第17話 ~示された条件~

「じゃあ、次はわたしとウィルくんの番ですね。不知火くんは待機でお願いします!」


「了解」


 短く返事をすると、俺を残して二人の姿が消え去った。待機空間ステイルームに取り残された俺は、部室と同様に配置されているこたつ机へと腰を下ろす。


 壁際に設置されている大きなモニターへ目を向けると、さっきまで順番待ちだった白雪が見ていたのか、戦闘空間へ転移した二人の様子が映し出されていた。


 ひとまずは全員の力量を把握するために、体力無制限の練習モードで一対一を繰り返している。ウィルとは一戦だけでも決闘形式で試合をしておこうと考えていたのだが、白雪が断固反対したので断念。


 結局、俺が対戦相手にトドメをさせないことは口頭で説明した。『因果の鎖か……然るべき運命で君は呪縛に打ち勝つだろう』などと理解不能なことを言われたが。


 しかし、言動こそふざけてはいるがFBプレイヤーとしての実力には目を見張るものがあった。特筆すべきは戦術の豊富さだ。


 基本的にFBプレイヤーは戦闘スタイルを絞って練度を高める。その数は多くても三つ程度。その理由は単純明快。特化して極めたほうが強いから。


 特に仮想空間特有であるシャルムを上手く扱うには相応の練習時間が求められる。それ故に複数の戦術を高水準で使いこなす『オールラウンダー』は稀にしか存在しない。


 驚きくべきことに、ウィルは既に四種類の戦闘スタイルを俺たちに披露している。しかもなんちゃってオールラウンダーとは違い、その一つ一つを十全に自分のものとしていた。


 相応の時間をFantasy Battleに費やしているはずだ。少なく見積もっても数年。


 だからこそ理解に苦しむ。春休みに始めたばかりの白雪はともかく、何故わざわざFB部のない峯ヶ崎学園へ入学したのだろうか。


 FB強豪校であっても、十分に団体戦メンバーを担えるはず――それほどの実力を有していながら、どうして。


 白雪とウィルの戦いをぼんやりと眺めながら思考を巡らせていると、ピコンピコンと軽快な電子音が直接脳内に伝わってきた。視界に表示されたコール主の名前を確認してから、そのまま着信に応じる。


『……わたしを放っておくなんて、いい度胸しているわね颯』


「ようやくお出ましか、陽姉」


 電話相手の陽姉は感情を隠そうとせず、不機嫌な声色で不平を口にする。だが、不満を抱いているのは俺も同じだ。一方的に被害者面はさせるものか。


『あなたねえ……人を待たせておいて、よくもまあいけしゃあしゃあと』


「お互い様だろ。よくも羽美に情報を横流ししてくれたな」


『な、何のことか身に覚えがございませんでしてよ? ……話が違うじゃないのよ、羽美ちゃん』


「全部聞こえてるぞ。リアテンドの収音能力を甘く見ないことだな」


『チッ……文明の利器による弊害がこんな場面で立ちはだかるなんて……』


「教師が舌打ちするな」


『今はただの従姉弟だからいいんですぅ~』


「ちなみになんだが、俺はスピーカーモードで話している」


『はぁ!? 何して――ッ……いるのかしら。あなたたちに話があるから、さっさとログアウトしなさい』


「ま、ここには俺しかいないけどな」


『あなた、人をおちょくるのも大概にしなさいよ!?』


 簡単に気を抜く方が悪いと言いたかったが、これ以上追い詰めると激高しかねない。陽姉は見た目通り? 根に持つタイプなので、適度なタイミングで手を引く必要がある。長年の経験というやつだ。


「とにかく、全員で現実リアルに戻ればいいんだな?」


『……そうして頂戴。まったく、無駄に気疲れしたわ』


「ご苦労様」


『誰のせいだと思っているのよ、誰の!』


「身から出た錆だ。とりあえず、すぐに戻るから待ってろ」


『はいはい。それじゃ、よろしくね』


 ブツリという切断音と共に、陽姉との通話は途切れた。仮想空間でも通話に対応できるのはリアテンドのメリットなんだが、相手の声が頭に響く感覚は慣れないな。


 それはさておき、白雪たちを呼び戻すべくメニュー画面を開き、戦闘空間へと音声を接続する。


「二人とも聞こえるか?」


『あれ、不知火くん? どうかしましたか?』


「暁先生から連絡があった。部室で待っているみたいだから、試合を中断してログアウトしてくれ」


『わっかりました~!』


『ふっ、承知した』


 了承の意と共に、モニター越しに映る二人の姿が消え去る。それを見届けてから、俺も後を追うようにログアウトを選択した。


 ◇ ◇ ◇


 没入装置の扉を開いて身体を起こすと、先に現実へと戻った白雪とウィルがこたつ机を囲っていた。二人は俺の位置から見て左右に陣取っており、正面には言わずもがな、陽姉が腰を据えている。


