スケイルマン

笛座一

第1話 鱗の怪物

 ~十年前~


【宇宙からの襲撃?キンググラント郊外に隕石が落下か】


 昨夜未明、キンググラント市郊外の森林帯に、隕石が落下したことが分かった。

 隕石が落ちた付近の住人より「空から真っ赤なものが落ちてきた」と通報があり、消防団が付近を捜索したところ、小規模なクレータを確認、隕石を発見した。

 見つかった隕石は、大きさが約一キログラム程で、「宇宙線」が検出されたことから、宇宙から飛来したものであることが分かった。

 この隕石の落下による近隣住民への被害、森林火災などは発生していない。


(KG TIMESより抜粋)



 ~七年前~


 キンググラント市の片隅にある診療所へ、その母子がやってきたのは、二十時頃だった。診療時間はとっくに過ぎていた時間であったが、息子の異常に気が付いた母親からの連絡を受けて、帰宅途中のなか、医師がUターンしたのだ。


「先生お願いします!早く!ねえ!」


 母親はパニックで、まともに会話を出来る状態ではないことだけは分かった。息子の方と言えば、既に虫の息だった。


「落ち着いてください……まずはお子さんの肌を見せてください」


 担当医は母親を宥めつつ、男児のシャツを捲る。


「またか……」


 担当医は頭を抱える。


「これで五人目だぞ……」

 

 男児の腹から胸、背中にかけて、肌が変質していたのだ。触ると、明らかに人の肌とは違う感触だった。まるで、鱗のように。

 キンググラント市の一部地域だけで発生したこの皮膚病は、後に「鱗病」と呼ばれるようになった。

 原因不明、感染経路不明のまま、キンググラント市へ今も残る遺恨を残した、忌々しい病である。


 Ⅰ


 俺が到着したときには、既に建物を十人程度の警備員とこの地域の消防団らしき人々が包囲していた。入口付近に近づくほど重装備になっている。出入口付近にいたっては、シールドを所持している。もっとも、彼らの装備はお世辞にも十分とは言えない、貧相なもの。だから、俺たちが応援で呼ばれたのだ。

 現場にいた一人に声をかける。


「キンググラント市警、マーティン・ベルモット。ただいま現場に到着しました。現状の報告をお願いします」

「キンググラント市警……ああ!お待ちしおりました!連絡したときと状況は変わっていません。犯人は依然人質と共に立てこもりを続けています」


 と言うことは、彼是一時間半は膠着状態が続いているのか……


「念のために聞きますが……人質と犯人がいる場所は……」

「はい、それも変わっていません」


 俺が念のために聞いたのは、その異常すぎる場所だ。


「犯人は今も本社の看板の上にいます。人質を抱えたままで」


 黒のフードで頭を覆った不審者が「ワーナー保険会社」へ侵入、見回りをしていた警備員をその場で襲撃。そのまま、屋上まで駆け上がり、看板の上部へ飛び乗ったそうだ。

 サーチライトが建物上部を照らしている。“W”の巨大なオブジェクトがこの会社のシンボルだが、今ではこの不審者にとっての椅子と成り下がっている。


「あの……疑うわけじゃあないんですが、本当にあそこに上ったんですか?」

「私が見たわけじゃあないんですが……目撃者曰く“ひとっ飛び”で」

「五メートルはある、あのでかい“W”に?」

「え、ええ……彼が嘘を言っているようには見えませんでした……多分……」


 にわかに信じがたい話だが、犯人は「成人男性を抱えたまま屋上まで逃走して、そのまま五メートルの跳躍をして、一時間半ものんきに高みの見物をしている」わけだ。時間が経てば経つほど応援が増えるだけなのに。

 正直、わけがわからない。一番わからないのは、犯人の目的だ。犯行声明も無しで、わざわざ追い詰められるような場所で待機しているわけだ。オブジェクトの丁度真下では、巨大なクッションが敷かれている。万が一犯人と人質が落ちた時のためにだろう……犯人がいま待機しているのは、それだけ不安定な場所なのだ。


「屋上には誰か?」

「犯人を刺激しないように、入り口付近で待機しています」


 つまり、犯人には逃げ道はないわけだ……


「全く、こんな田舎町の隅っこで一体なんで……あ!ベルモットさん!あれ!見て!」

「はい……あ!」


 犯人が動きだした。“W”の看板の上で器用に立ち上がると、片手を大きく振りかぶった。それによって、人間大のナニカが落下した……いや、違う!


