ユリノ花園

上条 こうすけ

第1話 美雪と綾~雪とマフラー~

美雪と綾~雪とマフラー~

 12月23日、世間はクリスマスを目前に、浮かれているような雰囲気につつまれていた。街は煌びやかに装飾され、色々な店ではセールやキャンペーンで大忙しである。

 24日、25日は雪が降ると天気予報で言っており、ホワイトクリスマスになりそうだ。


「ねーねー、美雪みゆきってさ、やっぱ明日来ないのー?」


 夕方の賑わう街中。その中を歩く、ひときわ目立った4人組がいた。近所にある高校に通う女子高生だ。

 髪を金色や茶色に染め、大人顔負けのメイクをばっちりキメている。制服も着崩していて、スカートの丈が短い。


「うん。アタシ、パス」


 髪を金色に染めた女子高生、永井ながい 美雪みゆき。高校2年生。

 美雪はスマートフォンをいじりながら、つれない返事をした。そんな態度に隣に歩いていた友達が反論する。


「えー! 最近美雪付き合い悪くない!?」

「そうだよ! コウキ君が男集めてくれんだよ。行かなきゃ!」

「別にいいじゃん。アタシ、そんなに彼氏欲しくないし」


 美雪はため息をついてスマートフォンをポケットに入れる。隣でわちゃわちゃと美雪を説得する友達に、少々イライラしている。


「そう言ってホントーは彼氏できたとか」

「はぁ? んなわけないし」


 しかし、周りの友達は納得していないようだ。


「じゃあ何で来ないのよー! 美雪いないと盛り上がんないよー!」

「別にアタシいなくても、いつも騒がしいじゃんアンタら」


 やれやれと、そろそろ疲れた美雪は再びポケットからスマートフォンを取り出して、時間をチェックする。


「あー、そんじゃアタシこっちだから、また明日ね」


 分かれ道にさしかかった所で、美雪は小走りで去っていこうとした。


「あ! こら逃げんなー!」

「あはは。またラインするから」


 美雪はそのまま走っていく。その姿を友達は怪しそうに見ていた。


「絶対、何かあるな」

「ふっふっ、これはおそらく、恋をしているな」

「え!? 誰? 相手誰?」

「知らねぇよ。ま、陰ながら応援してやるかな」

「相談くらいしてくれてもいいのになー」




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




 天気予報では明日、雪が降ると言っているせいか、いつもよりも気温が落ちてきた。日が沈んで、さらに気温は下がり続ける。


「……さむっ」


 手を擦り、美雪は華百合はなゆり高校の校門前に立っていた。友達と別れてから、家に帰らずに戻ってきたのである。

 とある人物を待つために。


「……今日は遅いのかな」


 美雪は、街灯に照らされた白い吐息をボーっと眺めていた。すると、校門に向かって一つの足音が聞こえてきた。コツコツと、ヒールの音である。


「……っ」


 美雪は急いで髪型を手ぐしで直し、スマートフォンをいじっているフリをし始める。

 コツコツと、足音はどんどん近づく。それと同時に心音がバクバクと激しくなってきた。


「……あれ? 美雪さん?」

「……っっ」


 校門を通ってきた人物は、白色のコートを羽織り、赤のマフラーを巻いていて、長い黒髪が似合う綺麗な女性だった。

 名は木下きのした あや、この高校の英語の教師である。年齢は25歳、去年この高校に入ってきた。


「ふふっ、最近よく帰りに会いますね。昨日はそこの自販機でしたよね」

「え……あ、うん。そだね」

「お友達を待っているのですか?」


 その言葉に美雪は少々戸惑い、口をもごもごさせた。


「ううん。先に帰られちゃったみたい」

「あらあら……ケンカしてしまったのですか?」


 ­綾は少し寂しそうな、悲しそうな顔をして、美雪の目をジッと見つめる。ふいに目を合わせてしまった美雪は、顔が熱くなるのが分かった。


「いや、違う! 違うから」


 ささっと目線をそらし、赤くなっているだろう自分の顔を隠そうとした。恥ずかしい……少しのことでドキドキしてしまう自分に、嫌気がさした。


「そうですか、安心しました」


 綾はにっこりと笑い、まだ美雪の顔を見つめている。


「え、あ、アタシの顔に何かついてる?」


 綺麗な瞳に見つめられ、美雪の心臓はまたバクバクと激しくなる。まともに綾の目を見れない。


「よろしければ、これをどうぞ」


 綾は自分のマフラーをとって、美雪の首に優しく巻き付けた。

 突然の出来事に頭が混乱してしまった美雪は、言葉が出てこない。そして、マフラーからは、綾の優しい匂いがして、余計に混乱させてきた。


「美雪さんはいつも寒そうな恰好をしていますね。女の子が体を冷やしちゃダメですよ」


 また綾はフフッと笑って、美雪を見つめる。


「あ、あ、あ、ありがと……」


 フーフーと深呼吸をして、なんとか落ち着こうとしている。しかし、深呼吸するたびに、綾の甘い香りが鼻に広がる。落ち着こうとしているのに、余計に落ち着かない。


「美雪さんがよろしければ、また今日も一緒に帰りませんか?」

「う、うん。帰ろっか」


 美雪は、顔が真っ赤になっているのがバレていないか心配になっている。手も汗でいっぱいになっていて、先ほどの寒さはどこかへ行ってしまったようだ。


「今日はいつもより寒いですねー。明日はホワイトクリスマスイヴだといいですね」

