第6話 リンゴのダンジョン

「ダンジョンって、こんな感じなんだぁ」


 ダンジョン初潜入と思しき女子が、あちこち見回して目を丸くしている。

 ラールセンの話では、<リンゴ>のダンジョンだそうだ。

 宝石系以外に食料系ダンジョンも持っているとは、ラールセンの家は本当に幅が広い。

 ラッセルドーンという父親が、並外れた探闘者なのだろう。もちろん先祖代々の継承ダンジョンもあるだろうけど、それだけだとこんなに集められないはずだ。


 ダンジョンのクリア条件は、本当に全然違う。

『最奥のボスを倒せ』や『隠された宝を見つけろ』といった、それらしい条件が多いけど、中には首をひねりたくなるようなものもある。

 ひどい例では、入り口を通った瞬間、「百番目の侵入者」だからという理由で管理者になった例もあるくらいだ。

 でも、どのダンジョンでも「どうすればクリアとなるのか」は一番最初には判明していない。そこで――探闘者の嗅覚が試される。

 優秀な探闘者ほど自分の鼻を信じ、こうだと信じるクリア条件に向けて突進するのだ。

 ラッセルドーンは、おそらくその辺りの「かん」が図抜けているのだろう。


「すごいだろ? この奥で取れるリンゴ酒がめっちゃうまいんだぜ。ディナーのあとで飲んでみる? 俺んち来いよ」

「えぇー、いいのー?」

「もちろん。このダンジョン、もうすぐ俺のもんだし。それくらいならいくらでも」

「いいなぁ……」

「ミツと、チルルは当然として……ターニャも今夜どう?」

「……私も?」


 両腕に二人の少女を侍らすラールセンは、軽く首を回して後ろをとぼとぼ歩くターニャに視線を向けた。

 彼の両サイドはがっちり二人にガードされているらしく、遅れてきた彼女に勝ち目はないようだ。少し離れて後ろをついている。

 とはいえ、それほど気落ちしている様子はない。

 本当にラールセン狙いなのかと疑ってしまうほどに、積極性がないのだ。

 ちなみに――僕はそれをずっと眺めながら二十歩以上離れて歩いている。

 時折、スピードを落とした方がいいだろうかという顔で振り返って確認してくれるヘンディには申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

 身バレを恐れてるだけなので、心配無用です。

 と、片手をあげて安心してもらうという繰り返しだ。


「じゃあ……行く」

「よっし! ターニャも入れて三人か、いや……急だけど、アネモネとかユイも誘うか」

「えぇー、あの二人って今日は用事あるって言ってたじゃん。私たちだけでしようよ」

「そうそう、そんなにおいしいお酒は、やっぱり取れるダンジョンを経験しとかないとダメだって。それと、ターニャも忙しいなら無理しなくていいんだよ?」


 二人の少女がラールセンの片腕を相互に奪いつつ、熾烈な駆け引きをしかけている。

 直訳すれば、「アネモネとユイは呼ぶなバカ。ターニャもくんな」――だろうか。

 間近で見たことはなかったけど、結構ひどいもんだ。毎日、昼休みの屋上はあんな感じのカオスなのか。

 僕にはああいうのをうまくかわせる自信はない。まあ、心配しなくても機会はないけどな。

 それでも楽しそうに笑いながら「いっぱいいた方が楽しいじゃんよ」と自分の意見を曲げないラールセンが、すごいと思えてしまう。

 絶対に上級者だ。


「モテても、あれくらいのスキルがないと、すぐ修羅場になるんだろう……怖いな」

「そういうセリフはモテてから言え、ハルマ」

「……ちょっと黙って」


 僕はポケットを叩いてプニオンを黙らせる。

 ちょうど、探闘者代表のヘンディが足を止めて全員に振り返ったところだ。

 僕もだいぶ離れて立ち止まったが、なぜか後ろをチラ見したターニャが、下がってくる。

 目的はここのようだ。


「……ねえ」


 ターニャの薄い茶色の瞳が間近で輝く。

 こんなにクラスメイトの女子に接近を許したことがあっただろうか。

 背中に嫌な汗が流れる。

 僕はだんまりを決め込み、嵐が去るのをじっと待った。

 しかし、敵はあろうことか、ルーブ鋼の仮面に触れようと手を伸ばしてきたのだ。

 ――シュバッ。

 わずか一瞬。

 反射的に凄まじい移動術を披露してしまった。

 前の世界では、嵐のように流れ降るいん石地帯を移動するのに使っていた技だ。地面に足跡が残るほどの力。

 距離二メートル。経過時間0.01秒。


「あっ……触ってみたかったのに」

「触るな……」


 ドスのきいた声が、腹に響く。

 僕は孤高のウインド。簡単には触らせない。


「ねえ……どこかで会った?」


 しかし、敵にダメージはないらしい。

 どくどくとこめかみで鳴る音がうるさい。

 ターニャが、とてとてと前に回る。そして、距離一メートルほどで腰を曲げて、覗き込むように仮面越しに目を見つめてくる。

 まずい。耳鳴りまでし始めた。


「見たことあると思う」

「僕に構うな……」


 そう言って、狂人のように瞳を曲げ、口元に冷酷な笑みを浮かべてから「くくく」と意味もなく笑う。

 ――ダメだこれ。もう誰なのかわかんない。ターニャは何の反応もしないし。

 混乱し始めた時だ。

 遠くからヘンディの声が聞こえた。


「『ウインド』さんも、大丈夫ですか?」

「問題ない」


 何度目かの片手を上げる動作。これは慣れたものだ。

 ヘンディには心配をかけたくない。彼らにとって『ウィンド』は憧れの存在なのだ。


「君もいけ」


 浮足立ちまくっていた気持ちが少し落ち着いたので、ターニャを向こうに返そうと、落ち着いて手を振った。

 まだ不思議そうな顔は消えないが、今度はおとなしく走り去ってくれた。

 どっと体中から力が抜けて、へたりこみそうになる。

 知り合いのそばで変装――なんてプレッシャーだ。


「なんで、僕に興味を持つんだ。もう変なやつでいいから、ラールセンだけにしといてくれ」

「……ばらした方がいいんじゃね?」

「できるわけないだろ。ばらすなら、こんな変装する前にしなきゃダメだ」


 人目がなければ、仮面を外して顔の汗をぬぐいたい。

 そして、さっさと賊に出てきてほしい。最奥まであとどれくらいかかるのだろう。

 足下の地面が徐々に砂にかわってきているのが目印なのだろうか。

 ちらほらと、真っ赤なリンゴが半分砂に埋まって落ちている。ヘンディが全員に何か大声で伝えていたが、「もう一息、がんばろう」あたりだろう。

 急激な景色の変化は、ダンジョンでは良くも悪くも奥に進んだことの証拠だ。

 そして――


「ねえ、お兄ちゃん、ちょっと話しない?」

「……君、誰?」


 いつの間にか、僕の視界の端に小さな小さな女の子が立っていた。

 ルルカナよりもさらに小さい。見た目は五歳児、六歳児だ。

 真っ赤なワンピースを身につけた少女は、にっこり笑って僕を見つめていた。

 遠くで、ヘンディの「行きますよ!」という大声が響いていた。

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