 落ち着いた雰囲気を醸し出す為か、はたまた自身を落ち着けるためかは分からないが、陽姉は優雅にお茶をすすっていた。


 余裕たっぷりの見栄はそのままに、俺を一瞥して『早く座れ』と視線だけで強要してくる。……まあ、陽姉の面子もあることだし、ここは素直に従ってやるとしよう。


「それで、話ってなんですか? こうして全員を集めたってことは、部活動関係なんでしょうけど」


 残された空席――陽姉の正面に腰かけながら、さっそく本題に入るよう促す。この一か月で見慣れたスーツ姿の担任教諭は、ゆっくりとした動作で湯飲みを机に置くと、あくまでも冷徹を装ってなんでもない風に話し始めた。


「ご明察ね。……結論から言うと、FB部の申請は学校側に認められなかったわ」


「な――ッ!? どうしてですかッ!? ちゃんと校則通り部員を集めたのに!」


 白雪はバンッと大きな音を立てて机を叩き、腰を浮かせて抗議する。しかし教師モードにスイッチが入っている陽姉は動じることなく続ける。


「順を追って説明するから落ち着きなさい。悪い話ではあるけれど、それだけじゃないから」


「……わかりました」


「よろしい。最初に確認するけれど、一度FB部が廃部になっているのは知っているわよね?」


「はい。この部屋も昔の部室そのままなんですよね?」


「ええ。……ただし、部として存在していた期間は三年だけ。廃部となった理由は、大会で全く結果が残せなかったから――という名目で処理されているわ」


「名目?」


 陽姉のやけに含みのある言い方に、小首を傾げる白雪。彼女は見当もつかない様子だが、俺には心当たりがあった。


 身近な人間に、似たような境遇の奴がいたから。


「ここだけの話にして欲しいのだけれど……実は廃部にさせられた年から学園の理事長含めた上層部が入れ替わっているの。今のトップは極端な反仮想派アンチバーチャリスト。皆まで言わなくても分かるわね?」


 ――反仮想派アンチバーチャリスト。リアテンドの台頭と同じくして、急速に広がりを見せた思想である。


 自分が理解できない『未知』を異物とみなし、極端に排除したがる人間というのはいつの時代にも一定数存在するようで、画期的な技術を包含していたリアテンドはそういった層に奇しくも異物として認定された。


 あまりにも『現実』を再現しすぎている、まさにもう一つの世界と呼ぶに相応しい仮想世界への逃避。視界に直接映像を映し出すことによる人体――特に脳への悪影響。


 この二つが反仮想派の主な攻撃対象となった。他にも言いがかりじみた難癖が数多くあったようで、しばらくの間は社会問題として連日メディアに取り沙汰されていたそうだ。


 今となっては当時ほどの勢いは無くなっているみたいだけれど、だからこそ残っている反仮想派の意思は固く、確執は根強い。


「公式の理由とするのは学園のイメージダウンに繋がりかねないから、表向きは成績不振で処理したってことか」


「汚い話、私立の学校なんて人気が命だから。上層部の一存で学生の活動が制限されているなんて、バレるのは都合が悪いわけ。……今回も、ね。だから、部活動認可の為に条件を提示されたわ」


「……条件?」


「連休の最終日に他校との練習試合を組むから、それに勝利する。これがFB部設立の条件よ」


 なるほどな。過去に成績不振で廃部になった流れを汲むと、話の筋としては妥当なラインか。要は実力を示せということだが……


「状況は理解しましたけど、対戦相手の高校は決まっているんですか?」

 

 話の肝について、陽姉へ問いを投げ掛ける。学校側の思惑からすれば、中途半端な相手を用意するはずがない。相応の強豪校をぶつけてくるだろう。FBはオンラインが対戦可能なので、遠方の高校という可能性もあるが……どうにも嫌な予感がする。


「確か牙城高校……そこに申し込むと言っていたわ」


「……マジかよ」


「ふっ、僕らの輝かしき第一歩の供物としては上等じゃないか」


「え、え? 有名な学校なんですか?」


 落胆、高揚、困惑と三者三様のリアクション。そもそもFantasy Battleに詳しくない陽姉と白雪はピンと来ていないようだが、ウィルは相手の実力を理解したうえで満足気に頷いている。


