第3話 厭魅の地

 土の匂いがした。草と、花の匂いも。

 霧に沈んだような街の中を、羽生は黙然と歩いていた。

 縄月の家がある遠見町は、連なる山々の中腹にあった。いたる所に棚田があり、また小規模の果樹園も多い。人家が密集して建ち、それらの間を縫うようにして、蛇のように細い道が通っていた。朽ちかけた土塀や欠けた瓦屋根が、家々の上に降り積もった年月を偲ばせる。

 道沿いには見事な紫陽花が咲いているのだが、憂い顔の羽生は一顧だにせず、その横を取り過ぎてしまった。

 羽生は、縄月家に関する近隣住民の聞き込みをする為に、この町を訪れていた。いつも連れだっている大瀧は他に調べ物があり、今日は別行動である。

 町の中を彷徨いながら、これはと思った人物に聞き込みをすること数度。だが、羽生が期待していたような情報はまるで得られなかった。

 こちらが警察であることを告げると、彼等の顔には途端に警戒の色が浮かぶ。次いで、縄月の名が出ると、それは更に露骨になった。どんな質問をしても、「知らない」「よくわからない」「自分には言えない」という答えが返ってくる。まるで示し合わせたように、彼等の返答は似通っていた。そして、さも迷惑そうな顔で会話を打ち切ると、逃げるように去ってしまう。

 彼等の反応に、羽生は強い違和感を覚えた。

 以前、羽生はとある強盗事件の捜査で、犯人に関する聞込みをしたことがある。犯人は問題行為の多い、いわゆる嫌われ者として隣人達に疎まれていた。隣人達は一様に悪し様に彼を罵り、その人間性が如何に非道なものであるかを、聞きもしないのに捲し立てたものである。

 しかし、遠見町の住人達の反応はそれとは異なっていた。何かしらマイナスの感情が見え隠れするのだが、それを決して表に出そうとはしない。それどころか、縄月家の話題をタブー視して、忌避しているようにも見える。

「何だってんだ、一体……」

 誰に言うでもなく悪態を吐いて、羽生は嘆息した。これ以上の収穫は見込めないだろう。ならば、ここに長居する意味もない。慣れない場所はそれだけで神経を使うので、既に疲労が足に来ていた。一刻も早く自宅に帰りたいという欲求が湧き起こってくる。

 羽生が車を停めているのは、縄月家の敷地内にある空き地だった。誰の了解を得た訳でもないが、現在は誰も使用していないし、これくらいなら職務上の権限の範囲内だろう。

 縄月家は周囲よりも一段高い土地にあった。堅牢な石垣がその土台となっており、大袈裟な土塀と相まってどこか他人を寄せ付けない雰囲気を漂わせている。家屋自体も、まるで武家屋敷のような威容のある造りだった。随所に見える老朽化の気配が、逆に縄月家の歴史の重さを物語っているようにも思えてくる。

 濡れた革靴を気にしながら空き地に入ろうとして、羽生は誰かが縄月家の玄関前に立っていることに気付いた。

 それは、一人の若い女だった。ボブカットの黒髪、金縁のサングラス――いや、ゴーグルを目にかけている。黒のスーツ、黒のズボン、履いているブーツまでもが黒い。上から下まで、全身真っ黒な女だった。片手に持った大きめの風呂敷包みだけが唯一紫色をしている。

 女はインターホンを押して、その反応を待っているらしかった。しかし、今の縄月家に住人はいない。それを知らないとなると、この女は町の人間ではないということになる。もっとも、その格好からして明らかに町の空気から浮いてはいたが。

 羽生は車に乗るのを中止して、彼女に近づいた。縄月宗一の交友関係は不明なところが多く、且つ町の住人でない人間ならば、思わぬ情報が手に入るかもしれない。手ぶらで警察署に帰るのは気が重かったので、降って湧いた幸運に少しだけ足取りも軽くなる。

