第6話 見たもの

―――――――痛い、熱い


 背中にもろに受けた鋭い一撃は全身をすぐに動けなくさせるほどの痛みを感じさせていく。

 そして、重力のままに、抱いた二斬が無事であることを喜びながら落ちていく。

 ただ見えるのは月夜をバッグに盛大に飛び散る赤黒い血の噴水だけ。


 俺を襲った化け物は二斬を仕留められなかったとわかるとすぐにその場を去っていった。やはりあいつは俺を使って二斬を襲うことをはなから考えていたのだろう。

 俺の霞んだ視界でそう思ったのであまり信用は出来ないが。


――――――痛い、熱い、痛い


 背中が直接火で炙られているかのようにジンジンする。数々あった火傷でもこんな痛みは感じなかった。

 背中の大部分から俺の大切な血液が真夏の夜の下でドクドクと溢れて流れでいているのを感じる。

 ほのかに温かい熱を帯びた血を傷口以外の肌から感じる。

 しかし、それ以上に傷口の痛みが酷い。痛すぎて言葉も出なければ、泣く余裕すら与えてくれない。


――――――――痛い、熱い、痛い、熱い


 痛みが時間を増すごとに酷くなってくる。思わず抱いている二斬をさらに強く抱きしめてしまう。

 本当に俺の体はちゃんと繋がっているのか疑いたくなるレベルだ。

 痛みに意識を割き過ぎて他の場所へと目線を向ける余裕もなければ、夏の暑さすら感じない。


 むしろ―――――――寒い。


 今度はどんどんと冷え込んでくる感じがする。

 痛みはそのままに体中の体温が奪われていくかのように、この場が冬の季節であるかのように冷えて感じる。


 すると、俺の体は俺の意思とは関係なく動き始めた。どうやら俺の下敷きになっていた二斬が俺をどかして脱出したようだ。

 霞んだ瞳ながら見た的に外傷はない。本当に助けられたようだ。


「良かった.......」


「良くないよ!」


 俺の言葉をかき消すような声量で二斬は告げた。その顔は泣いていた。

 月光に照らされた白い肌に流れる涙はどこか幻想的に見えた。出来ればこんな状態で見たくはなかったが。

 すると、二斬は俺の頬に手を当てながら告げる―――――――まるで自分を罰するように。


「どうして! どうしてこうなるの! 私はこうならないようにこれまで頑張って来たのに! 私が守るって決めたのに! どうして!.......どうして、凪斗が私を守るの.......」


