第三話 一報

 アドリアきっての温泉地として有名なバッシアヌ、湯治客で賑わう街の広場で、軍服を身に纏い准将の階級章を付けた少女と、現地の子供と覚しき少女とがベンチに並んで座っていた。

「アユミおねえさん。おねえさんみたいなすごい兵器をつくれるようになるにはどうすればいいの?」

「うーんそうだねー。まずはこの『超機動海軍論』を読んでみるといいよ。次はこの『第三次機関砲大口径化計画』……いや『山岳機甲運用に関する考察』……『大型機による対艦急昇攻撃の実現性の証明』も捨てがたい……」


 鞄から次々と紙束を取り出して目を輝かせる幼女の前に積み上げる少女の背後から、私服姿の若い茶髪の女性が笑顔でにじり寄る。

「局長?」

「うわっ! ってなんだマリアか。驚かせないでよ」

 彼女の名はマリアーナ・トファーノ少将、若年ながら兵器局副局長の地位にある女性である。


「ダメですよ局長。こんなかわいい子に自分の書いた論文読ませようとするなんて」

「何を言う、これは決して私の邪な趣味の為ではなく御国の為の……」

「ダメです。もっと優しいものから始めなきゃいけませんよ」

「だけど私の故郷には良薬は口に苦しという故事があって……」

「ダーメ。わかりましたね?」

「……はーい」

 慈母のような表情と声音で重圧を放つ彼女に折れ、少女は頬を膨らませながらも紙束を鞄に突っ込んだ。


「ごめんね。そうだ、代わりにこれあげるね」

 代案を思いついたマリアーナは財布から図書カードを取り出し幼女に手渡した。


「このカードを持って本屋さんに行って『乗り物の図鑑をください』ってお願いしてみて」

「のりもののずかんだね。わかった。ありがとう大きいおねえちゃん」


「いっつも思うんだけどなんで財布に図書カード常備してるの? 部下の教材費を持ちたいっていうのは分かるんだけど別に現金でよくない?」

 図書カードを大事そうに持って去って行く幼女を尻目に見ながら少女がそう質問する。


 この副局長はよく部下達に、勉強に使って欲しいとに図書カードを渡しているのだ。


「だって、現金だと品がないじゃないですか」

「品性ねぇ……よくわかんない」

「まあ人には誰しも理解できない事があります。私だってなんであなたが准将の階級章をつけてるのか理解できません」

「えーだって准将って響きがかっこいいじゃん」


 この少女、謎のこだわりで准将の階級章を付けているだけであって、その正体はアドリア軍務省次官兼同兵器局局長兼軍令部参謀長兼海軍司令長官兼地上軍総司令部首席作戦参謀アユミ・ウシオ大将その人であった。

 いたいけな幼女に自身の書いた珍兵器開発用論文を読ませようとする者など、大陸広しと言えど彼女くらいしかいない。



「そういえば今思い出したんですけど図書カードって局長の発案ですよ?」

「ああ、あれね。そんなものがあったなーってポロッと口にしたら学務官が凄い勢いで食い付いてきて、気付いたらこうなってた」

「なるほど。そういうことでしたか」


 そしてこのマリアーナ・トファーノも、軍内に数人いるアユミのストッパー役の中でも最強と目されている人物であった。


 アユミが度が過ぎることを始めれば、マリアーナが宥めて修正案か代案を出す。

 兵器局で休暇に来たはいいものの、局長と副局長のやることは変わりそうになかった。


「ん、誰からだ?」

 突如、アユミの携帯からコール音が響く。それは普段使いの電話機能ではなく、秘匿通信用の回線を使用してのものだった。


「ああ、私だ。……わかった。すぐに戻る。とりあえずFA1を頼めるか? その上で防空隊は空中待機。補助艦艇にも念のため海上待機を。アウグスティヌスを狙うとは思うが念のためだ。機雷敷設も怠るな。あと予備役は招集しなくていい。長期戦になるから温存しときたい。ただ用意だけはしていろと呼びかけてくれ。ああ以上だ」



「いったいどうしたのですか……?」

 今までにない厳しい表情で応対するのを見て、マリアーナがおそるおそる尋ねる。


「どうもこうもない、休暇はお預けだ。ルーシ艦隊が鼻先こっちに向けた、開戦もありうる。アウグスティヌスに戻るぞ!」



 降誕歴 一五二五年九月二〇日午後、ラティウムを目指し西へ進んでいたルーシ南洋艦隊は北へ方向転換、アドリア首都アウグスティヌスを目指すコースを取った。

 これに対し、アドリア商業連盟の国家元首、ヴァレンテ・ボルゴノーヴォ首席国務官は軍からの要請を受け第一級戦備体制、通称FA1への移行を宣言。


 大陸は大きく揺れ始めた。

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