第6話 陰謀

 Ⅵ


 マリア・グリヒルの母、セシア・グリヒルの他殺死体が、彼女の居住しているアパートから見つかったのは、昨日の午後三時頃だった。死因は首を後ろからタオルのようなもので絞められたことによる窒息死だった。

 遺体が発見された理由は単純な話だ。例の“顧客リスト”に彼女の名前が載っていたため、俺達キンググラント市警よりも先に入手していたSSA社会保障局も、社会番号との照合をしていた。その結果、セシア・グリヒルだけが該当していない……つまり、社会保障番号を申請していない、“不法移民”だったのがわかったのだ。それで、真っ先に彼女が調査対象になった。

 彼女の住居自体はワーナーの顧客リストに記載されていたが、問題はそのアパートにあった。彼女が住んでいたアパートは、キンググラントの隣の市にあった。古くガタのいっている住居であること、それと比例するように家賃が格安で、そして、住民票がない場合でも部屋を貸し出していたらしい。俺達には伝わっていないだけで、他の住民も、ワケありなのだろう……

 まあ、結果として、彼女の変わり果てた姿を、哀れな局員が発見し、市警へ通報した……ということだ。


「お母様……セシア・グリヒルの遺体が見つかったのは、昨日のお昼頃です。お母様の遺体が発見された当初、家の鍵はかけられておらず、侵入の痕跡などは無かったそうです……失礼を承知で聞きますが、お母様が住んでいた場所については?」

「はい……存じています」


 ミス・グリヒルは黙って俺の話を聞いていた。正直、昨日の時点でまだ精神的に不安定であろう状態でこれから話す内容を聞かせたくはなかったが、彼女は取り乱すことなく構えていた。何を聞かされてもいいように覚悟を決めているのだろうか?それとも、昨日の時点で涙が枯れてしまったのだろうか?


「何度か母の様子を見にあそこへ行ったことがあるので、どういう場所なのかはわかっています。母は……ご存じの通り、この国には不法に入国しています。私が覚えてもいない程、昔に……」


 少なくとも、ミス・グリヒルに関しては、不法な要素は一切なかった。彼女は合法的にこの国の市民権を得ている。だから、不法移民の子供であった彼女は、こうして無事に暮らせているのだ。


「……お聞きしにくいことなのですが、お母様の交流関係に何か心当たりは?」

「ありません……あまり、人と接するのも得意ではない人だったので……私も何度か母の様子を見に行ったことはありますが、そのときも、近所付き合いは避けていることしか聞いていないですし……」

「そうですか……」


 期待はしていなかったが、やはりか……

 事件現場は、お世辞にも治安がいいとは言えない区間に位置していた。殺人に限らず、警察が把握してないだけで、日々様々な事件が起きていてもおかしくもない。

 だが、問題は、タイミングだ。スケイルマンによるものと観られる制裁、つまり、例の顧客リストを各メディアに流出させたのは二日前、そして、セシア・グリヒルが殺されたのも、二日前と見られている。つまりだ、顧客リストが流出したタイミングで、リストに載っている顧客が殺されたということだ。

 偶然と呼ぶには些か不自然だ。だが、問題もある。何故、殺されたのがセシア・グリヒルだったのか?流出した顧客リストの中で、不法移民だったのが彼女だけだったからだとして、それが原因で殺す意図が分からない。むしろ、あのタイミングで殺されたことで、こうやって、ワーナーの不当契約と関連付けられているじゃなあないか。


「まあ、いきなり聞かれてもわかんねえよなあ……」


 隣でガービーも頭をかく。身内が殺されるような根拠を出せと言われて、いきなり答えられる方が稀だ。だが、僅かでも手がかりがある可能性があるのならば、手を伸ばして探し出さないといけないのだ。

 例え、遺族である彼女の心の傷を開くような行為でも、だ。


「お母様が亡くなった日……丁度二日前ですが、何か心当たりはありますか?もしくは、最後に話したときに、何か気になることを言っていたとか」

「些細なことでもいいんで、お願いしやすよ」


 俺とガービーとしては、どのような小さい手がかりでも欲しかった。勿論、事件現場は事件現場で、担当している人々が手がかりを探しているだろう。だが、俺達が今欲しいのは、彼女の母親を殺した犯人の手掛かりだけでなかった。


 スケイルマンにつながる、何かだ。


「……本当に、些細なことでも、いいですか?一つだけ、心当たりというか、気になることがありまして……」


 彼女の口から出たのは、予想外の言葉だった。てっきり、何もないと思っていたからだ。それを覚悟していたからだ。


「お二人は、『ブラックホース財団』、についてご存知ですか?」

「ぶらっくほーす?」

「ブラックホースって、あの『スタンリー・ブラックホース』の?」


 はい。とミス・グリヒルは頷くが、何のことだか、さっぱりわからん。対照的に、ガービーはその『ブラックホース』という財団について知っているようだが。そんなに有名な人物なのだろうか?そのブラックホースというのは。


