お昼の議題

 翌朝、学校、授業前。

 陽向と氷翠は、二人一緒にトイレの個室に入り、ささやき声で密談を交わした。誰かに聞かれたら良くないのかどうかは分からないが、積極的に聞かせたい話ではないからだ。


「あのさ、陽向。昨日、チャットしてから、変なとこ連れて行かれて」

すきかいっていうらしいよ」

「うん、そこでさ、私達さ」


 氷翠はそこで話を区切った。理解が追いついていないのだ。陽向は意を察し、言葉を引き継いだ。


「殺し合ったよね、うん」


 自分の言っていることがおかしい、というだけの自覚はある。


「やっぱり殺し合っちゃってたか……」

「うん、りあっちゃった……」


 狭い個室で顔を見合わせ、沈黙する。やがて細かな息切れとともに、会話が継続された。


「プッ。なんでだろうね、フフッ!! 雰囲気に飲まれちゃったのかな?」

「こ、声が大きいよ、陽向フフフッ。なんか、酩酊状態とか言ってなかったけ?」

「フフフッ! 中学生が酔っぱらい、フフフッ!」

「あ、もうダメ。腹筋が痛い」


 授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。二人はコソコソと教室に戻り、何食わぬ顔で授業を受ける。

 そして昼休みが来た。


 誰も来ないような場所で昼食をと思い、二人はカバンを持って中庭の木陰に座り込んだ。氷翠は箸の先端を前歯でかじりながら考える。


「どう考えても、私達が戦う必要はないよね」

「いえ、あなた方は戦うしかありません」


 カバンから少年の声がした。氷翠はガラスの小瓶を取り出す。中には氷の結晶のようなきらめきが閉じ込められていた。ユニっちの残骸だ。


「争う意志がなければ、あらゆる手段を用いて争わせます。それがナビゲーターの役割です」


 陽向は、自分が倒した白馬の意見を真正面から受け止め、反論した。


「けど、私は、特に氷翠と戦いたくありません。戦力扱いされるのは迷惑です」

「戦わないのなら、お互いの大切な家族に大きな不幸が訪れるでしょう。脅しかと思うかもしれませんが、これは摂理です」


 立腹した様子の氷翠は、陽向のカバンについたキーホルダーに声をかけた。


「ヤカラもんって言ったっけ? それは本当なの?」

「本当だ。お前ら以前のババマギアも、戦いたくて戦っていたわけではない」


 ヤカラもんはしわがれた声で話を続ける。


「だからこそ、せめて罪悪感とやらが薄れるように、人間同士が戦う時は酩酊状態、ハッピーな状態になるのだ。それ以外にもゴキゲンな各種薬品をご用意している」

「ヤカラもんがそのゴキゲンなものを取り出す時って、やっぱり『パパラパッパッラー』って音が鳴るの?」


 氷翠の問を無視したヤカラもんは、陽向に視線を向ける。


「だから、もはややるしかないのだ。家族が大事ならば戦うしかないのだ。そして勝て」

「勝ったらどうなるんですか? ヤカラもんさんは人間界侵攻の急進派なんですよね」

「やつの言ったことを覚えてたか」


 ヤカラもんの視線の先で、ガラスの小瓶が光った。


「陽向、今晩こいつらと決着をつけるぞ」

「いや、ちょっと待ってください。だから、もし私達が勝ったら人間界はどうなるんですか? 何回か聞いてますけど」

「悪いようにはしない。お前は急進派のジャンヌ・ダルクとして崇め奉られることだろう」


 陽向がぼそっとつぶやく。


「都合よく使われた挙げ句、魔女裁判にかけられて十字架にはりつけ……」

「間違えた。お前は急進派の日野富子」

「庶民の苦しみをよそに、応仁の乱で大儲けした守銭奴……」

「うるさいな何も考えるな。ただ戦え」


 やりとりを聞いていた氷翠は再び箸をかじりながら考え、意見を挙げた。


「とりあえずさ、なんとかして私達が戦わないで済む方法を考えよう。陽向と戦うなんて、やだもん、私」

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