第46話 冥土に逝けるメイド料理

 ――もうこれで何品目だろうか?


 2、3口しか食べた気はしないのだが、すでにいくつ食べたかすら判断が出来なくなっていた。


 とにかく不味い、不味過ぎる。

 いつまで続くかわからないし、なんとかしないと……。


 対策を考えようとした時、画面の端に普通にしていたら見えない色が見えた。

 

 ――赤?


 なにかの警告かと思ってそちらに目を向ければ、HPバーが3割を切り赤色に点灯していた。

 HPバーは戦闘などでHPが減った時に表示されるのだが、それが非戦闘時の今はっきりと右下に表示されていた。


 なんでHP減ってんの!?


 良く見るとHPバーの上に見慣れないアイコンが付いている。


 紫色の泡の塊みたいなマーク。よくRPGゲームで見かけるこのマークは、まぎれもなく毒状態のマーク。


 この紫色の激マズ料理を食べて毒になったとしたら……うん、納得しかない。


「ちょっと待ってて、次の料理作るから」


 今から作るなら少し休憩できるか? いや、休憩なんかしてる暇はない。なんとかしなければ数分後にまた地獄が始まる。


「食材達よ生まれ変わりなさい――ポイズン・クッキング!」


 ポイズン言っちゃったよ!

 明らかに毒ですよねそれ!?


 どこかの家庭教師の愛人ですかあなたは!?


 そして、料理は秒で出来上がった。

 普段なら両手を上げて喜ぶステーキも、紫色でドロドロした液体がかかり、ドクロマークの湯気が上がっていては食欲も無くなる。


「はい、あーん」


 エイミーさんが一口大に切ったお肉をフォークに刺して口元に近付けてくる。

 切った断面から怪しげな緑色の液体がにじみ出ていた。


 ひぃぃっ! 何が中に入ってるの!?


 もう彼女が完全に主導権を握っており、私に拒否権はない。


「ちゃんと食べないとお仕事終わりませんよ~」


 それはイコールこのクエストが終わらないことを意味する。

 早くこれを終わらせたければ食べるしか選択肢がないのだ。


「――んぐぅ」


 口の中に放り込まれた謎の肉を、あまり味合わないように舌の上から避けて噛み、ある程度すり潰したところで一気に飲み込む。


「はいどうぞ」


 なんとか気合で飲み込んだタイミングで、エイミーさんが飲み物を差し出してきた。


 一瞬、手を伸ばし受け取りかけたが、寸でのところで手を止める。だが、一度喉を飲み物で洗い流したいのも事実。


 見た目はただのレモンティーっぽい。


 恐る恐るそれを受け取り、もういっそ味わう間もなく飲み込もうと、一気に喉に流し込む。


「どう? 痺れるジュースでしょ」


 親指を立ててウィンクしてくるエイミーさん。


 それに返事をしようとしても、私の口は動かなかった。


 痺れる感覚って言うか、本当に体が麻痺して動かないんですが!?


「さぁ、次はどれにしようかなぁ」


 ま、まだ続くのか……。

 何か、何かこの状況を何とか出来る物はないの?


 痺れは意外と早く解け、周囲に助けを求めるかのごとく首を左右に振る。そして、壁際に配置されている棚が視界に入った時、そこにある一つの調味料が目に入った。


 赤い粉が大量に入った瓶。

 そう――唐辛子だ。


 辛いのはかなり得意な方なので、辛さで不味さを誤魔化せないだろうか?


「はい、あーん」


 もう何度目か分からないエイミーさんの試食。

 差し出されたフォークの先には、ドロドロした紫色の液体が滴ったジャガイモのような物が刺さっていた。 


「自分で食べるわ」


 彼女から差し出された物は無視して、私はお皿の方を手に取りその上に唐辛子を大量に振りかける。


 赤い粉で盛り付けられていた物が見えなくなったところで、自らそれをフォークで一つ取って口に運ぶ。


 辛ッ! ――マっズッ!


