逆高校デビューした彼と高校デビューした彼女

丸山新

第1話







 学校という社会には一般的にはカーストというものがある。

 簡単に言ってしまえば、陽キャが上で陰キャが下だ。


 そして俺ーー山井颯太は小学生の時からどちらかと言えば陽キャに入るのだと思う。


 陽キャは教室でわいわいと話したり、遊びにも沢山誘われて楽しい……はずなのだろうが俺はどうにもそれが面倒くさくなってきてしまっていた。

 人に合わせて話したり、誘われた遊びに行かなかったら感じ悪いなという空気になるのも好きではなかった。


 いつも内心では、教室の隅で気楽に本を読んでいる陰キャが羨ましかった。


 だから、高校では陰キャになろうとそう決めていた。いわゆる逆高校デビューである。


 高校は、同じ中学の知り合いは誰も受けないであろう、県内一の進学校を志望校に選んだ。部活でやっていたサッカーの為に一定期間で切っていた髪を放置させて前髪で目元まで隠れるように調整し、伊達眼鏡を装着。


 鏡に写る自分の姿を見てを確認する。

 うむ、実にモブっぽい。


 今日は高校の入学式である。さあ、ここで俺の陰キャとしての地位を確立するのだ!! 


 完全に準備万端である。




 一階に降りると、妹の柚葉が制服の上からエプロンを着て白ご飯をお茶碗に装っていた。母さんもその横で後片付けをしている。柚葉は家族の目から見てもかなりの美少女だ。ポニーテールを揺らして、ちょこちょこと動き回るその姿は可愛らしい。



「柚葉、母さん、おはよう」



「おはよう」



 と母さんは何事もなく返したが、柚葉は違った。



「お兄ちゃんおはよう! ってホントにその格好で学校行くの!?」


「おう! 中々モブっぽいだろ?」


「えー、普通にしていった方がいいんじゃないの?」


「いやぁ、もうメンドくさいしなぁ……」


「……そう……だね。暫くはその方がお兄ちゃんにとっていいかも…………」




「2人ともー、もうそろそろ食べ始めないと学校間に合わなくなるわよー!」


「「やばっ」」



 既に朝食の並んだテーブルへと直ぐに向かった。







「「ごちそうさまー」」



「はーい、柚葉は時間、大丈夫そうだけど颯太は本格的にヤバそうね……。後片付けはしておくからもう早く行きなさい」


「えっ、もうそんな時間!」



 遠い高校を選んだ弊害が早速出てきた。最寄り駅からあと8分で出発する快速に乗ってギリギリ間に合うか間に合わないかというところ。



「分かった! 明日は当番変わるから今日はお願い!! 行ってきまーす!」



 はーいという二つの声を背中に受けて、鞄を肩に提げて駆け足で家を出た。


 駅に向かって真っ直ぐに走る。


 まだ春で本当に良かったなと思う。もしこれが6月以降なら汗だくで学校に行かなくてはいけなくなってしまう。時間には中学の時以上にルーズになっておいたほうがいいかもしれない。


 それから6分程で駅にたどり着き、最後の快速に乗ることが出来た。


 この駅は始発の駅だからか人は多いものの、座ることが出来る。後は50分程電車に揺られれば自然と着く。



「ふぅー」



 と一息ついたところに、



「はぁはぁはぁ」



 と盛大に肩を上下する少女が乗り込んできた。



 電車通学する者からすればそれはよく見る光景だろう。珍しくもない光景。


 それなのに何故俺が注目していたのかというと、その少女はかなりの美人だった。柚葉に勝るとも劣らない。

 ロングの黒髪に白磁のようなきめ細やかな白い肌。


 そんな少女が俺の正面に座りこんだ。


 その時に、少女の着ている制服に気がついた。



 あれ? もしかして同じ高校……。



 向こうも正面に座る俺の制服に気がついたようで目を一瞬見開いた。



 多分、以前の俺ならここで話しかけていただろうが、ここはぐっと我慢だ。俺がなりたいのは陰キャである。


 あの陰キャの必殺、話しかけるなオーラを出す為にスマホにイヤホンを刺して、耳に装着。


 あまり曲をずっと流すのは好きでは無いため、なんの音も発していないが、陰キャとしては充分機能する。


 それが功をなしてか全く話しかけようか悩んでいたらしい彼女は50分間1度も話しかけることはなかった。



 やがて学校の最寄り駅に着く。


 もう人がどんどんと電車に乗ってきていて、チラホラと同じ制服を来た者たちが増えてきていた。


 それらが一斉に降りるものだから駅はかなり混雑していた。それは走ることはおろか通常の速度で歩くのも難しい程だ。



「次からはもうちょっと早く出て時間ずらした方がいかもな……」



 人の波に流されながらもなんとか改札のある階に辿りつきて、一息ついた時。



 どん、という鈍い音と共に誰かが横からぶつかってきて、その衝撃でよろめく。


 相手もその反動でよろめき、尻もちをついた。



「ごめん! 大丈夫?」



 相手に手を差し出して、相手を見やると、それは先程電車に乗っていた美少女その人だった。



「こちらこそ、こっちがぶつかってきたのにごめんね。それで……えっ!?…………」



 向こうも謝罪を口にしこちらを見る……が直後、彼女の挙動が制止した。



「あ、あれどうしたの?」



 不審に思って彼女をずっと眺めていると……。



「山井颯太……」



 ん? 彼女の口から俺の名前が出たような気がしたようなしてないような?


 落ち着け、いやいやまさかそんなハズはない。ここは落ち着いた対応を……。



「ん? 誰かと勘違いしてる? 俺はそんな名前じゃ……」「眼鏡……」


「えっ?」



 そこで自分の眼鏡が彼女の近くに落ちていることに気づいた。



「あ」



 いやいや、別に名前知られたからって何か支障があるわけじゃないし? いや、そもそもなんで俺のことを知って……。


 床にメガネの近くに手帳らしきものが落ちている。恐らく彼女が胸ポケットに入れていた物だろう……。外見から考えれば、入学式前に配られた学生手帳だろう。


 本人は落ちたことに気付かずにこちらを呆然と見つめるばかり。……多分俺の変化に驚いているのだろう。


 ここは親切に拾ってあげようか! その時ちょっと名前が見えてしまっても事故だよね……。


 そう思いメガネを取るとみせかけて手帳も一緒に持ち上げる。



「どれどれ……辻本時雨?」


「あっ! 返して!!!!」



 確信犯的に手帳を拾って名前を確認するや否や鬼気迫る様子でひったくられた。



 その顔は何処かに見覚えがあって……。


 辻本……時雨…………………………あっ!?



「同じ中学の三年のクラスが一緒だった辻本時雨!?」




 間違いない彼女は……。





 高校デビューだ。



















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