第五話 勘違い

 リューリク 南洋艦隊地上司令部


「敵は主力艦隊をあらかじめ北へ逃がしています。航空部隊も確認されていません。おそらくは決戦を避けて、遅滞戦闘を展開しつつアウグスティヌスを放棄し、背後の山岳地帯まで後退後、そこで食い止め持久戦に持ち込むつもりかと」

「了解。アウグスティヌスは止まり木に過ぎん。都市の防備さえ固めればそれで構わない。本命はあくまでラティウムだ。だが注意だけは怠るな。例の報告書を読んだだろう? 相手が急にとち狂わないとも限らん」

 司令官のコンソールの後ろでオブザーバーとして様子を眺める総統は、艦隊上層部に対しそう指示をして、別の箇所の見学に赴く。



 一見してルーシの圧倒的有利に見える状況だが、彼らにも懸念点はあった。


 一つは艦艇の防御力についてだ。


 異界人達七人はそれぞれ全く違う世界から来ており、異界人がどのような世界から来たかで各国の兵装は大きく異なっている。


 ルーシ軍はミサイルや航空機によるロングレンジ攻撃を主眼に置いており、防衛面も防御力を向上させ敵の攻撃を受け止める受動防御ではなく、攻撃を迎撃する能動防御が主である。よって他国と比べ対空兵装こそ充実しているものの、装甲防御はかなり薄くなっているのだ。

 一応沿岸への接近を想定している揚陸艦とその護衛は、空母やミサイル母艦などに比べれば頑丈な造りになっているものの、装甲技術が未発達なせいで満足とは言い難かった。



 もう一つの懸念点は敵の指揮をとっているであろう異界人、アユミ・ウシオにあった。



 事物の判断基準が不明で次に取る行動が想定できない為、常に特別な注意を払う必要があるものと考える。



 ルーシが誇る総統直属の諜報機関、総統府公安機密局が纏めた彼女についての資料は、このような一文で締めくくられていた。


 彼女の脳内は完全なブラックボックス。想像だにしていなかった一手が飛んできてもおかしくはないというわけだ。


「AD-78、左舷に触雷! 浸水も損害軽微! 敵機雷原に突入した模様です!」

「AD-22、底部に触雷確認! こちらも浸水発生!」

「進撃を一旦停止! ブリーフィング通りSD-46とSD-93を先頭に回し掃海ネットを張れ! 揚陸艦の触雷を許すな!」



 アドリア軍も為す術なしという訳でもなく、湾の入り口に機雷を敷設していた。しかしこれくらい予想の範囲内で、事前の手はず通りに掃海ネットを搭載しているSD級二隻を先頭に出し進撃を再開する。





「状況はどうだ? 駆逐艦にかなり被害が出ているようだが」

「事前の予想よりも機雷の数が多く、揚陸艦を最優先している為、致し方ありません。しかしなおも八十隻以上の駆逐艦が無傷なので、今後の作戦行動への支障はないでしょう」


 突貫の掃海による強行突破を開始してから十五分。南洋艦隊はジワジワと損害を増しつつあった。既に駆逐艦十二隻が触雷し、内三隻は大破で自力航行が不可能となっている。


 しかし、上層部からすればそれくらいの損害は許容の範囲内である。百隻近い明らかに過剰な数の駆逐艦を用意した理由は、つまるところ予備としてだ。

 ルーシの国力があってこそ成せる技と言えよう。



「岸まで五キロメートル。そろそろ上陸艇を出すか……」

「報告! 超低空で接近する敵航空機を確認! 映像出します!」

 上陸艇を展開するタイミングを図っていた南洋艦隊司令官レリヤフ大将に耳にオペレーターの声が飛び込む。


 司令部前方の大型スクリーンにはまさに海面を舐めるように飛ぶ航空機とおぼしき飛翔体が映し出された。


「いや、司令、これは飛行機じゃありません多分水面効果翼機です!」

「飛行機じゃなかろうと敵は敵だ! 対空戦闘用意! 迎撃せよ!」

 航空機ではなく水面効果翼機であると参謀は指摘したが、司令官は低空飛行する航空機との相違点はないと踏んだ。



「ほう。これが噂に聞くアドリアの水面効果翼機か」

「はい。大小の機関砲を三門搭載しており、高速移動する対空砲とも言うべき兵器です。魚雷も装備しており対潜戦闘も可能とのことで、沿岸警備や艦隊戦の補助をこなすものと思われています」

