第6話 僕たちの出会い。 Hur vi träffades.

約束した二人の馴れ初め、出会いのきっかけ。今まで話してなかったから、今日はその話にしよう。


僕とアキ、一番最初の出会いは東京の電車の中だった。

ところで僕は少し身長が高い。189センチだ。…いや、正直にいうと193センチ。あまり高いとかっこ悪いのかなと思ってサバを読んでみた。気にしないで。

その193センチの外国人が、東京に出張にきていた。そして一人で、慣れない緑色の電車に乗り込もうとして、入り口で額を思いきりぶつけてしまった。ちょっと考え事をしていて、目の前に注意していなかったんだ。いつもはちゃんと屈んで乗っていたのに。

車内は少し混んでいて、あちこちで笑いを堪える声が聞こえる。僕は恥ずかしくなった。額をさすりながら、顔が熱くなるのがわかった。これから大事な会議なのに。


その時、隣に立っていた女の子が、ティッシュを僕に無言で渡してくれた。僕が戸惑っていると、彼女は単語だけの英語で顔、汚れ、これで拭けと言う。僕はアリガトと日本語で言って受け取ったが、どこにどれくらい付いているのか自分ではわからない。ドアのガラスを見ながらモタモタしていると、彼女は自分のカバンを急に僕に押し付け、僕のネクタイをグイッと引っ張って無理矢理屈ませた。

それから、彼女は真っ赤な顔をしながら、一生懸命僕の額を拭いてくれたんだ。顔を真っ赤にしている女の子と外国人が電車の車内でキスの練習…?それほど車内のほとんどの人が、彼女と僕を凝視していた。

でも僕はこの瞬間、真剣な顔を僕に近づけてくる黒髪の優しい女の子に一目惚れしてしまったんだ。


このままお礼だけ言って別れたら、多分もう一生会えない。僕はそもそも日本に住んでいない。数ヶ月の仕事が終われば、またスウェーデンに戻らなければならない。

僕は、頑張った。大学の勉強の時以上に頑張った。僕は名刺を出して、携帯電話の番号を書き込んだ。

お礼がしたいんだ。もしよかったら連絡して。

僕はできるだけ紳士に見えるような笑顔で名刺を渡しながらそう言った。後から考えれば、すごく怪しいナンパ方法だと思うけど、その時は必死だった。

でも彼女から連絡はなかった。僕はとても複雑な気分だった。やっぱり怪しかったかなって、半分諦めていたんだ。そしたら二週間後に僕は偶然にその彼女を見かけたんだ!


彼女は、出会った駅近くの本屋で英語学習のテキストを探していた。なぜ英語だってわかったかというと、そこのコーナーだけ本のタイトルが読めたからね。

前に会った時と同じ綺麗な黒髪を耳に掛けながら、英会話の本をじっと読み込んでいた。僕はちょっとだけスーツの襟を正して髪を整えてから、彼女に優しく声を掛けた。もちろんとっておきの笑顔で。

こんにちは、また会ったね。あれから元気だった?

彼女は無言だった。でも僕にはわかったよ。突然だから、びっくりして言葉なんて、ましてや英語なんて急に出てこないよね。

英会話を勉強しているの?僕でよかったら会話の練習くらい付き合えるよ?僕はスウェーデン人だから、英語も得意なんだ。(訳者注:スウェーデン人はほとんどの人が英語が堪能)

ゆっくり、わかりやすく発音しながら、僕は彼女の顔を覗き込んだ。

勿論交渉成立。今ならすぐに想像できるけど、彼女は案の定、僕の名刺をしっかり失くしていた。全くそそっかしい。でも連絡したかったんだって。そして、何とか僕と話をしたかったから、英語の勉強を始めたのだと。

一生懸命弁解してる時の彼女もかわいかった。何度目かの英会話練習の後にちゃんと告白をして、僕は熱心な英会話教師から浮かれ気味の彼氏に昇格した。


僕がスウェーデンに帰った後から、実際に結婚してアキがスウェーデンに引っ越してくるまでに実に5年かかっている。それは在留ビザの申請期間も含めてだから、決して5年間も悩んだわけじゃないよ。

アキはかつて、日本人男性と結婚していた。結婚式もなしのとっても短い結婚生活だったみたいだけど。離婚したばかりだって聞いた時、僕はなんてラッキーな人間なんだろうって心の中で小さくガッツポーズをした。離婚の理由はわからないけど、本当に僕はツイてたね。その人たちに、アキを手放してくれてありがとうと感謝したいよ。


でもその一度目の結婚が、アキに再婚を躊躇させるのかと思いきや、真相は全く逆だ。二回目だし、また失敗しても一回も二回も変わらないと思ったらしい。さすがアキ、君は本当にいつでも漢前だよ。

僕たちが遠距離恋愛を育み、無事にテレビ電話プロポーズを決めて来日した時、アキの両親には泣いて喜ばれた。アキはもう二度と結婚せずに仕事を頑張ってアパートメントを買って猫を飼う、とご両親に言っていたからだった。日本では女性がアパートメントを買ったり猫を飼うのって、年配の方にしてみれば一生結婚をしないって意味らしいよ。アパートメントなんて、スウェーデンじゃ女性も男性も若い人も普通に買うのに。


まあ、とにかくそこへ、突然日本語が全然話せないイケメン(自分で言ってみた!)スウェーデン人を紹介された。ご両親とは会話はできなかったけど、おいしい料理とお酒となぜかカラオケで交流をはかり、僕は今ではすっかりお気に入りの義理息子だ。ありがとうABBA(訳者注:スウェーデンの有名なポップグループ)、君たちのおかげだよ。あ、この時、畳部屋を繋ぐドアの上枠(訳者注:鴨居か長押と推測)にも勿論額をぶつけたよ。お約束ってやつだ。そしてご両親は、スウェーデンに住むことも二人の自由にしなさいと言ってくれた。大事な愛娘と遠く離れて暮らすなんて、こんなに辛いことはないだろうに!


どこに住むか、僕たちは事前にちゃんと話し合った。スウェーデンでも日本でも他の国でもいいよ。どこに住もうか?って。でも日本に住むなら、僕は日本語の勉強も頑張らないとって言ったんだ。

そしたらアキが〝私がスウェーデンに行く。日本語は難しいからヨウコには無理だよ〟って言ってくれた。

…ちょっと変な言い方だけど、まあいいさ。だってアキが僕のこと心配してくれたんだから。というわけで、僕たちはスウェーデンで新しい生活を始めることにしたんだ。


アキは今でも慣れない文化や習慣、スウェーデン語と英語に苦労してる。悔しくて僕の腕の中で泣く時もたくさんあるけど、それ以上に笑ったり楽しいって言ってくれる時もたくさんある。僕はアキの百面相と過ごせる毎日を本当にエンジョイしてるよ。


アキ、僕と結婚してくれてありがとう。スウェーデンに来てくれてありがとう。生まれてきてくれてありがとう。


君を愛してる。

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