第10話 本来交わらぬものゆえ

 痩せた人間の様な黒い影は本来人なら目鼻口がある所が窪んでいて、黒い液体の塊の様だった。こちらに歩く時もぴちゃぴちゃ音を立てた。


 「お前が留守番係か。われわれと言ったな?下に何匹か居るのか?」ミーガンはナタを振りかざして言った。


 「匹ではない」この高い声は何処から出ているのだろう。「ここからは出られた者はいない」


「今までも居たのか?」後ろからベイクが、ホーリードラゴンの身体を摩りながら訊いた。

 「何?」


「今までもここに侵入した者が居たのか?」ベイクは訊き直した。


 「いたさ。食べて捨てた」痩せた影は肩を上下しながら笑っている様だった。


 「くくく」ベイクが笑うと黒い影はぴたっと笑うのを止めた。


 「何がおかしい」影はムッとしている。


「村人の中に、お前の主人のペテンに気付いている者が居るって事だ。表向きは皆に合わせてな」とミーガン。


 「なんだと」


「哀れなやつだ」ベイクは黒い化け物の方を見ても居ない。どうやら聖竜の子は目が半開きになっていて安心しきっているらしい。

 

 黒い影は床をかかとでけたたましく叩いて、ミーガンに向かってきた。


 術を使ってこない。ベイクもミーガンもそう思った。物理攻撃をしてくる。となれば実態がある。ならば物理攻撃が効く。


 ミーガンはナタを背後に腕いっぱいに伸ばし、重心を沈め、左手でバランスを取った。影は相手の攻撃を心配する事なく、無鉄砲に飛びついて来た。

 黒い両手が伸びる。ミーガンは刹那どうするか考えたが、時間は十分あった。スピードは大して速くない。


 ミーガンは飛んだ。


 黒い化け物が腕の角度を上に変える。自分のリーチの方が長い事は分かっていた。捉えた。

 しかし、ミーガンはナタを頭に叩きつける替わりに、投げた。綺麗にナタは化け物の頭部を割り、3分の2が突き立った。


 ミーガンは着地し、止まった黒い身体に肘から体当たりし押し倒した。そして頭部に刺さったナタの取手を持ち、足の付け根まで一気に掻っ捌いた。

 核を探した。人のところの心臓を。割れた胴体に手を入れた。黒い汁が腕やズボンに付いた。何かが手に当たる。護符。黒く濡れた護符は本来何色なのかが分からなかった。ミーガンはびしょびしょになりながら護符を破り捨てた。


 「いいいいい」痩せた影はまた高い声を上げて、床に染み込むみたいに消えて行った。


 「人工物か。アッチェラが製造しているな」ミーガンは手を払いながら言った。


 「恐らく、術はまあまあだが、錬金術の腕は中々の様だな。人工生命の分野は1番高度と言っていい」ベイクはホーリードラゴンの首輪を外した。


 「下にはさっきの奴みたいなのが居るみたいだな。気が重い」


「待て」ベイクは目を瞑った。ベイクの身体が白く光る。それを見た幼き聖竜は驚き、目を輝かせた。それは神聖術。瞬きが増し、部屋が白く輝く。主の使いの子は、神の御力を感じ、母を感じ、一筋涙を流した。そしてベイクの案を理解した。


 「壁を壊せ」ベイクが何かを探し、ミーガンが自分のナタで部屋の壁を壊そうとした瞬間、竜の子は白く瞬く光線を吐いた。けたたましい音を立て、分子を震わせて村に爆音が鳴り響く。 

 微かな物音に何事かと起き出す人や、階下で待機する護符にプログラミングされた通りに侵入者を始末しようとした液体人間を尻目に、聖龍は必死に人間の大人2人を両手に掴んで教会の3階から飛んだ。


 ベイクは神聖術で竜の子に力を分け与え、上手くいく事を祈った。


 ミーガンは高所恐怖症なので、喉が張り付く思いだった。


 結果的に着地はやや失敗したが、弧を描く様に飛び、村の外、棘の立つ灌木に落ちることが出来た。


 2人と1匹は軽く頭を打ち、暫く藪の中で目が回るのを待った。


 ミーガンは心理的なものもあり、1番ダメージが大きかった。


 くるるると、竜の子は喉から声を出し、2人を見た。2人には分かっていた。使いには使いの居るべき場所、すべき事があり、本来人と会い見えない事を。

 少し離れた所に行き、振り返る。


 「いつか」ベイクは言った。神聖騎士にとって、聖龍は象徴。神の意思を代行する者なのだ。


 「俺はこんなんダメなんだ。早く行きなよ」ミーガンの目蓋が湿る。


 ホーリードラゴンは飛び去った。月が無いので、どちらに去ったかもよく見えなかった。

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