「しかしアドリアの異界人もなかなか面白い世界から来たらしいな。私の故郷では水面効果翼機なんて構想段階で終わったものだっていうのに。あんなものをどう実用化したっていうんだ」


 だが司令官とは違い、総統はこの兵器に興味を惹かれたようだ。それそのものというよりは、それが実用に至った環境と言った方がいいかもしれない。


 しかし彼は二つほど大きな勘違いをしていた。

 一つ目は、アドリアの異界人の故郷において、水面効果翼機が実用化されていたと認識していたこと。


 そして二つ目はこの水面効果翼機が対空、対潜戦闘を主任務とするものだと認識していたことだ。



 ここで重要になるのが後者の勘違いを総統のみならず艦隊上層部が共有していたということだ。



 AD-22 指揮室

「艦長! バラストの調整完了しました」

「了解。よくやった」

 底部に触雷し浸水も発生した駆逐艦AD-22だが、艦長以下乗組員の冷静的確を極めた対処により、涼しい顔をして航行を続けていた。


 このAD-22、半年ほど前にラティウムの工作員により沈没させられかけたことがある。


 右舷の底部に複数穴を開けられた艦の傾斜は一時百二十度にまで達したものの、乗組員の決死のダメージコントロールと復元作業、艦橋が小ぶりな上に埋め込み式の武装が多い為重心が低く転覆に強い設計、外洋演習を控え燃料が満タンで復元力をフルに発揮できた幸運などに助けられて沈没を免れたという凄まじい戦歴を持っている。


 そんな大惨事を経験した乗組員達からすれば、多少の浸水など何のこともない。


「報告! 敵航空機多数が低空で接近! な! かなりの大型機です! 輸送機に匹敵するサイズ! 例の水面効果翼機かと思われます!」

「対空戦闘用意!」

 索敵担当からの報告に、艦長のレナート・ティムール中佐は即座に命令を下す。


「報告! 敵地対艦ミサイル多数接近!」

「こちら司令部より各艦へ、対空迎撃においては地対艦ミサイルを優先して迎撃せよ」

 この二つの連絡が艦長の耳に入ったのはほぼ同時だった。


 アドリア軍が湾内のあちこちに巧みに隠蔽していた対艦ミサイルが一斉にルーシ艦隊へ放たれたのだ。

「目標、敵対艦ミサイル! 各班攻撃始め!」


 艦長の号令一下、AD-22の甲板からは対空ミサイルが次々飛び出し、艦橋からは妨害電波が放たれた。


 AD級は対空防御に特化した型で、このような航空戦が本業と言える。そのAD級を多数含む駆逐艦九十隻近くが一斉に対空戦闘を開始する様はまさに圧巻と言える。


 だがアドリア軍も負けてはいない。迎撃を妨害せんとばかりに水面効果翼機がルーシ艦隊の対空ミサイルへと対空射撃を開始したのだ。

 更にそれを阻止すべく、ルーシの艦載機が水面効果翼機に襲いかかる。


 空中戦は一秒ごとに熾烈さを増していった。



「目標三発のみ撃破! 残り二発なおも接近!」

「そちらは速射砲及び機関砲で対処、ミサイルは新たな目標の選定、撃破に努めろ!」

「弾種近接信管撃ち方始め!」

「目標二七、撃て!」


 空中戦の熾烈さと比例するようにAD-22の指揮室も多忙を極めたものとなっていった。

「目標一発撃破! 次弾照じゅ……な!」


 そして、四発目のミサイルを撃破したその時、地響きのような轟音と揺れが指揮室を襲った。


 それらは数秒と経たずに収まった。

「報告! レーダーオールダウン! 通信とデータリンクもダメです! 艦橋上部が破壊されました!」

「なんだと! 急ぎ予備回線開け! 通信だけはなんとしてでも回復させろ!」


 しかしルーシ艦隊を待っていたのは信じがたい光景だった。

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