「あ、あの、すみません、お二人方……ブラックホースとは……」

「あ~すみません、コイツ、こっちに来たの、去年なんで。あの人のこと知らないんですよ……」

「まあ……なら、知らなくても無理はないですね……」

「そんなに有名な人なのですか?」


 思わず俺は相槌を打つ。


「ええ……とくに、鱗病のワクチン開発の支援をしたことで有名なお方ですから……」

「鱗病の⁉」

「はい。未曾有の伝染病と言われていた鱗病がここまで早く終息したのも、あの方々のサポートがあったからだと思います」

「まあ、キンググラントでは元から有名だったのよ。慈善活動家って言うんかなあ、市や国が行っていない範囲の地域福祉を支援していたというか。資金源は知らんけどね」


 ガービーの補足もあって、なんとなくであるが、俺はそのスタンリー・ブラックホースという人物のことがわかった。なるほど、確かに立派な人物だ。では、そんな人物の率いる財団が、今回の事件と何の関係があるのだろうか?


「『ブラックホース財団』とスタンリー・ブラックホースさんについてはわかりましたが……何故?」

「はい……気にしすぎかと言われるかもしれませんが……」

「構いません」

「では……最後に母に会ったのは丁度一ヵ月程前でした。あの時は……今思うとですが、珍しく、母から連絡があったので。直接話したいことがあるって。それで、翌日に母の住むアパートへ向かいました」

「そこで……何を聞きましたか?」

「あの日、母はやけに落ち着きがなく、そわそわしていました。電話じゃ話せないことって何?と聞きました。そしたら……」

「そしたら?」

「……母はいきなり『ブラックホースは信用するな』『鱗病は人為的に作られた』と言い出して……」

「……はい?」

 素っ頓狂な声を出した俺に対して、ミス・グリヒルは申し訳なさそうな顔をしつつ続ける。


「唐突に陰謀論染みたことを言って申し訳ありません……私だって、今も母があんなことを言ったのが信じられないのです……あんなこと言う人じゃなかったのに……」

「……」


 自分の家族が陰謀論にハマる経験は無かったから、どうやって彼女へ言葉をかけるべきか分からなかった。


「それで……私は結局、母と言い争いになりました。どこでそんな馬鹿なことを聞いたの?鱗病の撲滅はブラックホースさんがいたからじゃない!って……そして、私は母から逃げるようにその場を立ち去ってしまいました……」


 それが、最後の母子の会話だったのだろうか……


「……おかしいですよね、こんなこと言ったら、まるで本当に母が信じた陰謀論が本当だったから殺された見たいですよね。頭ごなしに否定した私がバカみたい……」


 ミス・グリヒルは徐々に落ち着きを無くし、嗚咽を漏らし始めた。


「あんや、落ち着いてくださいな……」


 再び涙を流し始めた彼女を、ガービーが宥める。


「こっちとしちゃあ、それだけでブラックホースを疑うなんてことしませんよ」

「そうですね。あくまでそういう会話があったことは記録します」


 それに、と俺は続ける。


「仮に陰謀論が事実だとして、そんな一市民に疑われた程度で殺していたら、逆に悪目立ちします。何か別の理由があるはずです。俺達がそれを見つけ出します。犯人と共に」


 そうだ。今は陰謀論がどうこうと言っている場合じゃない。スケイルマン関連の事件とは別件となってしまったが、この殺人事件を解決し、彼女の心の傷を癒すことが最優先だ。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 署へ戻る途中、ガービーが俺に補足してくれた


「ネットで『鱗病 元凶』で検索してみろ、ソースのわからねえサイトがうじゃうじゃヒットするぜ。一度遊び半分で調べてみたけど、アメリカ政府の仕業だったり、中国のスパイの仕業にしてたりともう支離滅裂よ。今更ブラックホースが元凶なんて言われたって、本人たちは困惑するだけよ」

「彼女の口振りだと、母親が陰謀論者になったのは最近みたいだな……陰謀論の内容じゃなくて、陰謀論に嵌った理由が気になる」

「やっぱそれだよなあ……」

「陰謀論の内容じゃなく、最近接近した人物を探す方が良いかもしれない……」


 もしかしたら……それを追ううちにスケイルマンへたどり着くヒントが得られるかもしれない。


 鱗病の起源は今も謎のままだ。陰謀論が流行るとは、つまり、国民が納得のいく様な答えを誰も見つけられていないことを意味する。そんなときに、もしも“真実”を知っている人物が現れたら……奴が、スケイルマンがその人物を野放しにするとは思えないからだ。


 帰路の途中だった俺達だったが、唐突に無線機が鳴った。キンググラント市警からの応援要請だった。

 

「あー……マーティン、ガービー、お前ら空いてるか?」

「こちらマーティン、どうしました?」

「キンググラント郊外で発砲事件発生、帰還途中ならそのまま現場まで来い。こりゃエライことになったぞ」

「何があったのです?」

「スケイルマンだ」

「はあ⁉」


 俺は思わず聞き返した。


「いきなり大声出すな!ああ、そうだよ、お前の追ってるスケイルマンが現れたって情報も入っている!」

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