「すいません、縄月さんのお知り合いの方ですか?」

 頭を下げながら、羽生はおずおずと声をかけた。女は顔だけを彼の方に向け、

「そうだが」

 ぶっきらぼうな調子で答えるその声に、羽生は一瞬戸惑った。想像していたよりも高く、若い声だったからである。勝手に二十代半ばと推測していたが、下手したら十代なのかもしれなかった。目元を見れば大凡の見当もつくのだが、ゴーグルのせいで正確には判断がつかない。

「お名前は?」

 気を取り直して再度訊くと、女はあからさまに溜息を吐いた。

「名前を尋ねるなら、まず自分から名乗るのが礼儀だと思うがね」

 見下したようなもの言いに、流石の羽生もムッとした。しかし、向こうの言うことにも一理ある。胸の中の憤懣をどうにか押さえつけ、懐から取り出した警察手帳を見せながら、

「自分は羽生融といいます。刑事です」

 女はジロジロと無遠慮に手帳を眺めていたが、今度は彼女が懐に手をやり、片手で器用に名刺ケースから名刺を抜いて、羽生に手渡した。

「私はこういう者だ」

 受け取った名刺を、羽生はしげしげと見やった。そこには、「夢幻洞むげんどう主人・九段肆鶴くだんしづる」とだけ書かれている。シンプルと言えば聞こえは良いが、ある意味では不親切極まりない。

「九段肆鶴さん……ですか。この夢幻洞というのは一体?」

 字面だけ見ても、羽生にはとんと想像がつかない。女――肆鶴は軽く肩を竦めて、

「骨董屋のような店だよ。美術館、博物館とも言えるが……まあ、そこはお客がその品物にどういう価値を見出すかによる」

 説明されても、羽生にはボンヤリとイメージするだけで精一杯だった。そもそも、主人である彼女からして定義をぼかしているのだから仕方がない。取り敢えず、古美術商の類いだと解釈することにした。

「それで、刑事さんが私に何の用?」

 片手を腰に当て、肆鶴は羽生を見上げた。高圧的という程ではないが、どこか挑むような調子である。侮られまいとしているのか、それともそういう性格なのか。どっちにしろ気分の良い物ではない。だが、こういった手合いには下手に出た方が、話自体はスムーズに進む。

 羽生は申し訳なさそうに頭を掻きながら、

「いや、実は縄月宗一さんの事件の調査をしていまして」

「……何かあったのか?」

「ご存じありませんか? テレビやネットでもニュースになっていましたが」

 彼女は縄月が死んだことを知らないらしかった。羽生から事件の経緯を聞かされた肆鶴は、玄関を見ながら押し黙る。彼女の目にどんな感情が浮かんでいるのか気になるが、ゴーグルが邪魔をして窺い知ることは出来なかった。

「それで、九段さんは縄月さんのお知り合いで……?」

「知り合いといえば、知り合いだね。半年に一度会う程度の仲だが」

 言い回しが少し気になるが、やはり縄月家の関係者なのは確からしい。渡りに船とはこのことである。

「お忙しいところ恐縮ですが、縄月さんのことでお話を伺いたいのです。少しだけお時間よろしいでしょうか?」

 出来るだけ低姿勢を心がけて、羽生は肆鶴に言った。羽生の必死さが滲み出た顔を無表情に見つめていた彼女は、ふと自分の腕時計に視線を移した。薄い金属で作られた腕時計の針は、午後一時半を指している。

「お昼時か。そういえば、この町には『根玄庵ねくろあん』という美味いうどん屋があるんだが……」

 独り言のように言いながら、肆鶴はチラリと羽生へ目配せした。キョトンとしていた羽生だが、すぐにその言葉の意味を悟る。自分の勘違いだと思いたかったが、どうも肆鶴は本気のようだった。

 話をする条件に、うどんを奢れと言っているのだ、彼女は。

 一警察官としてこれに屈するのは屈辱の限りだが、情報は何としても欲しい。逆なら兎も角、この場合ならばギリギリ法に触れることもないだろう。あくまで個人的に彼女に御馳走をするだけだ。縄月家の話を聞くついでに、である。

