第5話「なぁ、腕に胸当たってんだけど……」

「なあ、ここに来たのはいいんだけど、どうやって友達作りの視察なんてするんだよ」


「それを考えるのがあんたの仕事でしょ。まさか、何も考えてきてないなんて言わないわよね?」


「考えてるわけねーだろ。普通、友達ってのは視察して作り方学ぶんじゃなくて、自分から話しかけて近くものなんだよ。視察とか、むしろこっちが聞きたいぐらいだよ」


 友達の作り方がわからないって……これは重症だぞ。


「本当にあんたなんかに手伝いできるの? ……まぁいいわ。まずは洋服屋に行くわよ」


「へいへい」


***


「どっちがいいと思う?!」


「知らん!」


 視察とはなんだろうか。まさか、洋服屋に来て、何を買うか選ばされることではないよな。


「おい、友達作りの視察はどうなったんだよ」


「まず、服装を整えるのが効果的だと思ったのよ。やっぱり、あんたよりも私の方が冴えてるわね」


「さようでございますか。俺は先に出てるぞ。こんな店に男がいたら不自然すぎる」


 さっきから店員に変な目で見られてるし。こんなんで通報されたらたまったもんじゃないぜ。


「ダメに決まってるでしょ! ……仕方ないわね」


 そう言った咲良さくらは、なぜか俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。……すげえ、腕組むと本当に胸当たるんだな。


「おい、なんだこれは?」


「こっ、こうしてれば私の連れだってわかるでしょ! しばらく言う通りにしてなさい!」


「どうしてもか?」


「どうしてもよ!」


 俺はこのホワホワした店の雰囲気が苦手なんだよ。こうなったら、名残惜しさはあるが……。


「なぁ、腕に胸当たってんだけど……」


「えっ、なっ……!」


 咲良の顔はみるみる赤くなってしまった。そして上目遣いで少しだけ睨みつけてくる。


 これは自業自得だからな。少しは反省を……お?


「す、少しぐらい……我慢しなさいよぉ……。それとも、私のじゃ満足できないかしら」


「いや、俺は離れろって言ってんだけど」


 なぜか咲良は、さらにその柔らかさを俺に押し当ててきた。


「私のこと、もう少しぐらい女の子として見てくれたって……」


 あー聞こえない聞こえない。そういうことを言うのはずるくないですかね?


 さっき俺が言っていた店員からの不審な目線はどうにかなったが、その他に色々問題が……。


 つか、あの店員どこ行った? あ、いた。うわ、微笑ほほえみかけてきた。うわうわ、こっち近づいてきた。うわうわうわ、話しかけてきた。


「お客様、何かお探しでしょうか?」


「あ、ちょっと何にするか決まんなくて」


 うわ、なんだこいつら。お互いにさっきまでの俺への話し方やら目つきとかと比べて、180度対応が変わってるんだけど。


「そうですねー。彼氏さんの好みとかに合わせてみるのはどうですか?」


「かっ、かっ……彼氏……ちょっと、あんたなんか言いなさいよ!」


「あぁー、僕たち付き合ってるわけじゃないんで、ちょっとそれは」


「そんなに照れなくてもいいじゃないですかー。こんなに可愛い彼女さんいるのに」


 あぁぁー、めんどくせぇー。俺が懸念けねんしていた嫌な状況がまんま再現されちまった。


 そう、それは店員にカップルとして認識されることだ!


「お客様はなんでも似合いそうですけど……こちらの列なんて、特にお似合いになるかと」


「そ、そうですか! ほら、行きましょ!」


「ちょ、引っ張んな」


 俺は引っ張られるがままに服の前まで連れてこられた。


「はい! どれがいいと思う?」


「ハイハイ、ゼンブニアウヨ」


「殴られたいの?」


「すみません。考えさせて頂きます」


 なんで俺がこんなことをしなきゃなんないんだ……! とも思ったのだが、考えてみると、友達ができたら一緒に服を買いに来ることもある気がするんだ。その時のシュミレーションにしては悪くない。


「このスカートなんていいんじゃないのか。お前、あわい色とか似合いそうだし」


「ふーん。あなたはそう言うのが好みなのね……まぁ、着てあげなくもないわ!」


「あぁそう」


 ご機嫌な咲良は、俺の選んだスカートといくつかの服を持って試着室に入っていった。


のぞいたりすんじゃないわよ。もっとも、あんたにそんな甲斐性かいしょうがあるなんて思ってないけどねー」


「バーカ。誰がお前なんかに欲情するか」


 たく、誰が見るかっつーの。


—ゴソゴソ。


 ……。


—スー。


 …………。


—ガサガサガサ。


 おっと………………これは、いけませんな。中のことを想像してしまって、覗くより何倍も……ゴクリ。


 いかんいかん! そこの鏡で自分のことを見つめ直そう。視覚的にだけど。


 俺は近くにあった姿鏡で自分の服装を眺めていた。


「うーん。……うんっ!?」


 俺の真後ろ。つまり、咲良の入っている試着室のカーテンが、少し空いている!!


 ダメだダメだ、そんなことを考えては! 心頭滅却しんとうめっきゃく! 煩悩退散ぼんのうたいさん!! あぁぁぁぁ!


 

 しばらくの間、こんなことをして一人悶もだえている俺なのだった……。

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