第12話 ~遭遇~

「ん? 颯、誰かに呼ばれてない?」


 立ち位置的に白雪を視認できていない羽美が、ひょこっと身体をずらして声の聞こえる方を覗き見る。


 そこでようやく、白雪からも羽美の姿が見えたのだろう。あからさまに驚いた表情へと切り替わったかと思えば――


「な――へぶっ!?」


 デジャビュを覚える断末魔と、頭を打ち付ける鈍い音。ドミノが倒れるように、一直線に床へとダイブした。滅茶苦茶痛そうだ。


 目の前でぶっ倒れた知り合いを無視するわけにもいかず、動く気配のない白雪に歩み寄って手を差し出す。


「おい、大丈夫か」


「ぐぬぬ……不覚を取りました」


「昨日から、君は何と戦っている――っと」


 掴んだ手に力を込めて引き上げる。白雪はよろけながら立ち上がると、ぺこりと頭を下げた。


「ありがとうございます。この恩はいつか必ず……倍返ししますね!」


「わざわざ不穏な言い方するな。……怪我はないのか?」


「おやおや? 心配してくれるんですか? わたしチョロいので、ころっとなびいちゃいますよ?」


「どうやら、頭がやられたみたいだな。病院に行ってこい」


「軽いジョークに対しての突っ込みがキツすぎる!? 大丈夫です、慣れっこですから! だから、わたしが馬鹿みたいに言わないでください!」


「慣れているって、それも問題な気がするけれど……」


 キャラ付けかなにかのつもりか? それにしては身体を張りすぎではあるが。……いや、こいつならやりかねないな。


「そんなことより、どういうことですか! どうしてボッチキングの王たる不知火くんが委員長さんと一緒にいるんです!? あ、こんにちは」


「こんにちは、白雪さん。こんな所で会うなんて奇遇ね」


 俺に詰め寄りながらもしっかりと挨拶をする白雪に、羽美は瞬時に学校用キャラへ切り替えて対応する。


 あまりの変わり身っぷりには感心せざるを得ない。流石の年季の入れようである。


「いや〜、実はわたし、家がこの近くなので休日はよく散歩して……じゃなくて! え、え、お二人はそういう関係なんですか? 孤独を気取りながら、裏ではやることやっちゃってる感じですか!?」


「好き勝手言うじゃねえか、アッパー系問題児」


「ファッションボッチに言われたくありません! 裏切者のくせに!」


「……チッ」


「あの、マジな舌打ちは結構心にくるので止めてくれませんか。調子に乗ったのは謝りますから!」


「お、落ち着いて、白雪さん。わたし達はあなたが想像しているような関係じゃないから」


「……はぇ?」


 羽美の仲裁によって、ようやく白雪の猛攻が途絶える。今度は口の代わりに瞼をパチパチと開閉させているけれど。


 しかし、白雪の中で、俺と羽美の対応に理不尽な差を感じる。別に良いんだが、釈然としないな。


「颯くんとは家が隣同士で、小さい頃から交流があったの。今日はモールで偶然一緒になって、そのまま付き添ってもらっていただけよ」


 眉一つ動かさずに、笑顔を張り付けたままさらさらと虚実を並べ立てる。よくもまあ、即興で詰まらずに言えるもんだ。弓道部よりも演劇部とかの方が向いてるんじゃないか?


「……そうなんですか?」


 引っ掛かる点があったのか、疑念の視線と言葉を羽美ではなく俺へと飛ばしてきた。まあ半分くらいは本当のことだし、肯定すれば丸く収まるんだろうが……


「ま、半分くらいは」


「半分ってなんですか!?」


 ついつい本音が口を割って出た。……ダメだな、白雪のリアクションを楽しみ始めてしまってる。


 声が大きくてうるさい時もあるが――常時な気もするけれど――打てば響くというか、陽姉をからかうのと近い感じがするんだよな。


「――ッ!?」


 などと冷静に考察をしていると、こっそりと、それでいて力強く足を踏み潰される。諸悪の根源は、「大人しく認めておけ」と語ってきた。無論、視線だけで。


 こちらも睨み返して対抗するが、どこ吹く風である。


「……そうやって見つめあって会話しているのが怪しいんですけど」


「というか、仮に俺たちが付き合っていたとして――」


「やっぱり、ただならぬただれた関係なんですか!?」


「…………」


「あっ! 痛い! 痛いですぅ! 黙って聞きますから! こめかみをぐりぐりしないで下さい!」


「……ったく。どうして執拗に突っかかってくるんだ? 君には関係ないと思うが」


「……確かに? うーん?」


 腕を組み、首をこれでもかと傾けて唸り始める。てっきり「色恋沙汰に首を突っ込むのが信条なんです!」とかのたまうかと思っていたので、毒気を抜かれてしまった。


 しばし悩む白雪を眺めていたが、次第に頭から煙が出始める。いや、比喩表現なんだけれど、漫画とかだったら絶対に出ている。


 その姿を見かねたのか、はたまた雰囲気に耐えかねたのか、羽美はぱんっと音を立てて手を合わせ、白雪の意識を引き戻した。


「そうだ、せっかくだし白雪さんも一緒にお昼どう?」


「いやいや、流石にお邪魔虫じゃないですか?」


「そんなことないから。ほら、行きましょ!」


 半ば強引に手を引いて、白雪を先導する。現在時刻を確認すると十一時十分。いい加減移動しないと飯抜きになってしまう。


 新設で規律もへったくれもないFB部員である俺と白雪は問題ないが、羽美は遅刻するわけにはいかないだろう。武道だから、なおの事厳しそうだ。


「あっ……と、分かりましたから! ちょっとペース落として下さい! わたし、歩くの苦手なんです!」


 羽美の押しの強さに虚を突かれたのか、ややテンパり気味に抵抗する白雪。しかし、よく散歩をするのに歩くのが苦手とはこれ如何に?


 ともかく突っ立っていても仕方がないので、大人しく羽美と白雪の後に従って歩き始めた。

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