VR初心者なボクの平凡且つ全力で楽しむプレイ日記。

夢・風魔

第1話:よくあるお話から。

「如月って、この前お袋さんがVRのヘッドギアを福引で中てたって言ってたよな?」


 夏休み直前の木曜日。

 休み時間に同じクラスの坂本君が唐突に話し掛けて来た。


「うん。もちろん母さんは必要ないし、必然的にボクが貰ったんだけどね。でも、どのゲームをしようか、悩んでるところなんだ」


 せっか来週の木曜日からは夏休みだし、何かやろうとは思っているのだけども……。

 なんせボクはVRはおろか、MMOだってやったことが無いからなぁ。

 サービス中のゲームに途中参加すると、周りの人とのレベル差があってパーティーを組むのに苦労する――なんて情報を目にしたから、ここ最近でサービスを開始するゲームを探してはいるんだ。

 その事を坂本君に話すと、彼は嬉しそうな顔でボクの肩を叩いた。


「いいのがあるぜ! サービス前の、それこそクローズドベータのVRがな」

「クローズドベータ?」


 こうしてボクの初VRMMOが幕を開く事になった。






 その日のうちに坂本君は家に寄って、VRヘッドギアの設定方法なんかを教えてくれることに。


「で、これがシリアルコードな」

「うん。ここに入力すればいいんだね」

「そうそう。あとはクライアントのダウンロードをして――あ、ログインするときにはさっき作ったアカウントのIDやパスワードを入力しなきゃならないからな。どっかにメモして保存しておいた方がいいぞ」

「解った。でも坂本君。招待券なんて貰って、本当にいいの?」


 クローズドベータというのは、ゲームが正式サービスを開始する前に行うテストプレイ期間の事で、その中でも応募者の中から抽選で選ばれた人だけが参加できる期間の事を言うらしい。

 坂本君が応募したゲームは『Dioterre Fantasy Online』といって、明日の夕方からクローズドベータテストが開始される新作VRMMOだ。

 聞いた話だと、募集枠五千人に対し、応募総数は七万人ぐらいだったとか。

 参加したくても出来ない人が大勢いる中で、ボクは応募すらしていないのに参加できてしまう。それがなんだか後ろめたい。


「いいのいいの。この『Dioterre Fantasy Online』のクローズド参加者には、友達紹介キャンペーンってのがあってな、紹介した相手が実際にシリアルコードを使ってログインしてくれると、後で紹介したこっちに特典アイテムが付与される事になってんだ」

「あぁ。じゃあ坂本君がボクを紹介したことで、坂本君にも利益があるんだね」

「そうそう。同じクラスの加藤とも一緒にゲームするんだけどさ、こいつもクローズドに当選しててさぁ。お互いどっちかが当選したら、友達紹介キャンペーンで誘い合おうなって約束してたのさ」


 あはは。二人とも当選したもんだから、その約束も無駄になっちゃったんだね。

 加藤君のほうはお兄さんにシリアルコードを渡したらしい。坂本君はボクと同じ一人っこだし、他に誘えそうなのがボクだけだったからと。


「ほら、VRのヘッドギア持ってる奴しか誘えないじゃん? 誰が持ってるかとか解んないしさ。丁度親が福引で〜って話してた如月の事思い出して」

「うん、ありがとう。ボクも夏休みに遊べるゲームを探してたところだったんだ。でも初心者だから設定とか難しそうだったし、助かったよ」

「難しいか?」

「いや……なんていうか、簡単だった」


 公式サイトからクライアントをダウンロードし、ヘッドギアのUSBをパソコンに接続してインストールする。

 これだけだった。

 もっと面倒な設定があると思ってたんだ。


「ま、初めてだといろいろ不安だよな。解らない事あったら教えるから、遠慮すんなよ」

「うん」

「あ、それと。クローズドベータは明日の十七時から開始されるけど、キャラクターだけはもう作れるから」

「え、そうなの? じゃあ、インストールが終わったら夜にでも作っておこうかな」

「その方がいいぜ。職業とかも決めなきゃならないから、公式サイトとかWIKIを見て今のうちに考えとくといい」


 そういうと坂本君は立ち上がって帰る支度をはじめる。

 なんでも彼もまだキャラクターを作り上げてないとかで、気合入れて作成するんだとか。


「キャラ作成には自分の姿をヘッドギアに付いたカメラで撮影しなきゃならないから、それ忘れるなよ」

「え? もしかしてこの姿のままゲームするの?」


 それはちょっとガッカリだ。いや凄くガッカリだ。

 せっかくだし、冒険の舞台でぐらい男らしい・・・・姿になりたかったのに。


「あはは。まぁ如月はコンプレックスあるんだろうけど、お前のその姿でゲームしたら、割と人気者になれそうなんだけどな」

「嫌だよ。子供扱いされたり、女に間違われたりするのなんて」

「っぷ。やっぱり女に間違われる事あるんだ?」

「ノーコメントっ」


 高校生になった今、それでも身長は僅か150センチしか無い。加えて祖父が外国人で、そっちの血のほうが色濃く出ているからなのか、やたらと女の子に間違われやすい。

 ボクとしては、早く成長期が訪れて身長がせめて高くなってくれれば、女の子に間違われる事もないのにと期待はしている。

 してはいるんだけど、成長期が訪れる気配がまったく無い。

 VRのヘッドギアを母さんから貰ったとき、ゲームをやってみようと思ったきっかけの一つがキャラメイクだ。

 筋骨逞しい男として、ゲーム内で冒険してみたら楽しいだろうなぁ――と思ったからなのに。


「まぁ顔とか体格は弄れるけど、弄りすぎるといろいろ支障が出やすいぜ」

「そうなの?」

「あぁ。例えば身長を二十センチぐらい伸ばしたりするとな、視界の高さも変わるし手足の長さも変わる。リーチが伸びて、思った位置に武器を振り下ろせないとか出てくるんだよ。あとこけやすくなる。これ実体験な」


 そう言って坂本君は苦笑いを浮かべた。

 実は坂本君もそんなに身長は高くない。それでもボクよりは高いけど、クラスだと前から三番目だ。一番目はもちろん……ボク。


 そうかぁ……あんまり弄らない方がいいのかぁ。

 ガッカリしながら坂本君を玄関まで案内し見送る。

 その時、肩を落とすボクに一筋の光明が差し込んだ。


「五センチぐらいならあんま違和感ないから、伸ばすなら五センチにしといたほうが良い」


 そう言って坂本君は帰っていった。






 夜。

 インストールも終わり、ヘッドギアでの撮影も済ませてキャラクター作成に取り掛かる。

 公式サイトにある手順をよく読み、ベッドに寝転がってからログインをした。


 意識がすぅーっと遠のくような感覚に襲われ、ふいに眠くなった気がしたが次の瞬間――

 辺りは一面の草原へと変貌を遂げていた。


 ボクの胸は高鳴る。

 坂本君の言った「五センチ」という希望を胸に、これからキャラクター作成に挑むんだっ。

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