第38話 ルナパァクは彼との記憶

「あの黒い髪をまだ長く伸ばしていた。後ろできっちりとくくってはいたが、あちこちが何処かはみ出していたな。薄青の目が、実に不満げにぎらぎらしていたものだ」


 黒い髪に、薄青の目。

 鷹は既にサーティン氏が、シェドリスとナガノを区別していないことにその時気付いた。


「研究対象は何か、と訊ねたら、何でそんなことを聞くのか、と返した。とんでもない学生だろう」

「……確かに」


 軍に居た頃の反動かもしれない、と彼は思う。アンジェラスの軍は、下の世代であればある程、望みの無い縦社会だ。意識の奥に刻み込まれた世代意識が壊すことのできない、社会だった。

 だがそれが解かれた時、それに代わるものを見付けるのは、なかなか容易ではない。おそらくナガノは、それを手探りで見付けようとしていたのではないか?そう鷹は感じる。


「私は他の数名を探す傍ら、彼とよく話をするようになった。無論、最初のその態度のせいばかりではない。しぶしぶながら口にした、彼の研究対象に興味を抱いたからだ」

「それが、ルナパァクの元となった、その遊園地のことですか?」

「そうだ」

「そして、二人で構想を練った」

「そうだ」

「……だが彼は、途中で消息を絶った。それは何故です?そして、どうして、彼が、シェドリスなのです?」

「……彼がナガノ・ユヘイで無いことは、やがて当局にも判った。できるだけ私は彼をマスコミからは隠してきた。だがさすがに隠しきれるものでは無かった。君も見ただろう、当時のフォートは、あれだけ残っている。私は当時、やがて帝都政府となるだろう軍から、軌道の幅について、当局の基準とは異なったものを作ったことで目をつけられていた」

「軌道の幅?」

「君はさすがにその事についてはそう知らないらしいな。それは仕方あるまい。当時、全星域内の鉄道・軌道の幅を全て統一しようという動きがあったのだよ」

「幅を」

「まあ幅、というのは、やや異なるかもしれないが、要は、規格の統一化だ。それまで、各地の有線路交通機関は規格も何もなく、幅やチューブのサイズや、電圧も全てばらばらだった。それを全て規格の中に納めようとした訳だ。これはかなりのコストがかかったのだが、それでも政府はそれを強引なまでに押し進めようとした。何故か判るかね?」

「……何故ですか」

「規格化することによって、政府は全星域の路線をやがて手に入れるつもりだったらしい。例えばこの、今度の皇兄ユタ氏の来訪にも、帝都から直通の路線で乗り込めるような、そんな路線図を考えていたらしい」

「そんなことが」

「向こうにも結構な大風呂敷者が居たらしいな。……だが私はがんとして拒み続けた。あれは、この星域に最も合ったサイズであり、そんな、向こうの都合でどうこうされるものではなかった。実際、各地でそれは反対の声が上がったものだ。新興の、特に軌道を敷いたばかりの者は皆そうだった」

「……」

「だが、向こうがその全費用を持つから、と考えを変えた者も居た。それはそれで、向こうの都合もある。仕方がないだろう。だが私にはそれは我慢ならなかった。そして私に圧力をかけてきた」

「……D伯の力をもって」

「そうだ。D伯は、当時から帝都政府となる軍と手を結んでいた。彼は私の社がこの様な形になるとは思っていなかったらしい。実際私はその頃、彼から既に独立した形を取っていた。それこそ『軌道に乗っていた』訳だ。そしてルナパァクの建設だ。……あれもまた、向こうの反感を招いた。そして彼等は私の身辺を洗い出した」

「そして、彼の存在に気付かれた?」

「そうだ。そして私は彼を逃がした」

「逃がした、のですか」

「他にどんな道があったと思う?そして、帝都政府となる軍は、最後の『間違い』とばかりに、このウェストウェストの、コロニー群に攻撃をしてきたのだよ。理由は一つしかない。この星域の、持つ勢いそのものを下げるためだけにな」


