第11話「なにがツンツンよ!」

「あぁぁぁー」


「なによ、その不満げな顔は」


「そりゃ不満だろ。なんでお前を担ぎ上げなきゃならんのだ」


「ノリね……そうノリよ。友達と来たときに、どんなポーズでも自然に撮れるようにするための練習よ!」


 圧倒的後付け感! こいつ、なんとなくそれっぽいことを言ってるだけだろ。


-パシャ!


「あ! ほら、あんたがちゃんとしないから一枚無駄になったじゃない!」


「お前にも非はあるぞ!」


 こんな感じで、俺が咲良さくらのことを持ち上げてからもグダグダしていた。


「そーだ、どさくさに紛れて変なとこ触ったりしないでよ!」


「しねーよ!」


 ホント失礼だな。こんなやつ…………。


 俺は咲良の膨らみをチラッと、ほんの一瞬だけ視界に入れた。


 うーん……俺以外の男なら抗えなかっただろうな……へへっ。


「ちょっと、なに鼻の下伸ばしてんのよ。変なこと考えてるんじゃないでしょうね?」


「っん、んな訳……なぁいだろう?」


 これ以上は俺のいろいろなアレが、少し不具合を起こしそうなのでやめておこう。


 そうこうしてるうちに……


-パシャ!


「……また、無駄になったな」


「そうね。とりあえず落ち着きましょう」



 俺はかなり長い時間咲良のことをかかえているが、華奢きゃしゃな体は軽く、なんだか力が入れづらい。そのせいでさっきからズレ落ちそうになってる。


 抱えている咲良の位置を直すために、腕の反動で彼女の体を浮かせた。


「キャッ! 急になに?!」


「ズレ落ちそうだったから直したんだ」


「私……そんなに重い?」


 咲良は深刻そうな顔をして尋ねてきた。なぜ女子というのは体重のことを気にするのだろうか……いまだにわからん。


「力入れたらすぐ折れそうで怖いんだよ。お前もろそうだし」


「もろいってなによ。……そうね、それなら」


 咲良は言い合えると同時に、俺の首に腕を回してきた。一瞬締め殺されるのかと思ったわ……。


「オイ、この腕はなんだ?」


「こうやって掴んでおけば落ちないでしょ?」


 咲良は子猫のようにあいらしく首を傾げた。やばやばい、顔近い。


 ……よく見るとこいつ照れてないか? 顔赤くしてるもんな。全く、なに余計なことして自滅してんだか。


「あ、おい。あと10秒だぞ」


「とりあえず真ん中で撮りましょう」


 俺は言われた通りに、四角い空間の中の真ん中に立った。


-パシャ!


「よし、とりあえずこのまま大人しくして、最後の一枚撮ろう」


「そうね。でも、全く同じじゃつまらないし……」


 咲良はそう言い終えると、体を動かし始めた。よじ登るようにして、俺に目線を合わせた。


「こっちの方がいい! 絶対!」


 さっきよりも体の密着面積が大きいんですが! 大きいといえば、俺の体に何か大きくて柔らかいものが当たってるんですがぁ?!


「おい、これは流石さすがに近すぎじゃないのか!」


「練習なんだからいいでしょ!」


「なんでお前はプリクラで抱っこされる練習をするんだよ? 女子の間ではそういうのが流行ってんのか?!」


「そんなの知らないわ。でも、なんかこれがいいわ!」


 言いきりやがった……この女、なんて清々しい顔をしてやがるんだ……!


「あっ、でも! 勘違いしないでよ! 別にあんたにくっつきたい訳じゃ……!」


 何という時差式ツンデレ! ツンツンするタイミングは今じゃないだろ。


「そんなのはわかってるよ。ほら、撮るからじっとしてろ」


 俺が指示すると、咲良は少しだけ強張こわばった顔で話しかけてきた。


「うん……ねぇ、平良たいらくん。今日は……あ、ありが……」


-パシャ!


「なんでこんな時にぃ! もうもう!」


「大丈夫だ。なんとなくわかったから、今こそツンツンするときだ」


「なにがツンツンよ!」


 俺はツンツンガミガミわめいている咲良を、自分の手から降ろした。


 まぁ、お約束だよな。これは。


「ほら、落書きみたいなのはお前に任せるから」


 早くここから出たい俺は、最後の工程を終わらせるよう催促さいそくした。



「なんか色々あるな」


「この猫ちゃんのとか可愛い!」


「よし、好きに貼っつけとけ」


 やっぱり、こうやって楽しんでる時の咲良は、みんながみんな見惚みとれてしまうのではないかと思うほど純粋な笑顔を見せる。


 いつもこうやって笑ってればいいのになぁ。


 俺が咲良の隣でそんなことを考えていると、スマートフォンに着信がきた。


「悪い、ちょっと電話でてくる」


「うん!」


 着信画面を見なくても、誰がかけて来たかはわかる。母だ。


 俺は母からの着信の時は『蝋人形ろうにんぎょうの館』を流すように設定しているのだ。なんか、母親から電話かかってくると謎の緊張があるから。


「もしもし」


『あ、もしもし。ちょっとお使い頼みたいんだけど』


「おう」


『近くでお寿司買ってきてちょうだい。お金は後で多くあげるから、渋らないで買ってきてね』


 あの母さんが……余分に金を出す、だと?


 なんだ、その寿司になにがあるってんだ?!


「一応聞いときたいんだけど、その寿司はどうすんだ?」


『どうするって、食べるのよ。お隣の友李ゆりちゃんが留学から帰ってくるから』


 …………。


『ちょっと、とりあえず買ってきてね』


-ブツッ


 通話が終わってからも、俺はしばらくの間そこから動くことができなかった。


 それはもう、蝋人形のように固まっていた。

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