第3話

 各クラス委員が点呼を取り、各担任へ報告を済ませる。体育館に全校生徒と教員たちが全員集まったことを確認した校長が壇上へ上がり、マイクの前で唇を動かしているが、何も聞こえない。


 やはり電気が通っていないのだろう。

 見かねた飯塚先生が校長の変わりに大声を響かせている。


 電話が通じず、外部との連絡が一切取れないことを包み隠さず話してくれる教師陣に、俺は誠意を感じたのだが、一部の生徒が八つ当たりするように野次を飛ばす。


 最悪暴動に発展してしまうのではないがと思われたが、それは俺の杞憂に過ぎなかった。

 壇上に上がった一人の生徒が毅然とした態度で場を納めたのだ。


「落ち着きなさい! こうなってしまったことは誰のせいでもありませんわ」


 その言葉に騒ぎ立てていた生徒たちが冷水を浴びせられたかの如く、静まり返る。


 印象的で派手な金髪縦ロールにカチューシャを付けた女子生徒。気品溢れる佇まい、淑女という言葉がこれほど似合う人も珍しい。

 3年の生徒会長――伊集院琴葉いじゅういんことは先輩だ。


 父親が国会議員ということも関係しているのか、人前でもまったく動じない姿は頼もしく見えた。


「とにかく今は焦らず騒がず、自衛隊の方が救助に来て下さるまで一丸となって、耐え凌ぐ時ですわ」


 伊集院先輩の言葉は正しい。俺もそうすべきだとは思うのだが、同時にそんなに悠長に構えていても大丈夫なのだろうかとも思う。


 というのも……一部の生徒たちの話によると水が出ないらしいのだ。

 食料に関して云えば食堂や、予め災害時に備えられていた保存食などを切り詰めれば5日~7日ほどは持つと思われる。

 が、人命に最も関わる飲み水がないのなら……助けを待つだけでは手遅れになってしまう可能性がある。


 第一、ここが何処なのか誰にもわからないのだ。日本なのか、はたまた地球上なのかさえ……俺たちには判断がつかない。

 かと言って無闇に洞窟内を探索することが非常に危険であることも、重々承知している。


 よって、俺は自分の考えを口にすることはしなかった。元々人前で自分の意見を口にするタイプではないし、何よりカロリーを消費する行動は出来る限り避けたい。


 俺は無駄な努力や、一生懸命になることに対してなぜか抵抗があるのだ。


 結局この日は救助を待つということで一同合意し、それぞれの教室へ戻る運びとなった。


 教室へ戻ると自席に腰を落ち着かせる。暫くすると担任の狭山梓先生(28歳)独身が数名の男子生徒と共に教室へやって来た。生徒会の人が段ボールからペットボトルや紙パックなどの飲み物を適当に配っていく。


「みんなももう知っているとは思うけど、水が出ません。先生たちが自動販売機を抉じ開けて飲み物を確保したのでそれを大事に飲んでください」


 俺は机の前にぽつりと置かれたイチゴミルクをじっと眺め、ふと思う。

 こんな物を飲んだら後で余計喉が渇くのではないだろうか。

 出来ればお茶か水が欲しかったのだが、贅沢が言える状況でもないので我慢する。


「なんかちょっと楽しいよね、こういうの」

「わかるー! 修学旅行みたいでテンション上がるよね」

「俺っち枕が変わると寝れないんだよな」

「つねはいつも授業中爆睡してるじゃねぇかよ!」


 なんだろう……この感じ。

 外は見慣れぬ洞窟が広がっているというのに、教室にはいつも通りの笑い声が木霊する。

 もちろん、不安を口にする者も少なからず居たのだが、大半の者はこの状況を楽しんでいるように窺えた。


 夜になると食堂に集まり、食事が振る舞われる。俺はてっきり最小限の食事だけだと思っていたのだが……まぁいいか。


 教室に戻ると緊急時用に備えられていた毛布などが貸し与えられた。当然約700人分も用意されておらず、基本的には女子生徒に優先的に回っていく。そのことについて異議を唱える者もいたが、大多数を敵に回したくなかったのだろう。すぐに口を閉ざしていた。