 それだけ、だが、確かにそれが効果的であったのは事実だろう、と鷹も考える。実際その攻撃で住めなくなった人々が、遊園地でしかなかったコロニーに移り住み、遊園地を成り立たせなくしてしまったのだから。


「だけどそれでは、何故ルナパァク自体を攻撃しなかったのだと思いますか?」

「決まっているだろう」


 サーティン氏は吐き捨てる様に言った。


「当てつけだ」


 ああ、だろうな、と彼も思った。オリイを引き取った当時、ホッブスから聞いたことがあった。その攻撃は情報が入ってからひどく悠長だったために、避難するだけの時間が与えられていたかの様だったと。

 使える遊園地を使わせない様にするほうが、ただ単純に破壊されるより、その持ち主にとってダメージが大きい、と踏んだのだろう。


「……ただ、彼等にも幾つかの誤算はあった」

「誤算、ですか」

「……シェドリス・Eは、D伯の子供の一人だったのだが、その攻撃の時に、行方不明になった。無論普通、そんな彼の子弟が巻き込まれる様な場所に居る筈がない。特にD伯はその攻撃を知っていた筈だからな。だがその時、彼はそこに居て、巻き添えを食った」

「……生死不明……?ですか」

「ということになっている。だが実際、その時の攻撃によって、住民の籍自体が、本物も偽物も判らなくなってしまっていた。……そしてそれが今度は、外からの流れ者を招いた。全くもって、いい当てつけだ。私が…… 私と彼が、夢見て、作り上げた都市を、帝都政府はうち砕いていったのだ」

「あなたと、彼がですか」

「そうだ」


 サーティン氏はきっぱりと言った。


「……あなたにとって、ルナパァクは、あの遊園地コロニーは、彼との記憶でもあるのですね。そして今も……?」

「現在もだ」

「そして彼は戻ってきた」

「そうだ」

「あなたが、彼に生死不明のシェドリス・Eの名を貸したんですか」

「……いや、そういう訳ではない。だが、私は元のシェドリスを全く知らない訳ではなかった。シェドリスは黒髪に薄青の目だった。歳の頃も現在、彼の見かけくらいだ。混乱した情報の中では、その程度の情報でも彼はシェドリスになりすますことはできるだろうと思った。どうせその名前を長く使うつもりはなかった」

「D伯は」

「……D伯にとっては、数多い自分の子供の一人や二人、居なくなったところで大した問題ではない。そもそもシェドリスは庶子だった。しかも、本当にD伯の子か疑問視されていた子でもある。……元の彼は、どうやら、D伯のもとを出奔したらしい。伯はそれ以来、彼のことは口にしない。元々駒としての価値をその息子に感じなかった、という話も聞いている。厄介払いができて良かった、と感じていたのかもしれない」


 くく、と不意にサーティン氏は喉の奥で笑った。


「血のつながった子供をたくさん作っても、このざまだ。私はそれを作ることはしなかったが、後悔はしていない。自分の作り上げた事業を、血だけのつながりで誰かの手に渡すのは好まない。私が死んだ後に、誰か私の意志を理解してくれる有能な人材に手渡せばいい、と思っている」

「それは、ナガノ……現在のシェドリスですか?」

「彼を掴まえておけると、君は思うのかね?」


 鷹は首を横に振り、いいえ、と言葉を付け足した。


「私も思わない。それは私が彼の正体を知った時から、ずっと判っていたことだ。どれだけ私が執着していようが、君ら天使種をつなぎとめておくことなど、出来る訳がない。それは仕方がないことだ。あの時、帝都政府の追求が無かったとしても、彼はきっと私の元から一度は離れたことだろう」

「だけど彼はあなたの元に戻ってきた?」

「全く同じ姿で。判っては居たことだが、さすがに驚かされたね。そう今の君の様に、私の元に直接乗り込んできた」


 そして灯りをつけた目の前には、懐かしい顔が。


「彼はただ近くに来たからだけだ、と言った。実際そのつもりだったらしい。そして私が、彼を引き留めたのだ」


 

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