「……解りました。では、食事をしながらでも」

 努力して作り笑いを浮かべる羽生に、肆鶴は満足そうに頷いて、微笑を浮かべた。

「察しの良い人間は嫌いじゃないよ」

 言うが早いか、玄関に背を向けて、肆鶴は歩き出した。羽生は大きな溜息を吐いて、その姿勢の良い背中にトボトボとついていく。

 遠見町の商店街アーケードに入っている『根玄庵』は、縄月家から徒歩で十五分程の距離のところにあった。カウンター席の他にはテーブル席が二席あるだけの小さな造りの店である。壁に貼られたビールのポスターは色褪せ、メニュー表も黄ばんでいる。もっとも、掃除が行き届いているため、清潔さに関しては何の問題もない。

 文字の擦れた紺色の暖簾をくぐり、二人は奥の席に座った。慣れた調子で肆鶴が天ぷらうどんを頼んだので、羽生も同じものを頼む。食欲はあまりなかったが、空腹のままでは肝心な時に力がでない。食事は摂れる時に摂っておくのが刑事の鉄則である。

 早々に出てきた天ぷらうどんを、肆鶴は箸使いも上品に口元へ運んでいく。自身もうどんを食べながら、羽生はその様を盗み見ていた。

 肆鶴は、どうにも得体の知れない人間だった。年齢からして判然としないし、妙に気圧される凄味のようなものがある。刑事として様々な人間に会ってきたが、こんなタイプは初めてのような気がした。

 ものの五分でうどんを平らげた肆鶴は、羽生が食べ終わるのを見計らって、話を切り出した。

「それで、君は何が知りたいのかな?」

 ようやく話が聞けるということで、羽生はほっとした様子でメモ帳を取り出した。

「まず聞きたいのは、縄月家の生業です。宗一さんは何の仕事をされていたんでしょうか?」

 縄月宗一の職業は自営業となっている。だが、具体的にどんな仕事をしているのか、その内容が皆目解らない。自宅の敷地内にはそれなりに広い畑もあったが、自給自足の分だけなら兎も角、それだけで生きていける程の収入にはなりそうもなかった。

 湯飲みの中の焙じ茶を啜りながら、肆鶴は何気ない調子で、

「あそこの家は代々呪術師をやっている。今の代もね」

「じゅ、じゅじゅつし……?」

 彼女の口から出た言葉を理解するのに、羽生は随分と時間がかかった。音と意味がなかなか結びつかなかったのである。それほど突飛な言葉だった。特に、刑事を仕事としている人間にとっては。

「じゅじゅつしって、あの呪いとかそういう?」

「そう。その呪術師だ」

 至極真面目な様子で言う肆鶴の白い貌を、羽生は疑わしげにジロジロと眺めた。

 担がれたのだろうかと心配になってくるが、肆鶴にそんな気配は見られなかった。職業柄、嘘を吐いている人間は何となく解る。彼女が真摯に答えようとしてくれているのは、恐らく間違いない。

 そうだとしても、羽生には容易に理解出来なかった。違法な仕事ならまだしも、呪術師とは思いもしなかったし、そもそも職業として現代でもそれが成り立つものなのだろうか。呪術を信じる人間自体今時いるかも疑わしい。

 露骨に眉を顰めている羽生に、肆鶴は鼻を鳴らし、

「信じられないのも無理は無い。でも、呪術というのは確かに存在する。特に、この地方には往時の名残がまだ残っていてね。地名からしてそうだろう? 遠見とはつまり『厭魅えんみ』――相手を呪殺する呪いのことだ」

 言いながら、肆鶴は風呂敷包みを解き、机の上に真四角の檜の箱を置いた。箱の蓋を上げ、その中を見るように羽生を促す。意図が分からず困惑しながら覗き込んだ羽生の顔が、一瞬で強ばった。

 箱の中に入っていたのは、動物のものと思われる頭蓋骨だった。形からして犬か狐のものだが、所々にある焼けた跡のようなものが、これがイミテーションでないことを物語っている。

