0月:地獄も慣れればぬるま湯の決意

 気が付けば入学式まで僕は飛んでいた。

 つい最近まで僕も中学生だったのに、3年も戻れば周りの人間、そして自分の容装は目に見えて幼く、あの桜井佐紀は懐かしい茶渕の眼鏡をつけていた。

 「高校デビューだー!」という動機から、コンタクトにした佐紀の姿に慣れていた僕は、好きになった当時の彼女を見て心臓が鳴る。

 佐紀はきょろきょろと周りを見渡し、二つの学区から来た生徒が混ざるフロアで顔見知りを探しているようだった。

 思えば、佐紀とファーストコンタクトしたのはここで目が合った瞬間だった。

 だから僕は下を向いて目を付けられないようにやり過ごす。

 この世界の桜井佐紀を僕の知っている桜井佐紀にしてはいけない。

 君子危うきに近寄らず。


 ──僕が好きになった桜井佐紀はもういない。


 そう定義して生きていこう。


 **********



 体育館で行われた全体ガイダンスでは、後ろの方の席から僕が知ってるより若いみんなの様子を伺った。

 背筋をピシりと正して先生の話を傾聴する佐紀からは、キスどころか付き合うのの字も見えない。

 佐紀だけじゃない。女をとっかえひっかえして遊んでたアイツも、半不良になって夜の街で補導されていたアイツも、受験のストレスで害悪ヲタになったアイツもみんな、一応ちゃんと話を聞いている。……片鱗が見えないこともないが。

 卒業アルバムをめくったときのような懐かしさと小恥ずかしい笑いがこみあげてくる。

 ──そんな時期もあったっけか。


 

 **********


 

 拍子抜け、というか思ったよりも簡単なミッションだった。

 ”交際の禁止”

 それだけで人一人が生き返ってしまうのだから。

 佐紀が隣にいなくなったが故の禁断症状みたいなものはなく、寧ろ「こんなんで人の命が戻ってきていいの」とまで思い始める。

 ”前史”通りにいけば同じクラスになることはないし、接点さえなければ仲良くなることだってない。

 例え運命の人がいたとしても、地球の反対側で生活していれば出会うこともなく死んでいくように、僕は佐紀の視界外で生活していくだけなのだ。


──────

| 制裁:僕はもう君と付き合えない

|  規約

|  ・桜木浩二が桜井佐紀と交際することを禁じる。

| この規約が破られた時、が働き

──────



 

 ──そして佐紀を省いた生活は二年経ち、僕らは最終学年になった。

 


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