ナイアーズゲーム

@uqworker

プロローグ

 能力者。正式には『契約者プランター』と呼ばれる超常的な力を操る者たちが世界各所で発生したのは約七年前となる。

 突如として携帯端末にインストールされたアプリケーション『ナイアーズゲーム』を起動することによって人々は能力者と化したのである。

 このナイアーズゲームは限られた人間のみにしか見ることが出来ず、起動できる者も必然、その者たちのみである。

 それを視認するための条件やその開発者等は一切不明。

 そのアプリを確認してしまったものはまるで暗示にでもかけられたように、起動してしまい、異能を操る能力者となる。

 能力者は増え続けてはいるものの、その数は携帯電話の普及された国の人口の一割にも満たない。

 しかし、生身でありながら、個体によっては重火器、軍事兵器にも及ぶ戦闘力を発揮する彼らの存在は少数でも、社会に少なくない影響を与えた。

 ナイアーズゲームの頒布によって能力者が誕生した初期は、彼らの特殊な力を用いた事件の発生や能力者に関する超能力動画などが出回り、報道で取り上げられ、若者たちの間ではブームとなった。

 それから年月が経ち、機関と呼ばれる組織の先導で行われた、各国政府の世界規模の情報統制によって、能力者は発生当時の話題性も薄れ、熱狂的なマニアや当事者被害者などを除いて、関わることのない一般の人々の認知からは、一時のオカルトブームの一つとして消えつつあった。

 とはいえ彼らが居なくなったわけではない。そして今日も世界のどこかで『ナイアーズゲーム』を発見してしまった者の中から、人知れず能力者が誕生している。

 表社会から姿を消した彼らは裏社会で活動し、争い合っていた。

 例えば、日本。とある街のとある雑居ビルの屋上にて。

 二人の男が対峙していた。

 両者の姿かたちになんら特殊なことはない。

 ただ一点を除いては。

 左手の甲に何らかの文様が刻印されているのが際立って異質だった。

 そう、その文字にも見える不均整な刺青のような痕こそ、能力者の証。


「糞が糞が、糞が。四対一だぞ! 不意打ちくらったとはいえ、四人もいたんだぞ、能力者が四人も! テメエなにもんだよ!」


 吐き捨てるように言ったスーツ姿の男は、目の前の黒い男を睨みつける。

 黒い髪に黒い瞳、黒い外套、顔の下半分を覆う黒い仮面の黒ずくしの男だ。

 傍目にもどちらが優勢かは明らかだ。スーツの男は息のあがった状態で、屋上の鉄製の柵を背にしており、追い込まれているのは第三者が見ても瞭然だろう。

 相対する黒い男は、悠然とスーツの男を見下ろしている。


「どこの犬だ! 俺らの上の組織を分かっててカチコミかけてんのかイカれ野郎が。俺はな、あの『桜城会おうじょうかい』の能力者だぞ!」


 ――――桜城会。

 国内でも有名な団体だ。桜城会本家をトップとし、数多くの団体を傘下に置いている。

 能力者誕生時に、他の組織に先んじて、能力者を多く団員に加えたというこの組織は、圧倒的な武力を誇り、振るうことで次々と他の団体を吸収していき、今では国内でも能力者を抱えている数という意味でも、表向きの暴力団組織としても一大勢力となっている。