「これは、いわゆる犬神の本尊だ。ここの隣町に住む知り合いから譲り受けてね。元の持ち主の家系は既に途絶え、空き家になっていた。その空き家を潰した際に出てきたものらしい。床下の甕の中で大切に奉られていたそうだよ」

 言葉を失っている羽生に、肆鶴は懇切丁寧に説明をする。出来の悪い生徒に教える教師のように。

 犬神は、四国や大分県に伝わる動物霊を使った呪術である。土に埋め、飢餓状態に陥った犬の頭を切り落とし、焼いたその骨を使う。犬神は使役する人間、ひいてはその家に憑き、富をもたらすという。犬神の憑いた人間を「犬神憑き」といい、その家を「憑き物筋」と呼んだ。大陸から伝わった蠱術が民間に伝わり、各地方に応じた形式で変容したのだとされる。

 この現代で呪いといわれても、羽生にはピンと来ない。それどころか馬鹿馬鹿しくさえ思える。呪術を利用する人間がいるとしたら、病人か詐欺師のどちらかに相違ない。

 しかし、こうして眼前に物的な根拠を出されると、流石の彼も鼻白まずにはいられなかった。別に呪術を信じた訳でも、呪具に恐れをなした訳でもない。ただ、この頭蓋骨に込められた人間の欲の深さ、怨念を利用しようとする浅ましさ、ある種の狂気にゾッとしたのである。

「縄月の家にもこんなものが?」

 羽生の脳裏に、あの古びた屋敷の姿が浮かんだ。その縁の下、虫の這いずる湿った土の中に、ソレが埋められているのだろうか。そう考えると、霧の中に沈んでいた姿が途端に不気味に思えてくる。

 羽生の問いに、肆鶴は軽く頭を横に振った。丁寧に箱に蓋をつけ、風呂敷で包みながら、

「あそこは犬神ではなく、蛇神だ。縄月の呪術はちょっと特殊でね。こういった犬神とは毛色がまた違う。欧州の大系が組み込まれているからね」

「でも、呪術師って仕事として成り立つんですか?」

 羽生の疑問ももっともだった。呪術を使って収入が得られるのかどうか。それは、現代の日本において職業としての呪術師が存在し得るかの一つの判断材料になる。詐欺であれ何であれ、それで縄月が生活をしていたのなら、聞いておいて損はない。

「腕が良ければ、それで食っていける」

 羽生の猜疑心を一刀両断するかのように、肆鶴は迷わず答えた。

「人に憑いたものを払って癒やすことも出来るし、逆に憑かせて呪い殺すことだって可能だ。知っているだろうが、日本には呪殺を禁じる法がない。つまり、呪いで殺すのは合法ということさ。手段を選ばず、金に糸目をつけない輩は重宝がるだろうな」

 当然の事実のように語る肆鶴に、羽生は反論出来なかった。

 しかし、一応の理屈は通っているとしても、おいそれと納得は出来ない。警察が担当するのは現実的な事件だけである。呪術という、非物理的、非論理的な事案は管轄外と言っていい。常識から外れ過ぎたものには対処出来ないのだ。

 だが、羽生はふとあることに気付いた。彼の感覚からすれば呪術とは常識を越えたもの、つまり異常の存在だ。では、あの縄月宗一の死に様はどうだろう。あれこそ、正に異常ではなかったか。どんなに常識で考えても解らない死体。人間にあんな殺し方が出来るのだろうか。誰もが首を捻らざるを得ないアレこそ、異常の極致ではないか。

「この土地の人間なら、縄月がどういう家か皆知っている」

 空になった湯飲みの縁を触りながら、肆鶴は言った。

 羽生はようやく得心がいった。あれだけ聞き込みをしても梨の礫だった理由はそれだったのである。誰もが縄月家を畏れ、関わり合いになるのを避けたのだ。もし下手なことを言って恨みを買えば大変なことになると心配して。

