第5話

「こんな天使みたいな子を手放すなんて、あの事務所も馬鹿だよなあ」

 須藤はそう言いながら母に近づいた。

 母は最初は須藤を警戒したが、すぐに心を解いた。

 芸能界に母の味方はいなかった。須藤は唯一の味方になってくれると言うのだ。

 拒否する権利は母にも、私にもなかった。

 私は十二歳になっていた。来年は中学にあがる。

 そろそろ結果を出さなければ、この世界での未来はない。

 須藤は焦る私と母の気持ちにうまく滑りこんできた。

 ある夜、新宿の高層ホテルで三人で食事をした。

 いつにない豪華な食事に幸子は身構えた。おかしい。須藤はケチな男だ。何かある。

 食事を終え、母が席を立つ。

 幸子もすぐに席を立った。そんな幸子の肩に母が手を置いた。そして、ぐいと強い力で押し下げる。

 幸子のまだ細い肩は悲鳴をあげそうになる。顔を見ると、母は笑っていた。

 幸子は仕方なく着席した。

「今後についての話があるから」

 須藤はそう言って、幸子を上階の部屋に誘導した。

 ついに来た。

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