植松聖の嘲笑

鷹月のり子

第1話 聖ウイルス

 

 私は確定死刑囚となった男のもとへ、報道人として面会を求めてきた。厳重な警備がされていて、二度目の身体検査を同性の刑務官から受け、やっと面会できる。

「こちらへ、どうぞ、石原報道委員」

「はい、ありがとうございます」

 面会室に入ると、彼、植松聖(うえまつひじり)が待っていて笑顔になった。

「よぉ、笑美ちゃん」

 知らなければ、この男が39人もの重度障碍者を虐殺したとは信じられないほど、チャラい雰囲気で私も彼の心を開きたいから笑顔で答える。

「死刑が決まったのに元気そうね」

「ちゃんと三食、出るしな。オレが総理大臣だったら餓死刑もつくるぜ。なぁ、脱げよ、それ」

「はいはい」

 私はスカートスーツの上着だけ脱いだ。彼は異性愛者のようで、しかも飢えている。なので、このサービスは取引、おかげで他の報道人がえられない彼の本心に迫れる。女性ジャーナリストの功罪だと思うけれど、今は利用する。もっとも上着を脱ぐだけでも、そばにいる女性刑務官が咳払いしたし、これ以上脱ぐ気はもともとない。それでも彼は眩しそうに私の肌を眺めている。あわれだと思うけれど、それを表情に出さないように気をつけた。彼はプライドが高い、拗ねてしまえば何も語ってくれない。

「それで、あなたの考えは死刑が決まった今も変わらないの?」

「当たり前だ。っていうか、人の考えを変えようというのは一種の傲慢じゃないか。思想の自由への侵害だ」

「たしかにね、どんな思想も思想ではあるし、自由ではあるね。サリンを撒いてエリートを殺そうと思想するのも、思想の段階では自由」

「だいたい、オレが心を入れ替えて反省して後悔して、悪いことをしたと心の底から認めきったら、それはオレじゃなくなるし、そんなオレはヤツらの言う悪人じゃなくて善人になってしまうから、死刑にしちゃダメじゃん。許さなきゃいけなくなるぞ」

「独特の考え方するね。まあ、理屈はわかるけど。でもさ、後悔はないの? 生きていたいと思わないの?」

「思う! 笑美ちゃんとヤりたい! 焼肉喰いに行きてぇ!」

「人を殺しておいて?」

「あいつらには、そんな気持ちだって無ぇよ。虫けら以下だ。虫けらだって、自分で飯を喰うし、交尾もするだろ。そんなことさえできない、したいという具体的なプロセスさえ踏めない。あれは完全なデキソコナイの生命だ。殺して肥料にでもするのが正解なんだ。何度も言ったろ、いい加減に理解しろ」

「理屈は理解してるよ。でも、より詳しくそれを世間に報道するのが私の仕事。まあ、最近、世間は植松聖どころじゃなくなってるけどさ」

「また巨大地震でもあったのか?」

「あ、知らない? まあ、知らないよね。外からの情報制限されてるし。新型コロナウイルスが流行してさ。地震以上に大変かもしれない。地震なら被災地だけで済むけど、疫病は世界中に拡がってる。まさに全世界が被災地」

「コロナ? どんな病気なんだ?」

 私がコロナについて説明すると、聞き終わった彼は笑い出した。それは爆笑で、しゃべりながらの嘲笑だった。

「クク! 健康な若者は無症状か、軽症が多くて、老人や持病もちを殺すのか? クク、くははっはは! いいぜ、それ、最高だ! ってか、それオレウイルスじゃん! 植松ウイルス、いや、聖ウイルスって名付けて発表してくれよ、笑美ちゃん! 聖なるかな! 聖なるかな! オレが聖と名付けられたのも、オレの死刑が決まったときに、このウイルスが拡がったのも、すべて神の導きだ!」

「……このウイルスで亡くなってるのは、あなたの言う心失者だけじゃなくて、昨日まで元気に話していた人も多いのに?」

「聖ウイルスが拡がれば、高齢化問題は一気に解決するぜ。高い社会保障費に若者が苦しまなくて済む。まさに天啓! 聖天使の死神だ!」

「………」

「いつかの総理大臣が言ってたろ、最少不幸社会だってさ!」

「それ、たぶん意味が違うよ。はぁぁ、また来るね」

 興奮してしまった彼から、ろくな話は聞けないと感じた私はタメ息をついて面会を終えた。もしかしたら、もう来ないかもしれないと思いながら、それを感じたのか彼は「また来てくれよ」と私の背中に投げてきた。お尻にも視線を感じた。

 

 

 

 

この物語はフィクションです。実在の人物団体国家と関係ありません。また、拙著「女子高生総理芹沢鮎美の苦悩と勇戦」の世界観を少しだけ引き継ぎますが、続編ではなくスピンオフ作品です。

 

 

 

 

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