「な、何やってんだ!アイツ、人質をわざわざ!」


 人質だった警備員だ!奴は不幸な警備員を乱暴に落としやがったのだ!

 人質であろう影は、真下のクッションのど真ん中に落ちた。よかった……とりあえず、彼の命に別状はないようだ……


「なんなんだ……いったい……」

「俺にもわかりません……人質が解放されたのは喜ばしいですが……」


 犯人の行動に一貫性が無さすぎる……そんなことしても奴には得があるわけが……


「あ……まさか……」


 俺はすぐさま、乗ってきたパトカーへと駆ける。


「ベルモットさん⁉」

「すみません、人質の救出をお願いします!俺は犯人を追いかけないと」

「何を言ってるんですか?」

「屋上を見てください」


 屋上は……少なくとも俺たちが見える場所は……無人だ。人質を落下させたことでこちらの注目を集め、その隙に逃げたのだ。

 俺はアクセルを踏み込む。犯人の目的は依然分からないが、少なくとも、この犯人は無計画に行動していないことはわかった。つまり、逃走経路および手段も既に準備している可能性が高い。



 車を飛ばして数分、「ワーナー保険会社」からそう遠くない車道……というには樹木が茂っている道。


「あれか……?」


 目の前に、バイクに乗ったフードの男が走っている。ヘルメットもつけず、速度も法定速度をオーバーしている。俺はサイレンを鳴らしながらそれを追う。真後ろに警察がいることに気が付いているはずなのに、男は振り向きもせずにより速度を上げ、逃走を図る。


「逃がすか……!」


 俺もアクセルを踏み込む。エンジンが悲鳴を上げるかのような音を上げて、速度をさらに上げる。相手との距離をより縮めるために。

 それが敵の策だと気が付いたときには、既に遅かった。

 目の前のバイクに乗った男は、急ブレーキをかけると同時に、故意に横転したのだ。そのまま奴の身体は勢いのままに転がっていた。そして、残されたバイクは……パトカーの進行方向に残ったままだ。


「ば、馬鹿か!アイツ!」


 とっさにハンドルを切って避けたはいいが、そのせいで大きく車体は蛇行した。ブレーキをかけたはいいが、耳障りな摩擦音を喚きながら、乱暴に暴走する。


「おいおいおいおい!」


 目の前には、街路樹が植えられている。俺はブレーキを尚も踏みつける。パトカーは徐々に速度を落とし、そして、停止した。目の前にあった木との距離は僅かだった。


「はあ、助かった……」


 俺は安堵の息をついた瞬間……車外から、強い衝撃を受けた。


「なんだ……?」


 衝撃の方向を見た瞬間……ドアガラスが割れ、何かに首を掴まれた。


 直ぐに気が付いたことがあった。その手は冷たく、ザラザラして、硬かった。気色の悪い手袋かなにかかと思ったが、それにしてはやけに機能的だなと能天気な考察もしていた。何故なら、その手は器用にも、俺の喉を力強く握りしめやがっていたからだ。息ができない……急に首を絞められて、意識が朦朧とし始めた。


 意識を失う寸前、俺は、俺を殺そうとしている奴の顔を見た。そして、ゾッとした……


 俺の目に映っていたのは、人間のような“ナニカ”だった。フードを下ろしたソイツは、鼻から上こそ人間だったが、そこから下は、人と思えなかった。人間というより鰐のような牙が密集している口、頬から首元にかけて斑に見える鱗。そして、俺を睨みつける目は、人間ではなく爬虫類のようだった。


「お前は……」


 何者だ?それすら言えず、俺は意識を失った。

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