 それは、この土地において呪術が一般に存在するものだと思われている証左に他ならない。彼等にとって呪術は現実のことなのだ。

「では、縄月もそういう呪術を使う訳ですね?」

 羽生は慎重に肆鶴の顔色を窺いながら尋ねた。有用無用は別として、彼女は警察の知り得ない多くの情報を持っている。それを引き出せるだけ引き出しておきたかった。

 しかし、そんな羽生の考えを見透かしたように、肆鶴は嗤った。

「さてね。少々語り過ぎたかもしれないな。そろそろ口を閉じるとしよう」

 頭蓋骨の入った風呂敷を片手に、肆鶴は椅子から立ち上がった。動作に無駄がないので、つい羽生も引き留める言葉を言い損ねる。彼女は、モゴモゴと口を動かす羽生を見下ろし、

「御馳走して頂きありがとう。うどん一杯分の礼は出来たかな?」

 慇懃無礼に一礼すると、スタスタと出口へと向かい始めるが、ふと立ち止まって羽生の方を振り返った。彼の顔があまりに物欲しそうにしていたからか、彼女は苦笑を浮かべて、

「半年程前に、宗一から相談を受けた。妻と娘の様子がおかしいとね。今日はそれを確かめに来たんだが……残念だよ」

 ほんの一瞬、彼女の細い眉に一抹の憂愁が見えた気がした。だが、それは幻のようにすぐに消えてしまう。あまりに僅かな変化だったので、日頃から人の表情を観察する癖のついている羽生でなければ見逃していただろう。

 意外な反応に虚を突かれていると、その隙に肆鶴はドアを開けて店外に出て行ってしまった。羽生は慌てて席を立ち、レジの老人に二千円を渡すと、釣りも受け取らずに外に飛び出した。

 去って行こうとする肆鶴の黒く小さな背中に、羽生は声をかける。

「九段さん、最後に一つだけいいですか?」

 答える代わりに、肆鶴は足を止めて振り返った。仮面のように白い貌は何の表情も浮かべていない。金縁の黒いゴーグルが、彼女の目に映る一切の感情を隠している。

 一つ大きく深呼吸をしてから、羽生は言った。

「『でれみすさいもん』は、ぐろりあのものだから――この言葉の意味が解りますか?」

 それは児童相談所で未優が口にした言葉だった。いくら調べても何を意味するのか羽生には理解出来ず、頭を悩ませている。専門家の助言が欲しいところだが、例の本の解析を頼んでいる教授からの返信はまだ来ていない。

 もしかしたら、と羽生は思ったのだ。肆鶴なら何か知っているのではないか、と。

 肆鶴は黙して何かを考えている風だったが、

「縄月家に秘伝書があると聞いたことがある。〈さいもん〉とは神仏に対する祝詞、呪文、或いは歌謡のことだが、もしかしたら、それのことかもしれない。私も実物を見たことはないがね」

 そう答えると、踵を返して、また歩き始めた。そして、歩みを止めぬまま、

「それと、〈ぐろりあ〉は人の名前だ。縄月家の先祖とされる南蛮女グロリアの」

 呟くようなそれを残して、肆鶴の姿はアーケードの向こうに消えていった。

 一人残された羽生はその場に立ち尽くしたまま、彼女の言葉を頭の中で反芻していた。

 現場に残されていた古びた書物。あれが『でれみすさいもん』なのだろうか。その所有者とされる者の名は〈ぐろりあ〉。肆鶴によれば、その人物は南蛮人、つまり外国人だという。縄月家の遺伝子にその情報が刻まれているとすれば、何かの弾みでそれが子孫に顕現することがあるかもしれない。だとしたら、未優が西洋人じみた容姿をしていることの説明もつく。

 未優は「秘伝書はグロリアの物」と言った。それは縄月家の人間として違和感のある言葉ではない。ただ、羽生の中には腑に落ちないものがあった。内容にではなく、未優の言い方に、である。

 児童相談所での、彼女のあの口振りは、まるで『でれみすさいもん』の所有権を主張しているかのようだったのだ。

 あれは、私の物だ――と。

                           

                                  つづく

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