 スーツの男は、桜城会傘下の組の一つの、能力者団員の一人だった。

 同じく能力者の仲間たちとスーツの男のセーフハウスで薬に酒に女にとしけこんでいたところを襲撃されたのだ。

 四人いた仲間たちは自分を残して既に斃れた。

 この目の前の黒い男によって。


「あんたがどこの能力者なのかはオレには関係ない」

「じゃあ何で俺たちを狙う? 情報か、金か!?」

「聞きたいことはない。あんたに望むものなんて一つもない。あるとすれば、その命だけで充分だ」

「まさかここ最近、会の能力者が襲われてるのは……雇われなんだろうが、テメエもタダじゃ済まねえぞ!」

「気にするな。この依頼を受けた理由の一つが、オレはあんたら能力者が嫌いだからだ。お前らみたいなのが我が物顔で世間を歩いてると思うと吐き気がする」


「くっ……」


 黒い男の表情は仮面によってそのほとんどが隠されている。しかし、その恐ろしい眼が、何度も鉄火場に身を置いて生きてきたスーツの男でさえ怯ませた。

 この男は、ただ能力者憎しというだけで圧倒的に人数不利な依頼を単独で遂行するイカれた奴だ。スーツの男はそう判断した。

 聞き出す情報もない彼にとって、自分はただ命を摘み取るだけの対象。ただの獲物でしかない。

 互いに身構える。

 わずかな沈黙が訪れ、それは、この命を賭けた勝負の終わりを意味していた。

 両者の距離は10メートルにも満たない。

 先に動いたのは黒い男。

 とどめを刺すべく彼の身体が揺れる。体裁きが生んだ現象か、はためく黒い衣装とその躯体は、そう遠い距離でもないにも拘わらず闇に溶け込むように視認を困難にする。

 スーツの男は吐き捨てるように言う。


「能力者が嫌いだあ? そういうテメエこそ能力者じゃねえか! クソが!」


 劣勢の様子を見せていたスーツ姿の男が猛る。

 追い込まれた彼は自らを鼓舞するように吠える。同時に彼の左手の甲に刻まれた痕が摩訶不思議な光を放つ。

 右手の人差し指で黒い男を差し、その指先から何かが放たれた。

 それは空気の塊か。その正体、原理は不明だが、限りなく不可視に近い透明の弾丸。それを指先から撃つことができるのが彼に与えられた『異能』であった。

 火薬を用いた銃器のような音はない。が、その速度、威力は銃弾にも劣らない。常人には到底回避することなど不可能であろうその風の弾丸。連続して放たれた三つの凶弾を黒い男はしかしあっけなく避けて見せる。

 最小限の動きで躱すその体運びを見て、スーツ姿の男は驚嘆のままに彼を評する。


「バケモンかよテメエ! ……ッ!?」


 彼の目にはその弾丸が空気を裂く揺らぎが見えていた。幽弾を避けながら、彼の左手も青白い輝きを放つ。

 同時に、彼が起こしたのは文字通り目にもとまらぬ迅さ。スーツの男の異能が放った弾よりも速い圧倒的な速度。

 直前まで見えていた姿は闇に完全に溶けてしまったかのように消え失せる。

 二人の間にあったはずの闇夜に引かれる、流れる星のような光の尾。

 その軌跡を残してスーツの男の目前に黒い影は間も無く現れた。

 それは、両者にあった距離を刹那の内に黒い男が零にしたことを示していた。


「死ね」


 スーツの男の眼前へとおそらく音速を優に超えた速度で迫った彼は、身動きの一つも許さず、黒い短剣を喉に突き刺した。

 男の喉から、口から血が溢れて零れていく。余りにも鮮やかな手並み。スーツの男には反撃に転じる動きすら出来なかった。

 短剣が引き抜かれ膝から崩れる落ちる寸前、スーツの男は死の直前に、黒い男の瞳の奥を覗いた。それは死に瀕しての脳が見せた幻覚か、あるいは、男の心の裡を垣間見たとでもいうのか。

 黒い男の静かで暗い黒い瞳の奥で、怒りの炎が燦爛と燃え盛っていたのだ。

 その炎にくべられるように、スーツの男の意識は消えた。

 残ったのは、復讐の念を薪に己が身ごと周囲を燃やす、一匹の獣のみ。

 一体どんな事象、どんな不幸が、どんな悲劇が、このような貌を生んだというのか。

 冷たい無機質な表情と、全てを燃やし尽くさんとする憎しみの劫火を宿した瞳が同居する、この恐ろしい貌の黒い男を。

 世界のどこかで何人かの能力者が死んだ。

 そのうちの四人は、この場所で斃れたのだ。

 能力者は、闇夜を駆ける。


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