第1章 私の異世界食堂ライフ!!

第1話 出会い

 ――人は困った時、体育座りになってしまうのだろうか。


 私がいるこの場所だけは木が生えておらず、円状に開けた空間となっている。そこで私は足を腕で強く抱え込むようにして座っていた。


(確か、転生させてもらったんだよね……?)


 転生というと赤ちゃんからやり直すイメージを抱いていたのだが、実際はそうではないようだった。感覚は前世の身体と違いなく、服装もそのまま学生服だ。まあ、その点は置いておくとして。


(この状況をどうすれば……? 私以外の人間が周りにまったく見えないんだけど……)


 おそらく森が前後左右に奥が見えないほど広がっているからではないだろうか。それは人がいない訳だなと納得する。


「とりあえず、移動しなきゃ」


 立ち上がってお尻に付いた葉っぱや土を払い落し、ついでにポケットの中を探ってみるが何も持ち物はないようだ。


(飴とかハンカチとかがあればいいなと思ったけど、そう上手くはいかないか)


 とりあえず当面の目的は道のある場所に出ることだろう。そして町ないしは家屋などを見つけて人を頼るべきだ。私は覚悟を決めて、森に足を踏み入れた。




「はぁ、はぁ」


 私は歩みを止めて荒い息を吐きながら横にある木に手を着いた。


「ここ、かんっぜんに山だね。でこぼこしてるし傾斜はひどいし、崖はあるし。あぁもう疲れたー」

 

 都会っ子にはかなり厳しい環境だ。額に浮かぶ汗を腕で拭っても、その後からとめどなく浮き出てくる。


(もう何時間歩いたんだろ?)


 山だと分かってからはなるべく下へ下へ歩き続けてきた。しかし周りに見えるのは木々ばかりだ。上を見上げても空が覗けるわけではなく、そびえ立った木々から円状に広げられた枝葉が日差しを受けている。明るさからいって、もうお昼くらいだろうか。


「うぅっ、スタート地点が劣悪すぎだよぉ……」

 

 道なんてものは全くなく、川も湧き水も木の実なんかも見つからない。狂暴そうな野生動物に遭遇しないのは良かったけど、ずっとこのままでは別の理由から命が危険になることは間違いない。

 

 常に文明の利器に頼った生活をしてきたから、このような状況でうまく立ち回る知識は皆無。きっと火さえ起こせないだろう。また、夜を迎えれば汗を吸った衣服は冷たくなり、身体は凍えるに違いない。そして待っているのは――


(――どうするの、私? 転生直後に死んじゃうって笑えないよ……)


 頭では危険な立場を理解しているが、身体は普段通りマイペースに今の状態を申告してくる。足はだるく、土踏まずの辺りの筋肉が痛い。背中に流れる汗が気持ち悪く鬱陶しい。


 ――何の知識もない子供が道具さえ揃っていない状況で、たった一人山の中。


 体の疲れはもちろん、とても心細い。また、飲まず食わずで歩き詰めたために体力がとても奪われているように感じる。しかし手元にはそれらを癒すことのできる食料や水が当然存在しない。


(もうこのまま何もかも諦めて寝っ転がってもいいかなぁ……)

 

 無駄に美味しい空気を深く吸い込むと、そんな投げやりな感情が湧いてくる。


「はぁ……。どうしてこんなことしてるんだろう……」


 無に還りたいと願ったのにも関わらず勝手に転生をさせられた挙句、まさかの始めからクライマックス。


(やりきれないよ……。私、何も悪いことしてないよね? こんなのあまりにやり切れないよ……)


 ふつふつと現状への不満と行き場の無い怒りがお腹の中で煮えたぎる。誰も聞いていないと分かっている環境が私の背中を押して、溜まっていたものを吐き出させた。


「私――何も悪いことしてないのにっ!!」

 

 ただ日々の平穏に幸せを感じていただけだった。突如として起きた事故に日常を壊されて、それを嘆いていたことがそんなにいけないことだったのだろうか。挙句の果てにはパパやママだけじゃなく自分まで車にかれてひどい目に遭ったというのに。


(そうだよ、私、もっと報われたっていいじゃない。なのに――あれ、なんか涙出てきた)


「――そもそも! なんでいきなり山の上!? 風邪ひいたらどうするの!? こんな所で何をしろっていうのよ!! ばか!! 美少年のあほ!!いじわる!!ばかーーー!!」


 ばかー、ばかー、ばかー……と声がこだまする。想いの内を全て吐き出せたことで、なんだか少し胸の内が軽くなった気がした。

 

(――もうちょっと、がんばって歩いてみよう。そしたらきっと森から抜けられるんだから)

 

 そうやってもう一度自分を奮い立たせていると、突然。


 ザッ、と。


 地面を踏みしめるような音が近くに聞こえた。その音がした方向へと顔を向ける。そこには3、4メートルほどの高さの横に長い岩があり、ちょっとした崖のようになっている。


 ――その上には、男が立っていた。


 そして半ば呆然とその姿を見上げる私に向かって、男は口を開く。


「――お嬢ちゃん、こんなとこでどうしたんじゃい?」

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