「う、うん。ロマンチックだよね」


 夜道を歩き始めた二人。美雪は、綾から近すぎず離れすぎずの距離を保ちながら歩いている。心の中では大喜びの美雪。その事が顔に出ないように必死である。


「美雪さんは、彼氏さんとデートとかしないのですか?」

「えっ!? いないいない! 彼氏とかそんなのいないから!」


 自分でも驚くほどの大声で言っていしまったと、瞬時に理解する。ヤバい、と思ったがそれに続く言葉が出てこない。

 だが、隣で綾はクスクスと笑っている。


「私と同じですね。でも、私の場合は友達が誰も遊んでくれないので、独り身のクリスマスです」

「え、マジ?」

「はい。美雪さんはお友達と、何処か遊びに行くのですか?」

「え、あー、なんかアイツら、男集めて遊ぶとか言ってて」

「ひゃー、今どきの女の子は、色々と進んでいるのですね」


 綾は口に手を当てて、顔を少し赤らめている。そういう話には態勢がないようである。


「そ、その、美雪さんも行くのですか?」

「いや、アタシは行かないんだけどさ。なんか行く気なくて」


 美雪は、相変わらず顔を赤らめる綾を見て、クスッと笑ってしまう。


「せんせーって、もしかして男苦手?」

「う……いや、そういうわけじゃないんですけど、あまり会話をしたことがなくて……」

「ぷぷっ、せんせーって子供っぽーい」


 からかわれた綾は、苦笑いをしている。


「だって……中学校から大学まで女子校で、今の学校も女子校ですからね。男性との接点がありませんから」

「にひひ、いいんだよー。せんせーは、そのままのせんせーでいてね」

「そういうわけには……女子校といっても、男性の先生もいるわけですから」


 綾はため息をつくが、横でニコニコと笑っている美雪を見ていると、なんだか自分も笑ってしまっていた。


「美雪さんは、いつもニコニコしていますね」

「え、そうかな?」


 綾はクスッと笑い、美雪の頭を優しく撫でた。


「へ……?」


 急なスキンシップに、美雪の頭は混乱する。頭を撫でられている感触はあるのだが、心がそのことを理解していないのだ。


「美雪さんのその笑顔が、私を元気づけてくれてます。いつも素敵な笑顔、ありがとうございますね」


 ボッと頭から顔から火が出そうになるのを、必死に我慢している。しかし、一向に撫でるのを止める気配のない綾に、そろそろ美雪は限界である。


「い、い、いいいからそんなの! 子供じゃないんだから!」

「あら、ごめんなさい。ふふっ、顔が真っ赤ですよ美雪さん」


 その言葉に美雪は、更に顔が熱くなるのを感じる。……もうダメだ、と美雪は逃げ出したい気持ちでいっぱいになる。ニヤニヤしてしまうのが抑えられなくなってしまう。


「私を子供っぽいって言った仕返しです。ふふっ、照れてる美雪さんも可愛いですね」

「っっ……先生、ずるいよぉ……もぉ……」


 さっきからドキドキしている音が、うるさく耳に響く。痛いほどドキドキしているが、どこか心地よく感じている自分がいた。


「あ、そろそろお別れですね」


 しばらく歩いていたが、あっという間に分かれ道に到着していた。右に曲がると綾の帰るアパート、左に曲がると美雪の家がある。


「それではまた、三学期に会いましょうね」

「……うん」


 今日で学校は冬休みに入る。ここで別れてしまうと、来年の三学期まで、なかなか会えなくなってしまう。美雪はさっきまでの笑顔が消え、寂しい表情になってしまう。


「あ、先生……マフラー、返さなきゃ」


 先ほど借りたマフラーを、美雪は名残惜しそうに綾に渡す。その手は寒さで冷たくなっている。


「……美雪さん」


 綾はマフラーではなく、美雪の手をぎゅっと握った。お互いに冷たい手であったが、触れ合った瞬間に、暖かく感じた。


「先生……?」

「……美雪さんがよろしければ明日、また会いませんか?」

「え……?」


 綾はマフラーを再び、美雪の首に優しく巻いた。首筋に暖かさが戻ってくる。


「言いましたよね? 女の子が体を冷やしちゃダメだって。なので明日、そのマフラーを返しに学校まで来てください」


 綾は少しビックリしている美雪の頭を撫でて、ニコッとはにかむ。


「そして、美雪さんに似合うマフラーを買いに行きませんか? 私が選んで、プレゼントしちゃいます」

「……い……いいの?」


 喉の奥と胸が、モニョモニョとした感覚が襲い、うまく声が出ない。しかし、綾に必死に返事をしようと、言葉を絞り出す。


「はい、美雪さんがよろしければですが……」

「行く! 絶対行く!」


 ここが夜の住宅街だということを忘れて、美雪は大きな声で答えた。あまりの出来事に体が震えてしまっているが、美雪は笑顔になった。

 すると、空からフワッと、冷たい光が落ちてきた。


「あ……雪……」


 チラチラと、街灯に照らされた細かな雪が、二人に降り注ぐ。


「綺麗ですね……」

「うん。でも先生のほうが、ずーっと綺麗だよ」

「え!? ぁ、ちょっ……ぅぅ……何を言ってるんですか!」

「にひひ、仕返しだもーん」


 お互いに真っ赤になった顔に、冷たい雪が溶けていく。二人の小さな争いは、まだまだ続くようだ。








美雪と綾~雪とマフラー~ END

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