 こうして1日目が過ぎていく。

 この時はまだ、誰も予想していなかった。

 これが醜い争いの静かなる幕開けになるなんて……。



 2日目の昼にそれは起きた。


「なんだよこれ!?」


 突然一人の男子生徒が声を荒げる。一体どうしたのだろうと皆一斉に声の主へ注視すると、男子生徒の正面にホログラムのような映像が投影されていた。


「なんか体から飛び出して来たんだけどっ!」

「ステータス? Lv1ってなんだこれ?」


 誰もが彼の周りに集まり、ゲーム画面のようなステータスと書かれていたそれを凝視している。当然俺も覗かせてもらう。

 そこにはこう書かれていた。



 ――竹中和人 【職業】兵士 Lv1  

 HP  15/15

 MP  8/8

 筋力  18

 防御  18

 魔防  8

 敏捷  13

 器用  14

 知力  9

 幸運  7


 【スキル】投擲



 すると彼を皮切りに、次々と同様のステータス画面がそれぞれの正面で展開されていく。


 ――桂文吉 【職業】■■■ Lv1 

 HP  ■■/■■

 MP  ■■/■■

 筋力  ■■

 防御  ■■

 魔防  ■■

 敏捷  ■■

 器用  ■■

 知力  ■■

 幸運  ■■


 【固有スキル】詳細不明


 【スキル】詳細不明


 【職業スキル】詳細不明



 どういうことだ……?

 心で念じると俺の眼前にもクラスメイトたち同様のステータス画面が表示されたのだが、黒く塗りつぶされている。さらにスキルと書かれた項目欄には詳細不明の文字が並んでいた。


「おい見てくれよ、俺っち盗賊だって!」

「僕は戦士のようだ」

「私は狩人よ」

「俺様は格闘家だぜ!」


 人によって職業が異なるらしいが……俺には自分の職業がわからない。


「文吉! 文吉は何が書いてあったの? ちなみにあたしは鑑定士だったよ」

「いや……わからないんだ」

「わからない?」


 弾んだ声で話しかけてくる雫に、俺は隠すことなく自分のステータスを見せた。


「……真っ黒だね?」

「ああ」


 二人で顔を見合せ首を傾げていると、鮫島秋人さめじまあきひとが机に飛び乗り傲然と両手を広げて言い放つ。


「YOてめぇら、こりゃまるでゲームじゃねぇか? 俺様は頭が良いからわかっちまったぜ。こいつは間違いなく宇宙人の仕業だ!」


 札付きの悪と有名な赤髪坊主頭の鮫島が、売れないラッパーのような手振りで大声を響かせる。


「つまりYO! このLvを上げて誰が一早くこのダンジョンから抜け出せるか競えって言ってんだYOッ! つまりっ! こいつは王様ゲームってことさ」

「王様……ゲーム?」


 誰かが投げ掛けた疑問符に、鮫島は愉快そうに肩を揺らして鮫のような牙を光らせた。


「俺様はYO。ずっと疑問に感じていたことがある。何で糞弱ぇやつが偉そうにしてるのか、それは自然の摂理ってやつに反するじゃねぇかYO。人も所詮はアニマル……弱肉強食が基本だろ? つまりっ! 神は俺たち人類に原始に戻れと啓示してるに違いねぇ!」

「……鮫っち今宇宙人って言ったばっかじゃねえ?」

「う、うるせぇんだよてめぇはっ!」


 東城が的確なツッコミを入れると鮫島が威嚇するようにその場で机を蹴りつける。

 すると、頑丈なはずの机に亀裂が生じる。


「ひゃはははっ――こいつぁすげぇぜ!」



 これが2日目の昼頃の出来事であり。ステータスのことは瞬く間に学校に滞在していた全員に知れ渡った。



 そして……これが悪夢の始まりでもあった。

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