 一瞬辛さしか感じないと思ったのだが、その後結局不味さが追いかけてきた。


 不味さに加えて辛さで意識が朦朧としてくる。一体なんで私がこんな目に――そもそも、味見っていうのは作った人がするものでは!?


「どう? 美味しい?」

「――私だけじゃ不公平ですよね?」


 ニコニコ顔で聞いてくるエイミーさんに、私は赤と紫で染め上げられたジャガイモを一つ取って彼女の方に顔を向ける。


「え、あれ、新人ちゃん顔が恐いよ?」


「そんなことないですよ。エイミーさんにもちょっと味見して欲しいなぁって思ってるだけですから」 


「いや、私は別にいいかなぁ……それに私辛いの苦手――んぐっ!」


 適当な言い訳をして断ろうとするエイミーさんの口に、問答無用でジャガイモを突っ込む。


「辛っ! 辛ぁッ! 水、水ぅー!」


 不味さと言うよりも辛さで苦しむエイミーさん。


 これを不味いと感じないのもヤバイ気がするが、やはり味覚がイカレてるんだろうか?


「さぁ、次はこれにしましょうか」 


 テーブルの上を見回すとピザを見つけた。当たり前のように――いや、当たり前と感じるようになっている時点で、かなり私の頭もおかしくなっているのかもしれないが、ピザの色も他のと同じ紫色だ。ドロドロになった紫色のチーズがかなり不気味である。


 私はその上に真っ赤になるほどタバスコをかける。


 そして、それを先に一口。


 ――うん。さっきの辛さと不味さで、もう私の味覚は壊れたかもしれない。


「はい、エイミーさんあ~ん」


 仕返しとばかりに先程のエイミーさんと同じように、彼女の口元にピザを運ぶ。

 逃げようとして彼女は後ずさるが、すぐに背中が壁についてしまう。


「嫌、嫌、嫌……いやぁぁぁぁっ!」




「エイミー、新人の調子はどうだ?」


 私がここに連れてこられてから、どれくらいの時間が経ったのだろうか――突如厨房の扉が開き、私をここに連れてきたメイドさんが姿を現わした。


「もうポイズン・クッキングしないんで許してください!」


「次はこのハバネロ・エベレストにしましょうか」


 土下座して懇願するエイミーさんに、もはや何を言っているのか分からない私の図。はたして急に来たメイドさんにはどう映ったのか?


「あ、マリー! 助けてマリー。もう十分だから! もう手伝いいらないから早くこの子連れてって!」


 まるで私がなにか酷いことをしたかのように訴えるエミリーさん。


「さぁ、エミリーさんあ~ん」

「ぎゃぁっ! マリー早く! もうこれ以上は私無理だから!」


「あ、あぁ……」


 全く状況が飲み込めないといった感じのまま、マリーさんは私をエミリーさんから引き剥がし、元のお城の入り口まで移動した。

 

 そこでふと覚醒したかのように意識が戻る。


 今までのは夢? なわけはないか。思い出そうとすると吐き気をもよおす。


「エイミーがあそこまで怯えるとはな。一体何をしたんだ?」


「はは……なんでしょうね。どうも記憶が曖昧で……」


 適当にはぐらかす私をマリーさんは特に追及もせず、懐から一枚の封筒を取り出す。そして、それを私に手渡して来る。


「まぁいい。これはお前が働いた分の給料だ、受け取れ」


「ど、どうも」


 封筒には糊付けはされておらず、口を広げて中身を取り出す。が、一枚の白い紙を取り出したと思ったのだがそれは途中で消え、代わりにいつものメッセージ画面が現れた。


『パッシブスキル:鋼の胃袋

 体内に悪影響のある食物を摂取しても全て無効となる。』


 全て無効と聞くとすごいと感じるが……発動する機会あるの、このスキル?


 メッセージに触れると、続けて次の画面が現れる。


『パッシブスキル:冥土料理を超越した者

 冥土に逝けるメイド料理を乗り越えた者の証。状態異常:毒耐性+150%、状態異常:麻痺耐性+150%』


 耐性が付いたらアレが美味しく感じられるんだろうか?


 いや、もう二度とあんなのは食べないけどね!

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