第7話 7皿目

「おい、オメーらもこうなりたくなけりゃこっち来いや!」

 長身女子がそう叫ぶと、逃げ惑う生徒達を追いかけまわしていた変種の背びれが一斉に集まってきた。

「よっし! テメーらは俺っちの何だ?」

「「「プシュー!」」」

「そう! 下の、下の、下僕だ! で、俺っちは何だ?」

「「「プシュウー!」」」

「そのとおーりっ! 誰もが道を空けるこの超絶腹筋が自慢の総長様だ!」

 変種達が鳴き声で何を言っているのか二人にはわからなかったが、意味は何となくわかった。

 グラウンドで後輩達に部活での上下関係を強制的に言わせる部長の真似事をした長身女性が、制服から垣間見える物凄いシックスパック腹筋を叩きつつ道矢へ顔を向ける。

「見たか、鳴瀬道矢! この下僕共を動かすも殺すも俺っち次第だ。ここの人間  共々喰われたくなければさっさと姉貴を呼べ!」

「え!? あ、姉貴?」

「とぼけんじゃねー! 俺っちの耳は数キロ先の会話も逃さねーんだ。ここで姉貴 と二度も会話してたろうが!」

「ね、ねえ、例の人型土魚の事じゃ……」

 そこまで言った所で文乃が慌てて道矢から体を離した。

「あんた、美味先輩の妹……ですか?」

「食糧の分際で俺っちに質問するな! 姉貴を……あーっと、お前今なんつった? びりせんぱい?」

「美味先輩」

「びみせんぱい? まあいいや……早くびみせんぱい呼べ!」

 苛立たしげに自らのシックスパック腹筋を叩くとそのまま指先を道矢に向けた。

 あちゃあ、この口は恐ろしく短気で裏表が無いタイプの口。

 早いとこ言う通りにした方がいいな。

「わ、わかりましたよ……すみませーん、美味先輩ー」

 この呼びかけが本当に届くか不安な道矢だったが、いつでも呼べと言った美味を信じるしかなかった。

「お礼を思いつきましたー、ここへ来てくださいー、鳴瀬道矢ですよー」

 両手を口に当てながら言い終えた道矢は反応を待った。

「ふう……お礼を思いついた、か」

 彼の足元近くの床から美味の呆れ顔が現れる。

「そこのアホウが命令するんで私を呼んだのであろう? ところでびりとは何だ! びりとは! 」

 全身を現した美味が横目で長身女子を睨んだ。

「聞き間違いっすよ、いいじゃねーすかそのくれー。ところでアホウって何っすよ 姉貴! せっかく迎えに来たってのによ!」

 心外とばかりに長身女子が両手を広げた。

「迎えだと? 誰からの命令で迎えに来た?」

 くるりと長身女子に体の正面を向けた美味が尋ねる。

「そりゃ、もちろん母上から」

 ふーっ、と怒気を含んだ鼻息を漏らす。

「帰れ帰れ! 私はあんな奴の所へ戻る気はさらさら無いぞ。お前も奴にこう言っ とけ、必死に説得しましたが全然ダメでした。もう諦めましょう。それが一番で すよ。とな」

 犬を追い払う様手を振った。

「そりゃダメっすよ! 手ぶらで帰ったら一週間おまんまお預けって言われてんで すから! 俺っち食べるの大好きなの知ってんでしょ。頼んますよ姉貴、一緒  帰ってくんねーっすか」

 口を尖らした長身女子が眉間に皺を寄せる。

「食べるのが大好き、か……ふん、お前人間なぞ食べて美味しいか?」

「はあ? 美味しいも何も俺っちらは人間しか喰った事ねーから、んなもん考えた 事もねえっすよ」

 それに美味が鼻で笑った。

「ふふん、食べるのが大好きなクセに美味しさは考えた事が無い。やはりお前はア ホウだな」

「腹一杯喰うのが最高じゃねーっすか! 何か腹立つしメンドくせーっすよ。姉  貴!」

「お前、ピーナッツチョコレートを食べた事があるか?」

「は? ぴーな……ちょ?」

「あれは美味しいぞ! 人間の生肉しか食った事の無いお前には想像すら出来ない だろうから教えてやる。まず甘い! おっと甘いという意味もわからんだろうか らこれも教えてやろう。口の中がとろける様な、まったりとした美味しさの事を いうのだ」

「く、口の中がとろける様な、まったりとした美味しさ……?」

「あの、俺今ピーナッツチョコ持ってますよ、美味先輩」

「むむ、用意がいいな鳴瀬道矢。悪いが何個か貰えるか?」

「あ、はい」

 ウエストポーチから取り出したピーナッツチョコを箱ごと美味へ放った。

「む、すまない。どれアホウ、その血生臭い不潔な口に衝撃というものを教えてや ろう」

 箱から摘まんだピーナッツチョコを手首のスナップで長身女子へ飛ばした。

 それを片手で受け取った長身女子が胡散臭げにジロジロ眺めると恐る恐る口の中へ入れた。

「モグモグ……ん?……ん!? ヴァ! 何だこりゃ、スゲーうめえぞオラァ!」

 目を大きく開きつつ口からピーナッツの欠片を飛ばす長身女子が驚愕の表情を浮かべる。

 それに美味が勝ち誇った顔になった。

「驚いたか、アホウ。だが人間の食べ物はそれだけではないぞ。トマトのスープと いうのも美味しかった。野菜のトマトが入ったコクと塩っけがある飲み物だ。驚 くべきはあったかいのだこの飲み物は。おかげで口の中からお腹の中までポカポ カ温かくなる。あんな美味しい体験は生まれてこの方初めてで……ああ」

「あ、あったかい飲み物? そ、そんなものが……ゴクリ」

 頬に両手を当てうっとりする美味を食い入るよう見詰める長身女子、その口からは一筋のヨダレ。

「食べたいか?」

 それに何度も頷く長身女子。

「なら特別に食べさせてやろう。いいか、特別だからな」

 腕を組んだ美味がくるりと道矢に向き直った。

「そういう訳でこのアホウにトマトのスープをめぐんでやってくれないか」

 話しの流れ的にこう来るのでは、と思っていた道矢の顔が困惑気味になる。

「あの……トマトが切れちゃってトマトスープはちょっと……」

「何! それは困る。ともかく困る。……この意味がわかるか?」

 美味が睨むように目を細める。

「それをご馳走する事であのデカ女にお帰り願おうって魂胆じゃないの? それに してもハンターコースの連中、何やってんのかしら遅すぎるわ」

 文乃が道矢の耳元に囁く。

「オイ、そこのメス食糧! 助けを待ってるなら無駄だぜ、階段とこに下僕共を待 ち伏せさせてんだ。それよりデカ女って言ったよな、それって俺っちの事か、コ ラァ!」

 長身女子の怒鳴り声に、数キロ先の音も捉える耳、というのは本当らしいと二人は思った。

「鳴瀬道矢、トマトのスープに代わる美味しいものは用意できないのか?」

 美味が組んだ腕を人差し指でトントン叩く。

「何だよ、その美味しいのねーのかよ、ちぇっ。まあいいや、姉貴さっさと帰りま しょうぜ。ふぁ~あ」

 興味を失った長身女子が両手を上げると欠伸をした。

「……っと。まだ嫌だって言うならそこのオス、喰っちゃうっすよ。姉貴と普通に 話してるし、何かムカつくんすよね」

 その言葉に美味の目の色が変わった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る