べてるだあ? ふざけるなよ! ふざけんな!! 私は絶対クソ魚なんか許さない! 絶対、絶対に許さない!!」


 握った拳を震わせ、涙を浮かべた巳茅が擦れた声で叫んだ。

 

 それに何も返せない面々に背中を向けた巳茅はキッチンの戸を乱暴に開けると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る廊下を駆けて行った。

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