 牙城高校は全国大会へ繋がる予選大会の突破率もそれなりに高く、この近辺では一番の強豪校と考えて間違いない。ただ、問題なのは実力よりもむしろ校風と化した戦術の方で。


 俺の知る限り、牙城高校のプレイヤーはほとんどがオールラウンダーで構成されている。オールラウンダーの利点としては、対戦相手の戦術に応じて有利な戦型を選択できることが挙げられるが、牙城高校はこのメリットを徹底的に突き詰めていて。


 対戦相手の弱点を突く。それもFBに関係のないことまで含めて。


 あの手この手で情報を仕入れ、揺さぶり、なぶる。番外戦術と呼べば聞こえは和らぐが、人格攻撃に近いことまでやっているという噂さえ流れていた。


 実際問題、モラルさえ無視すれば効果的ではある。FBの強さとはメンタルの強さ。心が揺らげばスキルの制御もままならず、アバターの動作も鈍くなる。


 ――俺がそうであるように。


「色々な意味で有名な学校だ……けど、考え方によってはこのタイミングで良かったかもしれないな」


 なにせ部として認められてすらいない状況である。ウィルはどうか知らないが、公式試合のデータがない俺と白雪の情報を入手するのは困難だろう。


「んん? どういうことです?」


「後で詳しく教える。先に聞くべきことを確認しておきたい。先生、試合の形式は決まっているんですか?」


「ええ。こっちの人数に合わせて、メンバーは三人で統一。一対一の勝ち抜き戦って話よ」


 ……実質三対二だな。かといって拠点攻防戦のような作戦が肝心なルールだと、連携含めて練習時間が圧倒的に足りない。白雪とウィルの実力を鑑みれば、勝算のある形式でよかったと考えるべきか。


 白雪の戦術は初見殺し力としての性能は高いが、手の内がバレてしまうと対処自体はそう難しくないだろう。対してウィルの実力は未知。さっきの手合わせでは俺と互角だったが、掴み所のない奴だ。まだまだ隠している引き出しがあるはず。


 となると白雪で一勝、ウィルで二勝が現実的だな。


「それで、改めて聞くまでも無いかもしれないけれど、この条件を呑むってことでいいいわね?」


「当然ですッ! 絶対に勝って、わたしはFBを続けなきゃいけないんですから!」


 白雪は声を大にして、力強く宣誓する。まるで自身に科せられた使命のように。


「あとの二人も異論はない?」


「まあ、俺に選択権はないからな。白……姫様に従うさ」


「ふっ、流石は王子。美しき従僕の証明だね。ああ、僕も姫に賛成するよ。この身は所詮、導かれた迷える子羊。姫が示し、照らした標を辿らせてもらうさ」


「……王子? 姫? あなたたち、高校生にもなって、そんなごっこ遊びに興じているの?」


「先生違うんです! 二人が勝手に言ってるだけで、わたしは痛い子じゃありませんから! というか、不知火くん結構楽しんでますよね!?」


「俺は欲望に忠実なだけだ」


「くぅ……堂々とし過ぎていて、むしろカッコいい……」


 ぐぬぬと唇をかんで悔し気にする白雪を他所に、話は終わったとばかりに陽姉が立ち上がった。


「あなたたちの意思は分かったわ。試合開始時間は追って連絡します。……せいぜい頑張りなさい」


 努めて冷ややかに、素直じゃない応援の言葉を残して陽姉は部室を後にした。


「暁先生って、口調は厳しいんですけど絶対に優しい人ですよね」


「……そうだな」


 今回の件に関しても、陽姉が俺たちの味方をするのであれば、学校側からの悪印象は避けられないだろう。連絡役に徹しているようにも見えるが、裏では部活動の不認可に噛みついたに違いない。


 俺の知る陽姉はそういう人間だ。理不尽を許さず、自身の正義を貫く。


 ……普段は結構抜けてるけどさ。


「んん~、っと。とにかく、わたしたちのやることは変わりませんよね?」


 おもむろに立ち上がり、大きく伸びをしながら白雪は不安なんて微塵も感じさせない様子でにこやかに確認してきた。


 こういうふとした瞬間にも、白雪の芯の強さをひしひしと感じる。実力に裏付けされた自信なんかじゃない。


 何とかしてやるって、どこまでも前向きな気持ち。それこそが彼女の原動力。


「まあな。練習して、今できる万全の状態で挑むしかない」


「ですよね! よし、だったら練習を再開しましょう! ほら早く早く!」


「わかったから、腕を引っ張るな」


「ふっ……美しいね」


 俺を没入装置へと引きずる白雪に、妙な感想をこぼすウィル。我が強くてちぐはぐなメンバーだけれども、上手くやっていける気がする。自然とそんな感情が込み上げていた。


 ――気楽に、気軽に、楽観的に。

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