幸せのかたち

朝食は、昨夜の残りものである味噌汁に白米。質素な朝食だった。摂るべき栄養も、不足しているかもしれない。

気まずい空気は変わらず、挨拶もそこそこに済ませて、黙々と手を動かした。

そんな空気に耐えかねたのか、

「宮藤さんは家族いるの?」

「二年前に事故で死んだ」

味噌汁を啜りながら、ぶっきらぼうに答える。別に面白い話じゃない。

「そっか。大変だね」

聖音にとって、かなり気を遣った言葉なのだろう。言葉の端々からは優しさが伝わってくる。

「……朝食を食べたら、買い物に行ってくる」

「私も行く」

「駄目だ。聖音は記憶喪失なんだろう?もし顔馴染みに会ったらどう誤魔化す?それに、警察が捜索してるかもしれない」

言い含めるように諭してやると、聖音はほっぺを膨らました。

「む〜」

「我慢しろ」

すると、不意に聖音は何か考え込むような顔をしたかと思うと、それは底意地の悪い笑みに変わる。

「ねー、宮藤さん」

「何だ、聖音」

そのニヤッとした可愛いらしい顔には見覚えがある。

つい昨日、誘拐云々と私を脅す時の表情に酷似していた。

「お外に出たい私を家の中に閉じ込めるのは、監禁ってゆうんじゃないんですかー?」

途端、私の顔が引きつってしまう。

くっ、思い通りに行かなければ、犯罪だと脅してくる。我儘な奴だ。

但し、昨日よりも柔らかくなった聖音の表情と口調。それは純粋に嬉しく思った。

「聖音も、耳にしたことぐらいあるだろう」

「え、何が?」

「バレなきゃ犯罪じゃないんだよ」

……いつか私は、ポリス沙汰でテレビデビューをするのだろうか。きっと両親も天国で嘆くことだろう。

「いや、私記憶無いんで」

「便利だな。記憶喪失」

笑みが溢れる。誰かとこうやって笑えるのは、幸せなことなのだな。長らく忘れていた。

「……お土産は甘いものでいーよ」

聖音も、思うところがあってか、引き下がってくれた。

「そうか。なら団子でも買ってこよう」

ちょうど、近くに和菓子屋が出来たのだった。確か、団子を売りにしていたはず。

「大人しく留守番しとくんだぞ」

「はーい。なるべく早く帰ってきてね」

「わかってる」

温かいと感じる空気は、春の兆しか。それとも。

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