 酷く切実な声色。積年の何かが詰まったようなその言葉はただ吐き出された言葉ではないとすぐに分かった。

 わかった上で俺は何も言うことが出来なかった。何も知らない俺は何かかけてやる言葉すら見つからなかった。

 ただ涙を流してしまった二斬をどうにかしたいと思った。俺のせいで泣かしてしまった二斬を。


「だい.......じょう.......ぶだ」


「........?」


 俺は渾身の力で地面に手を立てると一気に上半身を上げようとする。

 しかし、ほんの少し動かしただけで痛みで麻痺したはずの体にさらに痛みが加えられる。

 痛みで腕が振るえそうになる。すぐにでも崩れ落ちそうになる。

 だがそれでも―――――――二斬を泣かした言い訳にはならない。


 正直、どうして二斬が襲ってきたのか。あの鞄の中身は何だったのか。俺を守るとはどういうことなのか疑問はたくさんある。

 その理由を聞くためにも俺はここで"大丈夫"であることを示さなければいけない。男ならカッコつけないとな。


「凪斗! 動かないで!」


 上半身がある程度上げると膝を立てて四つん這いになる。そこから一気に手を放す――――――とその体を支えるように二斬がい自身の体に俺の体を預けさせる。

 そして、その体を小さい体でギュッと抱きしめる。


「凪斗.......やめて、これ以上動いたら死んじゃうよ.......ただでさえもうこんなに出血しているのに」


「平気さ、二斬が無事なら」


 俺のワイシャツは自身の血によって赤く染め上がり、服の袖と襟の一部が唯一白く残る部分だ。

 そして、そのワイシャツの下には赤い水たまりがある。それも言わずもがな。その水たまりの一部に反射した月の姿が見える。

 空に雲一つない星空に巨大に見える月。今宵はスーパームーンだという。

 そんな日に女子と二人きりとはなんともロマンチックだと思えるシチュエーションだ.......カッコつけるには死ぬほど痛いけどな。


「凪斗を.......凪斗を助けなきゃ.......」


 二斬はキョロキョロと辺りを見回す。その焦った横顔を俺は横目で捉えていた。

 すると、二斬は何かを見つけたようでそっとその何かを手繰り寄せる。そして、「助けるにはこれしか......」という呟きが聞こえた。


 俺は軋み痛む体を無理やり動かしながらその何かを見るとそれは――――――バッグの中にあった注射器の一本だった。

 残りの二つは切り裂かれたバッグと一緒に無惨に破片が転がっている。

 恐らくは俺が二斬をタックルした衝撃でバッグを手放したのだろう。そして、それは俺が斬られると一緒に斬られたというところか。

 .......ってことは、その何かわからない液体が入った注射器を使う気なのか?


 俺の予想した通り、二斬はその何かを右手に持ち替えると俺の腕へと近づけていく。

 そのことに俺は思わず待ったをかけた。


「待て、二斬.......それを使う気なのか?」


「こうしないと凪斗は死んじゃう。だから、大人しく受け入れて」


「ま、待って、ん―――――――――」


 弱り切って震えた声で言う二斬は俺の制止を振り切って腕へと注射器を刺していく。

 チクリと一瞬走る痛みと共にそれに入っている液体は二斬の押し込みと同時に俺の体内へと注入されていく。

 ああ、もうか.......二斬のものだから恐らくは大丈夫だろうけど、せめて俺が覚悟を決めてからにして欲しかったな――――――――ぐっ!?


「ぐあ"あ"あ"あ"あ"あ"!」


 視界がブレる。

 まるで世界が二重になるように、もしくは二つの世界が同時に見えているかのように一つに一致したり、ブレたりを繰り返していく。

 焦点が定まらなくなる。

 急激に焦げるかのような熱を帯びる胸と金属バットで頭を殴られてい来るかのようにガンガンとした痛みが頭の中に響いていく。

 呼吸が苦しくなる。背中外部の痛みと頭や胸内部の痛みに同時に襲われてまともに呼吸が出来ない。


 何が、何が起こった? わからない。ただ痛みだけが全身を駆け巡っている。


 苦しい、痛い、熱い、苦しい、痛い、熱い、痛い、痛い、痛い痛い痛い。


 意識がハッキリしない。ここが現世なのかあの世なのかその認識すらあやふやになっていく。


 俺は思わず胸を抑える。そして、そのまま地面を転がっていく。

 胸に宿る熱で口から火を吹きそうだ。いや、穴という穴から炎が出そうな感じさえする。

 何がどうなって、今の俺はどうなってんだ?


「大丈夫、その痛みはやがて引くから。その時にはもう凪斗は助かってる。だから――――――行くね」


「結衣.......」


 意識が混濁して前後もわからない中、動き出そうとする二斬を見て俺は思わず手を伸ばす。

 そして、一度も言ったこともない下の名前で呼び止めた。

 きっとどうにかしようと止めたかったり、実はずっと前から呼びたがっていた願望が漏れ出たりしたのだろう。

 そう呼び止めるほど―――――――泣いたままの二斬をこれ以上どこにも行かせたくなかった。わかりやすいほどにこれからの行動がわかるから。


 しかし、俺の体は最後に手を伸ばしたのを皮切りにそれ以上動こうとはしなかった。

 そして、強制的にシャットダウンするように視界が暗くなっていく。

 その今にも暗く何も見えなくなりそうな視界で、何も聞こえなくなりそうな耳で確かに捉えた。


「.......今その言葉はずるいよ」


 二斬の涙を拭った少し泣き腫れた目と優しい声を。

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