第9話

「ああ、そういえばそうでしたね。全く気付きませんでした。さすがミラちゃん、変態まで気遣うなんて優しいですね」


一切表情を崩さず、白々しい事を言うレイア。

ここまで来るとツッコミ気も失せる。


「いや、別にそんな事は……。ただこの森の虫って毒があるのもいるから、こんなので折角の勇者が死んだらお姉ちゃんの努力が無駄になると思って」


口はちょっと悪いけど、姉思いの良い妹だな。ポイントが高い。

実は姉にそれ以上の感情を持っていたりとかすると俺的には面白いけど、さすがにないだろう。そんなのが実在するのは物語の中だけだ。

ていうか、それより一つ気になる事が。


「この森って毒を持つ虫がいるの?」


「ええ、いるわよ。お姉ちゃんから森の説明、受けてないの?」


「全く聞いてない」


説明もなく問答無用に異世界に連れて来られたからな。その後も魔獣に襲われたりとかで聞く暇がなかった。

まぁ、暇があったところでレイアはちゃんと説明しなかっただろうが。


それにしても虫か……。

そこまでは頭が回っていなかった。虫は獣よりも知性が低いし逃げてない可能性がある。危険だな。


「この森は通称『死の森』。魔獣以外にもそこら辺に死が溢れている危険な森よ」


何、その恐ろしすぎる場所。

マナとかの事情でこの森を俺の召喚場所に選んだとか言っていたけど、他になかったのか?

よくこんな場所に来れたな。俺なら絶対他の安全な方法を探す。それが無理なら諦める。


ていうか、それで最初ミラは外で待っていたのか。なのに姉が心配でやって来た、と。

レイアもシスコンだが、ミラも充分にシスコンらしい。


「それなら心配はいりません。むしろ好都合なぐらいです」


そう言ったレイアはおもむろに後ろから抱きついてきた。

再度、背中に極上の感触が! 何のつもりか知らんが耐えろ俺!

やっと息子が落ち着いてきたと思ったのに。ここでまた大きくしたら間違いなくからかわれる。

……いや、別にからかわれるのは問題ないな。真に問題なのはもう色々と我慢するのが難しい事。

もし性欲が抑えきれなくなったら大変だ。こんな森でヤり始めたりなんてしたら確実に死ぬ。ヤるなら安全な場所に移動してからだ。


「…………」


無の境地だ。何も感じなければ息子が騒ぐ事もない。


「ああ、そんなに固くなる必要はないですよ。別にエロい事をするのが目的ではないので」


そう言いながらも胸を押し付けるように更に密着し、手を艶かしく腰に這わせてくる

そして耳にフゥーと生暖かい息をかけてきた。


「ひゃっ!」


「可愛い反応ですね。思わず食べたくなってしまうじゃないですか」


つい我慢できず変な声を漏らした俺に対して挑発的に耳元で囁いてきた。

くっ……耳か。その前に手をお尻に回してきたので騙された。

冷静に考えると「だからどうした?」なのだが、何故か悔しい。


「でも残念。ミラちゃん言う通り何かの間違いで貴方に死なれては困りますからね。続きは次の楽しみにしましょう」


「……っ!」


声が漏れそうになるのを今度は我慢した。

レイアにまたセクハラされたという訳ではない。

これはさっきも感じた感覚だ。体の中から力が溢れてくる。つまりレイアが俺の代わりに大気中のマナを魔力に変換してくれた。


「先程と同じく今回も体で覚えてください。口で理屈を説明するよりも、この方法の方が七瀬さんにも手っ取り早くて分かりやすいでしょう?」


「そうだな。ちゃんと原理も理解したいが、先に体験しておいた方が分かりやすい。で、何をすればいい?」


風魔法みたいな攻撃系ではないだろう。

それではどこにいるのか、どれだけいるのか分からない虫を一掃する事は出来ない。もしやろうと思ったら、それこそ森ごと吹っ飛ばさなくてはいけなくなる。


「全身に薄い膜のようなものを張るイメージをしてください。七瀬さんに分かりやすい言葉で言うと、そうですね……バリアでしょうか」


「バリアか」


うん、分かりやすい。

溢れ出ている力を圧縮して抑え込むイメージをしてみる。すると全身を包み込む薄いバリアが完成した。


「これで外敵の攻撃を防ぐのか?」


「ええ、そうです。二回目ともなると呑み込みが早いですね」


魔法を確認すると同時にレイアは俺から距離を取った。

確かにそうかもな。一回目より二回目の方がスムーズに魔法を発動できた。イメージが風よりも分かりやすかったというのもあるが、一度体験した事で体が魔法という概念を覚えたのが大きいのだろう。

マナを魔力に変換する感じも分かってきたし、後3回ぐらい経験すれば自分でも出来そうな気がする。


「お姉ちゃん、本当にその魔法でいいの? それって修行用で実践で使うにはかなりの欠陥魔法だと思うけど」


「大丈夫です、ミラちゃん。ちゃんと考えがありますから。お姉ちゃんを信じてください」


「お姉ちゃんがそう言うなら信じるけど。でも、あんたはいいの?」


口調からして俺を心配している訳ではなさそうだ。ただ騒がれても面倒臭いから確認しているだけ、といった様子だ。


「別に。レイアも嘘を言っているように感じられないし。もし問題があるなら、その時に対応すればいいだけの話だからな」


特に嘘は言っていない。

レイアも俺に死なれたら困るのだから、このタイミングで嘘をつくメリットはゼロだ。仮にバリア魔法に問題があったとしても、からかって終わり。ちゃんと対策はあるはず。


「……何かおかしい」


「おかしくない。会ったばかり俺の事が分かってないだけだろ?」


「そうかもしれないけど、やっぱりおかしい……。死にたくないとか言っている奴が、こんな危険な森で楽観的な判断をするとは考えにくい」


「それは本当にただの勘違いだな。俺は死なないための最善の選択をしただけだ」


「どこが? 本当に魔法に欠陥があるとしたら何とかした方が安全だと考えるのが普通じゃない?」


「はぁ……」


思わず溜息が漏れる。

分かっていない。本当に分かっていない。

レイアはちゃんと理解しているというのに。


「そんなのはどうでもいい。魔法に欠陥があろうが何だろうが、一番危険なのはこの場にいる事。この森を出るのが先決だ。魔獣が帰ってきたらどうするんだ!?」


「た、確かに……」


ミラも納得してくれたみたいだ。

さて、早く移動しないと。こんな会話をしている時間が勿体ない。

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